歩夢・せつ菜「夏の魔法」(後編)
菜々「ええと、miserable……不幸な民衆によるストライキ……英語の長文ってこんなのばっかり……」
菜々「……休憩しよう。何か甘いもの……」
ポコンッ
菜々「通知?誰から……」
菜々「……え」
それは、かつての思い人からのメッセージだった。反射的に指が動く。
菜々「既読!ついつけちゃった……」
菜々「……これって、遊びの誘い?」
どうしよう。
正直、断る理由はない。丁度煮詰まっていたところだし、気分を変えたかったところだ。
そこに友達からのお誘いが来たとあらば、応えない訳はない。
訳はない。けれど。
封じたからと言って、忘れられる訳がない。なかったことになる訳がない。
彼女の名前を呼ぶ度に、心が浮ついて、同時にちくりと痛むような感じがする。
菜々「……」
私は歩夢さんが好きだ。みんなと同じように。
そうだろう。
自分に言い聞かせながらも、指は動く。
菜々『構いませんよ!』
……別に、ただ友達と遊ぶだけだ。
そのメッセージが来るや否や、私は部屋を飛び出していた。
持ち物はどうしよう。服は、髪は。
菜々「……何を」
我ながらわかりやすすぎる。
ただ断る理由がないから行くだけだ。
というか、友達と遊びに行くのに理由なんかいらない。
そう。私は決して、決して。断じて意識なんかしていない。
どたばたと大慌てで準備した割に、気持ち早めどころではない時間に着いてしまった。
軽く息切れしていることに気付き、大きく深呼吸。
徐々に落ち着きを取り戻し、改めて自分の格好を顧みる。
オーバーサイズのTシャツに、膝ほどまであるシースルーのレイヤード・スカート。
お気に入りのスニーカーにキャップを合わせ、カジュアルめな格好に落ち着いた。
髪はこの間ネットで見たなんちゃってボブを見よう見まねで再現し、少し短めのシルエットになっている。
菜々「変じゃ、ないよね」
そうやっているうちにあっという間に時間は過ぎて、彼女の姿が見える。
私にはまだ気付いていないようで、あちこちをきょろきょろと見まわしている。
ゆったりとしたワンピース姿。ふわふわしていていかにも歩夢さんらしい。
……あ、キャップ、お揃いだ。
一瞬で幾百千の情報が頭を駆け巡る。
落ち着け。あくまで何でもない風に。
歩夢「お待たせ!突然ごめんね?きっと忙しかったよね」
歩夢さんが急ぐように駆け寄ってくる。
動揺するな。本当のことを、普通に言えばいいだけなんだから。
菜々「いえ!実を言うと、私も少し気が散っていたといいますか……なので気分転換がてらお付き合いしますよ!」
歩夢「ありがとう!せつ、な……な……」
菜々「どうしました?」
歩夢「や、どっちかなと思って。メガネはしてないけど、なんだかいつもと雰囲気違うから。髪、編み込んでるんだね」
いつもなら外で会う時もせつ菜だけれど。
菜々「イメチェンみたいなものです。呼び方はお好きに、と言いたいところですが……私はもう”優木せつ菜”ではありませんから」
歩夢「そっか。そうだよね」
そう言って歩夢さんは苦笑した。
……どうして、そんな寂しそうな顔をするんだろう。
歩夢「ううん、まだ。せつ菜ちゃんも?」
菜々「……」
お好きに、とは言ったけれど。
いや、それはそうだ。だって歩夢さんにとってはせつ菜の方が馴染み深いんだから。
というか、せつ菜だって私の一部だ。当然、そこには何の違いもない訳で。
全部当たり前のことだろう。
そんなことはわかりきっている。
私が、どうしようもない意気地なしで。
誰かが傷つくことよりも、自分の気持ちを通したくなってしまうような大馬鹿だから。
まだ、捨てきれていないから。
菜々「お昼というには少し早いですし、軽いものをと思いまして」
歩夢「久しぶりだな。前来たのは確か……去年だっけ?」
その言葉を皮切りに、私たちの今までを語り合う。
口を開けば歩夢さんのことばかり、なんてことになってないといいのだけれど。
……なっていないよね?
どうやら歩夢さんは、同好会を引退してしまったせいで燃え尽き症候群になってしまったらしい。
菜々「それは私も同じです。ちょっと前までなら、今頃は部室にいたんですから」
歩夢「せつ菜ちゃんもやっぱり寂しい?」
菜々「寂しくないと言えば嘘になりますが……悔いは、ほとんどないので」
駄目だ。完全に浮かれている。
つい口が緩んで、言わなくてもいいことが口をついて出てくる。
歩夢「ほとんど?」
菜々「こちらの話です」
……当の本人を前にして冷静でいられた私を、誰か褒めてほしい。
せつ菜「……歩夢さんのことですから、そんな訳はないと思いますけど……今言うとバカにされている気がします」
嘘だ。責められている気がする。お前は何も変わっていないって。
自己嫌悪が悪さをして、歩夢さんの言葉に対してもそんな被害妄想が思い浮かんでしまう。
なのに。
歩夢「すてきだなって思っただけ」
歩夢「初めて会った時からずっと純粋で、まっすぐで、かわいいなって」
本当にずるい人だ。どうして今になってそんなことを。
貴女と私の“好き”は違うのに。
いいや、それだけじゃない。彼女はきっと“優木せつ菜”と話している。
確かに私は優木せつ菜だ。でも、いつかそうでなくなる時が来たらどうするかなんて、考えたこともなかった。
私は彼女とどうやって話せばいいんだろう。
決して、自分のことを考えてはいけない。
今日は歩夢さんが元気になるためのお出かけだ。歩夢さんを笑顔にすることだけを考えよう。
子供っぽいと言われたなら、それを通すんだ。
……
そうして、その日の私はいつも以上のテンションではしゃぎ倒した。
買い物では歩夢さんに似合いそうな服を片っ端から手に取り。
ゲーセンではゲームの結果に一喜一憂し。
スイーツ店ではおなか一杯になるまでパンケーキを貪った。
……普通に楽しんでいただけではないかと言われても、否定はできない。
せつ菜「いえ。お力になれたみたいでよかったです!」
今日一日を歩夢さんと共に過ごして、気付いたことがある。
それは、蓋をして仕舞ったはずの思いに再び火が点こうとしているということ。
押さえつけていた反動か、どんどんと思いが大きくなっていっているということ。
そして、彼女が私を「せつ菜」と呼ぶ度に、なぜだかおかしな感覚になるということ。
優木せつ菜はみんなが大好きで、みんなもそんな優木せつ菜が大好きで。
じゃあ、優木せつ菜でなくなった私はどうすれば。と、そういう疑問だ。
もちろん、その程度でうやむやになる仲ではないことはわかっている。
これは全て、私の気持ちの問題だ。
むしろ、さらにぐちゃぐちゃになっているけれど。
それを話したところで困らせるだけだ。
せつ菜「……ええ。それはもうバッチリですとも!」
歩夢「“ですとも”なんて普段言わないでしょ」
鋭い人だ。いや、私がわかりやすいのかな。
歩夢「……私ね、今日せつ菜ちゃんと一緒にいられて楽しかったよ」
歩夢さんを喜ばせられたって、歩夢さんが心配してくれてるって、喜んで飛び上がりたいくらいなのに。
私は今、それどころじゃない。
歩夢「私じゃ力になれない?せつ菜ちゃん」
菜々「そ、れは……そうかもしれません」
初恋から1年。初めて知った。
菜々「貴女が、私をそう呼ぶ限り」
好きな人にやさしくされるのって、辛いんだ。
だから、つい。
せつ菜「歩夢さん」
せつ菜「今度は私から誘っても?」
なんて、自分勝手なことを言い出す。
このまま歩夢さんと一緒にいればどうなるかなんて、わかりきっているのに。
せつ菜「大丈夫です。本当に。必ず何とかしますから、少しだけ待っていてくれませんか?」
……どんな形であれ、この気持ちには必ず決着をつける。
これは私自身の問題だ。私だけで、何とかしなくては。
歩夢「それが私にできること?」
せつ菜「ええ。それと……たまに付き合っていただければ」
歩夢「そういうことなら……わかった」
勉強会。なるほど、それなら後ろめたさもなく毎日歩夢さんに会える。
……いや、ただ喜んでいるだけでは駄目だ。きちんと整理をつけなければ。
帰ってからの私の脳内ではそんなどうしようもない会議が繰り広げられた。
どれもが愛おしい。ずっと見ていたい。できれば写真も撮っておきたい。
……やっぱり、逃れようがない。
菜々「私は……歩夢さんが好き」
忘れようとしていた。でも、無理だ。
認めよう。これは恋だ。
ただ、燻るこの気持ちは放ってはおけない。
一緒にいるだけでいい。中川菜々として1秒でも長く歩夢さんの傍にいられれば、それで。
明日からはそれが叶う。それで十分だ。
たとえ私が中川菜々だったとしても、歩夢さんはそれを理由に拒んだりしない。
十分、幸せだ。
見慣れない歩夢さんの姿。どうしても横目で追ってしまう。
……黙っていちゃ駄目だ。気を紛らわせないと。
菜々「歩夢さん、志望校はどこなんですか?」
歩夢「ここに行くんだ!って決めた訳ではないけど、候補3つのうちどれかって感じかな。ここと、ここと……」
……あ。
菜々「ここ。私も受けるところです」
ならもしかしたら同じ大学に……なんて、夢見るくらいは許されるだろうか。
歩夢「そうなの?そっか。なんか心強いや」
菜々「そうですか?」
歩夢「うん。同じとこ行けたらいいね」
菜々「……本当に、私と同じところに行けたらいいなって思いますか?……私と」
また、口が滑った。
大丈夫。これは友達としての質問だから。やましいことなんて、何もない。
歩夢「え?うん、もちろん!」
菜々「そうですか」
そっか。歩夢さん、私と同じ大学に行きたいんだ。
そっか、そっか。
ふふ。
ひとつだけ。ささやかな、ほんの少しのわがままを。
菜々「あの、歩夢さん。一つお願いしてもいいですか?」
菜々「私のことは、その、菜々と呼んでいただけると」
歩夢「え、うん。というか、今日はずっとそうだからそっちで慣れちゃった。心境の変化とか、そういうの?」
菜々「ええ。お願いできますか?」
歩夢「もちろん!菜々ちゃん!」
……
愛「ななぴはさ」
菜々「なな……?何ですそれ」
侑「それって菜々ちゃんのあだ名?」
愛「そ。ななぴ。かわいいっしょ?」
侑「なんかマスコットって感じ」
菜々「わざわざ新しくつけなくたって、せっつーでいいのに」
愛「んー、アタシもそれでいっかなーって思ってたけど、なーんか……」
菜々「?」
菜々「あんな、と言いますと?」
愛「なんてゆーか、いつの間にか一緒にいるというか……ゆうゆみたいな」
侑「あ、それ私も思ってた。いつの間にーって」
菜々「わざわざ当の本人がいないところで聞きますか」
侑「いないからこそでしょ?忘れ物取りに帰ったから、暫く戻ってこないしさ」
菜々「ないですよ、そんなの!……ただ、この勉強会のきっかけになった出来事は、ありましたけど」
愛「お、なになに?」
菜々「大したことじゃありませんよ。2人で遊びに出かけただけで」
侑「2人で遊んでたの!?ずるい!」
愛「愛さんたちも誘ってよー!」
侑「おやおや?全部歩夢のせいにする気かな~?」
菜々「う、それは……」
菜々「ともかく!そこで歩夢さんが提案してくれて、今に至るという訳です」
愛「なるほどねー、デートか。そりゃ急接近もするわ」
侑「そんなにわかりやすく動揺してたら、信じてもらえるものも信じてもらえないよ~?」
菜々「ぐ……」
愛「あははっ!顔まっかっか!なんかほんとに急接近!って感じだね」
侑「歩夢がいた時もずっとそっち見てたし、これは真実味が増しますなぁ愛ちゃん!」
愛「だねぇ、ゆうゆ!ほれほれ、白状してみんしゃ……」
菜々「……」
侑「うん?」
菜々「……白状することなんて、なにも」ブスッ
侑「……拗ねた?」ヒソヒソ
愛「いや、というより……」ヒソヒソ
菜々「……」
愛「歩夢のこと、す、……どう思う?」
菜々「……私からは、何も」
愛「ゆうゆ、ストップ」
侑「うぇ?……うん」
菜々「……」
全部、話してしまおうか。
この程度で私のことを嫌ったり、奇異の目で見るような人たちではないことはわかっている。
菜々「……丁度、ひとりでは抱えきれないと思っていたところです」
……自分でも口は堅い方だと思っていたのに。
歩夢さんのこととなると、ダメダメだ。
侑「おぉ……」
愛「確かに言われてみればって感じだったね。今思い出すと」
菜々「気付いてました?」
愛「んにゃ。結果論」
侑「……それ、歩夢には伝えないの?」
菜々「言った通りです。きっと困らせてしまいますから」
侑「んー……でも私たちは……」
愛「ゆうゆ。言いたいことはわかるけど」
……私たちは、なんだろう。
愛「ん。アタシらにはその責任は負えないよ」
侑「一つ、聞いていい?」
菜々「はい?」
侑「菜々ちゃんは、今歩夢といられて幸せ?」
菜々「きっと、これまでで一番」
侑「それはそれで寂しいなぁ。……でも、ならいいや」
侑「歩夢も、きっと菜々ちゃんと一緒にいられて嬉しいと思ってるだろうから」
菜々「だと、いいのですが」
誰よりも歩夢さんの近くで、誰よりも長く一緒にいられる。
全部、独り占めにできる。
充分に幸せだ。
菜々「……何、充分にって」
まるで、それ以上があるみたいなことを。
このままでいようと、ついこの間誓ったはずなのに。
菜々と呼ばれるたびに、胸がざわついて。
この気持ちをぶつけたくて。
あわよくば振り向いてほしい、だなんて。
あんなことを考えていた直後のことだったからか、まさか愛想を尽かされて……なんて、おかしな可能性まで脳裏をよぎってしまっていた。
ひと段落ついて外を見やると、予報の通り雨が降っていた。
ただしそこそこに強めのようだ。大雨になるとは言っていなかったのに。
母に連絡を入れておこう。
菜々「お風呂いれておいてください……と」
それにしても、歩夢さんは妙に軽装だ。
まさか。
菜々「……そういえば、傘が見当たりませんけど、折り畳みですか?」
歩夢「え?どういう……あ」
どうしよう。いや、そんなことはわかりきっている。
彼女をびしょ濡れのまま走らせる気か。
言え。なんてことはない。言え、言え。
菜々「……と」
菜々「……っりあえず、私のに入っていきますか」
もとより少し高かった目線は、さらに高く。スラっとしてより素敵になった。
対する私は、ずっとそのまま。中学生に間違えられたことさえある。
そんな私たちが同じ傘に入るとは、すなわちそういうことだ。
歩夢「あの……入れてもらってる身でなんだけど、私が持とうか?」
菜々「いえ!歩夢さんはお気になさらず!」
私の意地にかけて、そんなかっこ悪いところは見せられない。
必ず、このまま歩夢さんを家まで送り届ける。
……あっ。バレた。
それでも。歩夢さんの頼みだとしてもこれは渡せない。
歩夢さんは優しいから、きっと私に尽くしてくれる。
やさしくされるのは、辛いから。
そう思っていたのに。
菜々「ふふ……ふ、あは」
歩夢「ぷ、ふふ。はは、は」
菜々「あ、はははっ」
どうして、こんなにおかしいんだろう。
歩夢さんも私も、びしょびしょになってしまったのに。
いや、だからか。
さっきまで揉み合っていたのが、ばかみたいだ。
歩夢「ふふ、ははっ」
……あぁ、やっぱり、貴女の笑顔が好きだ。
歩夢さんが突然立ち止まった。
歩夢「それじゃここまでだね。傘、ありがとう」
……え。
待って。私が送りますよ。
そのままじゃ風邪引いちゃいます。
私の家なら、ここから近いですけど。
色んな言葉が浮かんでは消えていく。
決まるより前に、体が動いていた。
歩夢「……菜々ちゃん?」
菜々「うちに、来ませんか!」
確かにあのまま帰してしまったら、歩夢さんが体調を崩していたかもしれない。
それでも、家って!大胆とかそういう域を越えてる!
幸か不幸か、お母さんはあっさりと許可を出した。
どころか、泊っていけだなんて。私の気持ちも知らないで。
着替えを渡しにお風呂場に来ていると、お母さんの呼ぶ声がした。
菜々「何、お母さん?」
中川母「んーん。ちょっと話、しない?」
菜々「どうしたの?急に」
中川母「……上原さん、かわいらしい子ね」
菜々「うん」
中川母「いつも話してた通り」
菜々「そんなに歩夢さんのことばかりだった?」
中川母「ええ。妬けちゃうわ、全く」
中川母「上原さんを連れてきたのは、どうして?」
菜々「な、んでって……歩夢さんが傘を忘れてしまって、送ろうと思ったけど、2人してびしょびしょになっちゃったから……」
中川母「それだけ?」
菜々「……わからない。色々ぐちゃぐちゃで、考える暇もなくて」
中川母「咄嗟に?」
菜々「うん」
菜々「何が?」
中川母「菜々、上原さんのこと好きでしょう?」
菜々「……は」
菜々「な、んで?」
中川母「誤魔化そうともしないか。我が子ながら……」
菜々「どうして、わかるの?」
中川母「何年お母さんやってると思ってるの。……ってセリフは、言う資格ないかな。私には」
菜々「嘘、そんなに……?スクールアイドルのことは隠せてたのに」
中川母「初恋なんてみんなそんなものよ」
菜々「初恋ってことまで!?」
中川母「あら、合ってたの?適当言っただけなのに」
……この人は!
中川母「あら、お顔が真っ赤」
菜々「いいから!歩夢さんみたいなこと言わないで!」
中川母「……」
中川母「よかったな、って思ったの」
菜々「何が?」
菜々「……」
中川母「本当に、どの口が言うんだって罵ってくれても構わないわ。でもね、嬉しいの」
中川母「去年、お父さんと3人で、色々ぶつけ合ったじゃない?」
菜々「スクールアイドルのこと?」
中川母「ええ。私、その時まで知りもしなかった。あなたがずっと本音を隠して、私たちの望む通りに在ろうとしてくれたんだってこと。情けないったらありゃしない」
菜々「……うん」
中川母「そんな時に、いきなり女の子を好きになっただなんて、とんでもないこと言ってくるんだから」
菜々「言った覚え、ない」
中川母「言ってたようなものよ」
菜々「……それだけ?」
中川母「ん。」
中川母「あ、嘘。あともう一つだけ」
中川母「もっと、もっともっと、めいっぱいわがままになってほしいなって、そう思うわ」
菜々「うん」
<アガリマシター
中川母「……そう」
……
歩夢「服まで用意してもらっちゃって……ありがとうございます」
中川母「ん。よく似合ってるわ。それじゃあ菜々、入っていらっしゃい」
菜々「はい。では歩夢さん、後で」タタッ
それって、いいのかな。
だって、私が秘めていればそれで済む話で。
そこからどうこうしようなんてこと、考えても……
でも、秘めて、我慢したままでいたら、私はどうなるんだろう。
壊れちゃうのかな。それとも、もっとひどく誰かを傷つけたりなんか、するのかな。
——私も我慢しようとしていました。大好きな気持ち。でも……結局、やめられないんですよね!
——始まったのなら。
菜々「貫く、のみ……」
そして、連鎖的にたくさんの思い出が、同好会のみんなことが、溢れかえる。
みんなは、どうしてくれたっけ?
受け止めて、それから話してくれた。
全然違う人たちがたくさんいて、そこに私もいた。
……あ。そっか。
今になって、あの時侑さんが言おうとしたことがようやくわかった。
——言った通りです。きっと困らせてしまいますから
——んー……でも私たちは……
……『私たちは、否定したりしない』
受け入れられるかはわからない。でも、きっと受け止めてくれる。
私はずっと、そういう場所にいたじゃないか。
私は歩夢さんが好きだ。それを、貴女に。
菜々「——今歩夢さんが言ったことが全部本当だと言ったら、信じますか?」
歩夢「なんだ、そんなこと?もちろん!私も菜々ちゃんのこと大好きだもん!」
違うとわかっていても。
私と貴女が違うのは、当たり前のことだから。
それが終わったら、私はいつもの生徒会長・中川菜々に元通り。
そうなったらきっと、意気地なしの私はずっと“今まで通り”に徹しちゃう。
明日。明日一緒に図書館へ行って、それで。
全部伝えよう。私の“好き”を。
菜々「図書館、行きませんか?」
いつ言おう。勉強が始まる前?
いつ言おう。お昼の休憩の時?
いつ言おう。勉強が終わったら?
……いつ言おう。もう、夕暮れだ。
菜々「……ええ」
言え。
菜々「……」
言え、今!
菜々「……いえ」
菜々「少し、話していきませんか」
菜々「昨日は、なあなあで終わってしまいましたけれど……本当に、言いたいことはあれだけなんです」
歩夢「……それが、前言ってた悔い?」
菜々「その通りです」
歩夢「それじゃあ、私に待っててって言ったのは」
菜々「すべて私の問題なんです。私が意気地なしで、自分の大好きから目を背けるようなおばかだから」
菜々「でも、もう大丈夫です。今日で全て解決しますから」
きっと、こっぴどく振られるだろう。それでいい。
私の、ありったけの“好き”を!
私のことが好き。
菜々ちゃんはそう言って、拳を差し出して、その手を開いてみせた。
本当に、そうなんだ。
どれもこれもがきらきらしてて、思い出して笑っちゃうくらいに楽しくて。
それじゃあ。
菜々ちゃんのこと、今よりももっともっと大好きになったら。
もっともっと、楽しくなるのかな。
菜々「はい」
歩夢「私ね、きっと菜々ちゃんとは違うと思うの」
菜々「わかっています」
泣きそうな顔をしている菜々ちゃんを見るのがつらくて、そっと手を取る。
歩夢「菜々ちゃんと同じように、同じくらい、菜々ちゃんのこと好きになれるかな」
菜々「……歩夢さんは、どうしたいですか」
歩夢「……そうなりたい。そうなれれば、どんなに嬉しいだろうって思うの」
歩夢「だからね」
手を握ったまま、菜々ちゃんがその場でうずくまる。
歩夢「菜々ちゃん!?あの、私……」
菜々「……そんな」
歩夢「え?」
菜々「……そんな返事、されると思わないじゃないですかぁっ……!!」
菜々ちゃんはそう言って、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
それでも見てられなくて、つい抱きしめてしまった。
菜々「あゆむさっ、わたし……すきです!歩夢さんのことが!だいすきです!!」
歩夢「うん、うん」
菜々「わたしっ、でも、ぅ、ぁ、あぁ……!」
道のど真ん中。私の胸の中で、子供みたいに泣きわめく菜々ちゃん。
一体、この子はどれだけの思いを抱えていたんだろう。
きっとたくさん傷ついて、たくさん勇気を振り絞ったに違いない。
歩夢「伝えてくれてありがとう。菜々ちゃん」
菜々「……」グス
歩夢「落ち着いた?」
菜々「えぇ……まぁ」
菜々「……」
歩夢「……」
菜々「……あの」
菜々「私に気を遣っているなら、いっそ」
歩夢「もう、怒るよ?私がそんなに悪い嘘吐く人だと思ってるの?」
菜々「う……だって、歩夢さんは優しいから」
歩夢「昨日も言ってたね、それ。本当に私のこと大好きなんだから」
菜々「なっ……こんな時までからかうなんて!もう!」
歩夢「疑った菜々ちゃんが悪いんだもん」
歩夢「なあに?」
菜々「きっと、私のことを好きにさせます」
歩夢「私は十分好きだよ?」
菜々「もう、そうではなくて……!」
歩夢「ふふ、ごめんね?」
歩夢「……私も、好きになるよ。きっと」
菜々「あ……う、はい」
本当に、わかりやすい。
歩夢「大丈夫。ほら」グッ
菜々「……!はい!」コツン
今日からこれは、大好きのおまじない。
歩夢「これからもよろしく、菜々ちゃん!」
菜々「ええ!歩夢さん!」
けれど、私はもう知ってるはずだ。
バラバラでも、想いは一つになれる。私たちはずっとそうやってきたんだから。
その日は、いつか必ず。
2019年8月 某所。
「ほら、海ですよ!海!早く行きましょう、歩夢さん!」
「あーっ!もう、歩夢でいいって前に言ったじゃない!」
「す、すみません……!うぅ……でも、そう呼ぼうとするとどうしても、その……あの人の顔がちらついてしまって……」
「侑ちゃんのこと?ひどい……菜々ちゃんってば私といる間に他の子のこと考えてたんだ」
「なぁっ!?ち、ちが!……もういいでしょう!行きますよ!恋人と過ごす初めての夏ですよ!一秒だって惜しいんですから!」
「もう、素面で恥ずかしいこと言っちゃうんだから……待ってよ!今行くから!」
……
おわり
すごく素敵なSSをありがとうございました!
構成上とんでもなく冗長になってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございました
感想等励みになりました。マジで。
スレタイは同名の楽曲から引用させていただきました
インスピレーション元というだけで曲と内容は直接関係はないです
こちらも是非お聴き下さい
また読み返したいss
間違えた、歩夢さんから歩夢に、だった
昇天しました
お前があゆせつの柱になれ
あとssで服装の描写があるとなぜか嬉しい
内省的な描写がしっかりしているからじっくり読めたよ
菜々視点で歩夢の好きな点列挙する所が印象的だった
乙でした
丁寧な心理描写が本当によかったし二人の視点どちらも見られてめっちゃよかったです
是非また何か書いてくださいね!!!!!
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