【SS】栞子「虹が咲いた場所」【ラブライブ!虹ヶ咲】

ラブライブ

【SS】栞子「虹が咲いた場所」【ラブライブ!虹ヶ咲】

shioriko_20220606195337523.jpg

2: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:49:47.31 ID:vH6u2Aku
 聴衆に向かって自らがどういう人間か、どういった形で学園に貢献したいのか、それを言葉にするのが生徒会選挙だ。

 壇上に順番に上がるは書記、会計、副会長、そして、生徒会長候補の生徒たち。私は生徒会長に立候補した人間だ。演説をするのは最後になる。

 会計の応援演説が終わる。生徒会選挙では立候補者自ら、そして応援演説で外から見た自分が語られる。内と外から語られる候補者の人間性を判断し、投票者は票を入れるのだ。

ランジュ「栞子、緊張してる?」

 隣で小さく囁かれる。そこにいたのは、パイプ椅子が似合わない、私の応援演説を買って出てくれたランジュだった。

栞子「……えぇ。ですが、不思議と悪い心地ではありません」

ランジュ「そう、ならいいわ」

 短く言葉を切られる。以前のランジュなら、そんな気遣いはしなかったかもしれない。私がここで悪い心地ではないのも、彼女同様、この数か月で内面がかなり変化したからだろう。

ランジュ「それじゃ、先に場を温めておくわ。再見」

 軽い口調で言い、ランジュは壇上へと向かった。自信家で頭も回り、カリスマ性すら備える人柄。私の味方としてこれ以上なく頼もしい人材だ。

 そんなランジュだから、私は怖かった。

 ランジュは才気煥発、麒麟児などの言葉が合致する人間だ。きっと彼女は、その弁舌で聴衆の心を掴むだろう。そして聴衆は、そんな彼女が応援する三船栞子について興味を持つに違いない。

3: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:50:40.81 ID:vH6u2Aku
栞子「……ふふっ」

 プレッシャーの大波に船酔いでもしそうないま、私は小さく笑みがこぼれた。数か月前のいま、私が生徒会長に立候補して、応援演説をランジュがするだなんて信じられるだろうか。

 きっとあの日から、私が虹ヶ咲学園に入学して、同好会に出会ったあの日から。私の運命は宿命付けられていたんだろう。

ランジュ「──あなたの番よ」

 応援演説が終わり、にべもなく自分の番を告げられる。聴衆を目で見なくても分かる、ランジュはライブの後みたいに場のボルテージを上げていた。

栞子「ありがとうございます、ランジュ。あなたに頼んで本当によかったです」

ランジュ「その言葉は、後に取っておきなさい。ほら、観客が待ってるわ」

 前に歩みを進めると、トンと背中を軽く押された。目だけで確認すると、ランジュらしい勝気な表情を浮かべていた。

 怖い。だが、悪くない。

 壇上へと上がる小さな階段を一歩一歩踏みながら、そんな気持ちを味わっていた。そしてステージ中央、マイクのある位置にまで辿り着く。

 そこから見る景色はライブとは少し違う。自らの意思で来たわけではない、消極的な生徒が大多数を占める。だが、ランジュによって『生徒』から『観客』へと変貌した。

 少しだけ笑みを深くした後、口火を切る──

4: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:51:42.53 ID:vH6u2Aku
──

 灰色で無機質な壁。アクリルガラスの向こうに見える触ったこともない機械類。少し安っぽい回転椅子。

 そんな放送室にて、一度大きく深呼吸をする。室内は加湿が効いており、少し湿った空気が肺に入った。

栞子「愛さん、準備は万端でしょうか」

 備え付けのマイクを挟み、対面に座る愛さんに話しかける。

愛「バッチリ!しおってぃーこそ、緊張で気が散らないようにね!バッチリだけに!」

栞子「はい。では、後は璃奈さんの合図を待ちましょう」

 ダジャレをいつも通りスルーし、アクリルガラス越しの璃奈さんに目を向ける。彼女はお昼の校内放送の機材担当だ。始まるタイミング、音量調節など抜かりが無い。

 璃奈さんはこちらに向かってサムズアップで応えた。その後、五本の指を順番に折りたたんでいく。

 始まる合図に襟を正す。緩い校内放送と言えど節度は守らなければならない。最後の指が折りたたんだ後、マイクのスイッチを入れた。

栞子「皆さん、こんにちは。お昼の校内放送の時間です。私、生徒会長である三船栞子と」

愛「ゲストの宮下愛でやっていくよーっ!」

 お昼の校内放送。これは、私が学園内の知名度と親しみやすさを上げるために行っている活動の一つだ。生徒会長と言えど一年生。名前を言っても頭に疑問符を浮かべる人も多いだろう。

愛「さぁ、まず一つ目のコーナー!お昼の校内放送のタイトルが遂に決まったよ!みんな~っ!投票ありがとね!」

栞子「ありがとうございます。投票で三つまで候補を絞り、その三つからどの名前が一番多かったのか。それを発表していきます」

6: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:52:26.47 ID:vH6u2Aku
愛「A!『プレジデント栞子のランチタイム』!B!『しお子の塩対応放送室』!C!『学校のカナリア放送室』!どれも楽しい名前で愛さん決められないなぁ~」

栞子「えぇ。私では絶対に出てこないユーモアに溢れた名前だと思います。重ねて、ありがとうございました」

 マイクに向かって頭を下げる。顔は見えていなくても自然としてしまう。だが、伝えなければならないのは感謝だけではない。

 非常に悲しい事実を伝えなければならない。

栞子「今回の投票はスクールアイドルの部室にあるかすみんBOXに入れて貰いました。しかし、どうやら不正票があったそうです」

愛「えぇ!?不正!?お昼の校内放送のタイトル決めに!?」

栞子「えぇ。一部の同好会が共謀した結果により、『しお子の塩対応放送室』に学園の生徒数を上回る票が入っていました」

 とある日、かすみんBOXが超肥満体になるほどの投票があった。心当たりのある場所を捜査した結果、コッペパン同好会とかすみさんの手によるものだと判明した。流石に、ここで実名は出さない。

栞子「皆さん。公正と高潔を持った学園生活を送りましょう。こうした不正はいずれ必ず暴かれるものです」

愛「まあ、そうだよね~。みんなもかすかすみたいなことしちゃだめだぞ~?」

栞子「……では、進行を続けます」

 愛さんの失言には目を瞑る。蒸し返すとより厄介なことになりそうだ。

栞子「お昼の校内放送のタイトルに決まったのは……」

愛「ダララララララララララ!」

栞子「『学校のカナリア放送室』です。次回から、お昼の校内放送ではなく、学校のカナリア放送室という名前でやっていきますのでよろしくお願いします」

8: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:53:16.73 ID:vH6u2Aku
愛「いえーいっ!タイトルが決まるとさっ!ちょっと身が引き締まるよね!タイトだけに!」

栞子「そうですね」

 目の前では身振り手振りで嬉しさを表現する愛さんがいた。ゲストと言っておきながら初回からいままでの数回、全てに参加している。放送のタイトルに彼女の要素が無いのが少しだけ申し訳ない。

栞子「では、次のコーナーに移ります。愛さん、お願いします」

愛「いえいっ!学園のみんなからのメッセージを伝書鳩がお届け!お便りのコーナーだよ~」

栞子「こちらもちゃんとしたコーナー名が欲しいですね」

愛「だね~。それじゃっ!まず一つ目!ぽむぽむプディングさんからいただきました!」

栞子「ぽむぽむプディングさん、ありがとうございます」

 お便りに関しては、生徒会長に与えられるメールアドレスへ送れるようになっている。多少、セキュリティの面で情報処理学科の二人の力を借りた。

愛「えぇと?『私は現在留学中なのですが、ずっと一緒にいた幼馴染と初めて物理的・時間的にも離れています。思った以上に寂しくて毎日電話をしているんですが、それでも寂しさが埋められません。この寂しさを解消するにはどうすればいいでしょうか』」

栞子「なるほど。寂しさの悩み、ですか」

愛「てかこれ歩夢じゃん。絶対歩夢じゃんね、これ」

栞子「愛さん……」

 眉を上げ軽く愛さんを睨む。彼女は世間話感覚で校内放送にて喋っているため、失言も実は多い。

 一人では場を繋げにくい私にとっては得難い人材だが、一方でデメリットもあった。

10: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:54:09.67 ID:vH6u2Aku
栞子「一応、これは匿名で応募されているメールなんですから、配慮してください。恥ずかしがり屋の方もいるでしょうし」

愛「あ、そうだよね!ごめん歩夢!あ、また言っちゃった!!」

 拳をコツンと頭に小突く愛さん。全く悪びれていない様子だった。

 私は璃奈さんの方を向いて目配せする。彼女も思いは同じようだった。

 後で、雑巾のようにこってりと絞りましょう、と。

 だが、今はおしおきの内容について精査していくわけにもいかない。流れを戻すのが先だ。わざとらしく咳払いを一つした後、口を開いた。

栞子「さて、お悩みへの解答ですが、次に会った時にしたいことを話すのはどうでしょうか。例えば、一緒に人気のケーキ屋さんに行きたい、一緒にお泊り会をしたい、等々」

愛「あぁ~、なるほどね。未来のワクワクでいまの寂しさを上塗りしちゃおうって話ね。流石しおってぃ~、ズバリといい解答するじゃんっ!」

栞子「愛さんはどう思いますか?」

愛「ん~、歩夢たちのことだからビデオ通話は既にしてるだろうし……。あ、そうだっ!VR機器を使って互いを仮想空間に存在させるってのはどう!?」

栞子「それは……」

 いくら流行だからと言っても、と私が口にしようとした瞬間、璃奈さんがカンペを出していることに気付く。璃奈ちゃんボードならぬ璃奈ちゃんカンペだ。珍しい。

『アバターじゃ寂しいって歩夢さんから連絡きた』

 ……。実は、この放送は虹ヶ咲学園の生徒ならスマホ等の端末を使って視聴できる。実装はするが実際に活用する人はごく少数だろう、と言われていた機能だ。

 それをまさか歩夢さんが、それも留学中だと言うのに聞いているとは……。虹ヶ咲学園への愛が強い、ということにしておこう。

12: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:55:28.24 ID:vH6u2Aku
『でも、未来の約束をするのはいいね、とも来た』

栞子「……えぇと、やはり、生身で会うのが一番でしょう。メタバース世界は元々近しい人との距離を埋めるものではなく、やはり知らない人との交流の場では無いでしょうか」

愛「あぁ~……うん。そうだね。ビデオ通話と遊ぶ約束をするくらいがちょうどいいかもね」

 微妙に変な空気になってしまった。視聴者の方に変に思われないよう話題を変えることにした。

栞子「では、ぽむぽむプディングさん、お便りありがとうございました──」

 次のお便りへと移る。このお便りに私は殆ど関与しておらず、璃奈さんの独断と偏見によって選ばれている。間違いなく、歩夢さんのを選んだのは愉快だからだろう。

 その後、お便りコーナーは恙なく終わり、これから学園内で起こるイベント知らせるコーナーに移った。

愛「いやー、にしてもさぁ、やっぱ卒業シーズンが近づくと空気が変わるよね」

栞子「えぇ。そうですね。運動部の方々が参加する最後の大会も徐々に幕を閉じ、高校生活最後の思い出に花開かせる人も多いです」

愛「しおってぃーはまだ一年生だけど、卒業について何か考えてる?」

栞子「卒業、ですか……」

 卒業。一年生の私にとって、当事者という形から見れば縁遠い話だろう。だが、卒業する当事者で無くとも、胸に秘める思いはある。

栞子「そうですね……。先立つ先輩方に対し、恥ずかしくない学園運営に卒業まで邁進すること。それが今の私にとっての卒業ですかね」

 その秘めた思いは、隠す。ここで言う話では無いだろう。

13: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:56:21.15 ID:vH6u2Aku
愛「しおってぃーらしい答えだね。愛さんは……もう一度、みんなとライブがしたいなぁ……」

 椅子の背もたれに体重を預けつつ、やや遠い声で愛さんが言う。目線は天井に向けられており、誰へのメッセージなのかは分からなかった。

 だが。

栞子「……私も、同じ気持ちです」

 秘めた思いは容易に剝かれてしまい、その事実が自然と晒された。

 しんみりとした空気になる前に、この放送を終わらせることにした。

栞子「では、本日の校内放送、学園のカナリア放送室はここで終了です。次回はオープンキャンパスに来てくれた学生さんと、第二回スクールアイドルフェスティバルに来てくれた学生さんからのお便りを紹介致します」

愛「またね!みんな!次回のゲストも愛さんが来るからねーっ!!」

栞子「次回の愛さんは裏方に回って貰います」

愛「えぇ~っ!?そんな~っ!」

 分かりやすくオーバーリアクションする愛さんの姿に少し頬が緩んでしまう。璃奈さんの方に目配せすると、力強いサムズアップをくれた。そうして、マイクのスイッチをオフにした。

 終わった。これで、また一つ卒業に近づいたのだろう。私はこれから後何回、学園のカナリア放送室を続けられるのだろう。

 そして、私はあと何度……同好会の方たちとライブができるのだろう。

 そう思うと、胸が締め付けられる感覚に陥る。理由はなぜか。簡単だ。

 私の知る限り、皆さんと一緒にライブをやる機会はもう無いのだから。

14: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:57:10.82 ID:vH6u2Aku
──

 生徒会と同好会、二足の草鞋を履く日々は自分で思うよりも忙しかった。だがその度に、私はせつ菜さんを思い出すようにしている。彼女は私と同じ境遇でありつつ、せつ菜と菜々という使い分けを完全にこなして見せた。

 仮面を付けない私が弱音なんて吐けるわけが無く、同時にせつ菜さんの存在は私の励みとなっていた。だが逆に、彼女はそんな日々の中で何を拠り所にして頑張れていたのだろうか。

 先達が誰一人いない、孤独な二足の草鞋を履く生活。それはきっと、色々な苦難、苦悩に遭ったことだろう。

 だが、いまのせつ菜さんにその術を聞くことはできない。なぜなら、彼女は正真正銘、何の衒いも無くスクールアイドルだからだ。二つの肩書きなど存在しない、純粋なスクールアイドルなのだ。生徒会長を降り、スクールアイドルになった彼女に苦労は掛けられない。

 きっと、せつ菜さんが直面した苦悩を乗り越える秘訣は、私自身の手で掴み取るものなのだろう。

 未だ答えの出ない疑問に頭を悩ませながら、同好会の部室へと歩を進める。すると、後ろから声をかけられた。

かすみ「おっはよ~、しお子。今日の放送も楽しかったよ!」

 背中を軽く叩かれる。声の主はかすみさんだった。

栞子「ありがとうございます。会って早々なんですが、もう不正はしないでくださいね」

かすみ「う゛っ゛……」

 痛いところを突かれたのか、胸を押さえて苦しむ表情を見せる。オーバーリアクションのように見えるが、かすみさんにとっては平常運転である。

15: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:58:03.03 ID:vH6u2Aku
かすみ「ご、ごめんなさい……。コッペパン同好会のみんなと盛り上がっちゃって……。つい、魔が差しました……」

栞子「えぇ。反省しているならいいんです。今後は不当なやり方ではなく、正当なやり方で戦ってください」

かすみ「はいぃ……」

 頭の上に曇天が見えるんじゃないか、と思うほど分かりやすく落ち込んでいた。かすみさんは時折悪戯を画策する人ではあるが、たまに一線を越える。こういう時はきちんと言えば効きすぎるほど反省する人だ。

かすみ「ちなみにさ、しお子的に『しお子の塩対応放送室』はどうだったの?」

栞子「……お悩みのお便りが来るのに塩対応ではだめだと思いましたね」

かすみ「えぇ~っ。だからいいんじゃん。これがゆ~もあってものだよ?しお子の頭、
相変わらずカッチカチだね」

栞子「カッチカチですか……」

 頭がカッチカチ。正直、その言葉は思った以上に突き刺さる。面白味、ユーモア、いつかは磨きたい能力だ。同好会はウィットに富んだユーモアを持つ人が多いので参考になる。

 そんな益体の無い話をしていると、部室へと到着した。

栞子「こんにちは」

かすみ「おっはよーっ、ございますっ!プリティキュートな登場ですよぉ!」

 部室は全体の半分程度の人が集まっていた。入室してきたため、自然と注目が私たちに集まった。

せつ菜「こんにちはかすみさん、栞子さん。今回も聞きましたよ、お昼の放送。えぇと、学校のカナリア放送室、でしたよね」

栞子「はい。これで四回目なのでそろそろ慣れてきたと思うのですが……」

せつ菜「とても面白かったです!特に歩夢さんのお便りのところが良かったですね!笑っちゃいけないけど微妙に笑ってしまう絶妙な匙加減でした!」

 せつ菜さんの純粋無垢な笑顔が向けられる。純粋な素直さにおいて、彼女に勝る人はいないだろう。私はつい頬を綻ばせた。

16: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:58:50.54 ID:vH6u2Aku
栞子「そう言っていただけると嬉しいです。ですが、先ほどかすみさんに言われた通りユーモアをもっと磨かなければなりません。これからの成長に期待してください」

せつ菜「はいっ!毎週の楽しみの一つですから、いまからワクワクですね!」

 他の人の楽しみになっている。それが少しだけ胸に響いた。充足感を覚えつつ、次なるネタを仕込まなければならないと強く思った。

ランジュ「栞子がユーモア、ね……。どう思うミア」

ミア「答え辛い話題を振らないでくれ」

 ネタの方向性に悩んでいると、椅子に座る二人の会話が聞こえてきた。

栞子「答え辛い、ですか?」

ミア「Well……Sorry。栞子はユーモアを磨かずとも、愛のツッコミとして機能しているだろ?だから、無理に方向転換しなくてもいいんじゃないか?」

栞子「そう、ですかね」

 捲し立てるように言われる。それは暗に、私にユーモアは不可能と断じられているように思えた。

ランジュ「まあ、ランジュが卒業するまでの二年間で、どれほどユーモアが成長するのかは見物ね」

ミア「それはそれで楽しみだな。真面目な栞子がComedianとして優秀になったら面白い」

 コメディアン……。スタンドマイクの前で漫才をする自分の姿をイメージした。コメディアンというより、怪談話でもした方がウケは良さそうに思えた。

17: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 19:59:43.54 ID:vH6u2Aku
ランジュ「でも、ミアはあと数か月で卒業でしょう?たぶんそれまでにコメディアンとして大成するのは無理があるわ」

 そう言えば、たまに忘れてしまうがミアさんは高校三年生だ。彼方さん達同様にもうすぐお別れとなってしまう。それまでに私にユーモアを身に着けるのは……厳しいだろう。

 だが、ランジュの言葉に対しミアさんは眉一つ動かさずに答えた。

ミア「なに言ってるんだバカランジュ」

ランジュ「ば、バカ!?突然何を言い出すのよ!」

ミア「全く。ボクを強引に日本へ連れてきたのはランジュだろう?ボクが卒業するのは君と同じ来年さ」

ランジュ「は、はぁ!?」

 寝耳に水な話だった。確かに、ミアさんを日本に連れてきたのはランジュだと聞いている。来るのも同じなら、去る時も同じ……という道理だろうか。

 だが、生徒会長としてわざと留年するような発言は見過ごせない。

栞子「ミアさん。わざと一年留年するというのはあまりいい選択とは思えません。巣立つ日は決まっているからこそ、それに向けて全身全霊になれるのではありませんか?」

ミア「……はぁ。言うタイミングを間違えたか」

 一度嘆息した後、肩を竦めていた。だが、ミアさんの目にはそれだけじゃない、と主張するように強い意志が見えた。

ミア「正直言って、いまさら高校に入り直すなんてNonsenseだと思ったよ。学ぶことなんて一つたりともありはしないってね」

 ミアさんは既にアメリカで大学生としての経験がある。そう思うのも無理はない。

ミア「でも……虹ヶ咲学園には、この同好会には、ボクがまだ学べる余地が……いや、ボクが学ばなければならないことがたくさん残っているんだ。だから、まだ卒業なんてできない」

栞子「ミアさん……」

 真剣に、曇り一つなき目で見つめられると何も言えない。ミアさんは本来辿るはずだった過程をすっ飛ばしていまここにいる。それならば、一つの場所に留まって集中的に学ぶのもありかもしれない。彼女の言葉に込められた意思を感じ取り、私は容易く陥落してしまった。

18: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:00:32.80 ID:vH6u2Aku
栞子「……そこまで言われれば、私から言えることはありません」

ミア「Sorry。生徒会長の君には少し辛い言葉を言わせたね」

栞子「いえ。気にしないでください。それがミアさんの幸福の道であるというのなら、進むべきです」

 確固たる意志、説得力のある動機があるのなら、それに身を委ねるのが正解だろう。きっと、それこそが幸せに生きる道に違いない。

かすみ「──はいっ。そんなしお子に見て欲しいものがあります」

 パンッ。突然、部室に高く乾いた手拍子の音が響いた。振り向くと、そこには真剣な眼差しのかすみさんがいた。賞状でも渡すように、少し分厚い冊子を私に差し出す格好だった。

栞子「これは……何ですか?」

かすみ「ミア子の留年が幸せになる道なら、私のこれは同好会をワンダーランドに導く切符、かな?」

 私は冊子を受け取り、まず表紙を眺めた。そこには、『第三回スクールアイドルフェスティバル企画書』と書かれていた。

 冊子から目を離し、かすみさんへともう一度顔を合わせる。依然、真剣な眼差しのままだった。つまりこれは、三船栞子個人に当てたものではなく、生徒会長・三船栞子に宛てたものだろう。

栞子「……なるほど。意図は理解しました。ですが、量が量なので後日精査させていただきます」

かすみ「……うんっ!お願い!」

 ミアさんも、かすみさんも、それぞれが譲れない思いを持っている。それを思うと、手に持つ冊子がより重く感じられた。

19: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:01:16.61 ID:vH6u2Aku
ミア「ふふ。子犬ちゃんの癖に大胆なことをするじゃないか」

かすみ「はいそこ。かすみんは子犬じゃありません」

せつ菜「し、栞子さん!精査し終わったら私にも見せてくださいっ!どんな企画書なのか非常に興味があります!」

栞子「えぇ。勿論です。いいですよね、かすみさん」

かすみ「ふっふ~ん。一部の隙も無いぱ~ふぇくとな企画書に驚くといいですよぉ!」

ランジュ「パーフェクト?それは聞き捨てならないわね。せつ菜。栞子の次は私が読むわ」

せつ菜「えぇ!?ズル抜かしはいけませんよ!二番目は私です!ここは絶対に譲れません!!」

栞子「……」

 賑やかだ。少し遠くにいるような心地で目の前の光景を見つめる。私が入部して数か月経つが、ここでは毎日何かしらイベントが起こる。それは偏に、同好会で叶えたい何かしらの夢を皆が持っているからだろう。

 だからこそ余計に、この夢が詰まった企画書から重みを感じた。第三回スクールアイドルフェスティバル。それは、私が何度も夢想し、何度も潰えた泡沫の夢だったからだ。

20: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:02:08.89 ID:vH6u2Aku
──

 同好会の練習後、私は学園内の見回りをしていた。学園内は夕方ということもあり人気はあまりない。同好会の賑やかさは好ましいものだが、廊下をたった一人で歩く時間も好きだった。なぜなら、たった一人で思索に励めるからだ。

 これ幸いにと、私はここ数か月の出来事を回顧していた。ランジュとミアさんが虹ヶ咲学園へ留学してきたこと。諦めていたスクールアイドルの夢を叶えられたこと。生徒会長の座に就いたこと。目まぐるしいという言葉が酷く似合う最近だった。

 激流のような日々の中にいるのは何も私だけではない。時間は残酷に、それでいて公平かつ平等に流れる。だが、同好会にいる人たちと共にいると時間の経過を速く感じる。それはきっと、私が今を生きる時間を大切にしているからだろう。だからこそ、思ってしまう。もう少しだけ、早く出会えていれば、と。

 そんなひとさじの寂寥を感じつつ廊下を歩いていると、控えめなピアノの音色が聞こえてきた。人の気配があまりない、放課後の学園で聞こえる音色。私の頭は瞬時に該当の人物をはじき出した。だが、同時にその人ではない、とも叫んでいた。

 なぜなら、その音色はひどく乱暴だった。例えるなら、赤ん坊が鍵盤の上で無作為に転がり回っているような、そんな音色だった。

 私の足は自然とピアノの奏者を暴こうと歩き出していた。音色は徐々に大きくなり、同時に不協和音とも取れる音階に多少の不快感を覚え始めていた。

 無意識の内に音を殺すように歩き、教室の扉に付いているガラス窓から中を覗く。すると、そこには私が予想した通りの人がいた。

栞子「侑さん……」

 思わず声に出してしまう。そこには同じ同好会の部員である高咲侑さんがいた。彼女は焦燥すら感じられる必死な表情で鍵盤に向かっていた。次の一瞬には、鍵盤の上にある楽譜を乱暴に払ってしまっても驚かない、そんな鬼気迫る表情をしていた。

 そう言えば、今日は音楽科の補習があるから同好会には来ていなかった。では、これは補習で出された課題だろうか。いや、違うだろう。たとえ課題であったとしても、こんな初心者が憂さ晴らしに弾くような音色を侑さんは奏でない。彼女の弾く音色とは、つい瞼を閉じて聞き入ってしまうような穏やかさを持ちつつも、思わず口を開けて歌いだしてしまうものだったはずだ。

 侑さんが何かを抱えてピアノに向かっているのは間違いない。だが、私は二の足を踏んでしまっていた。今の、中途半端な私に……彼女にかけられるような言葉があるだろうか。

 不甲斐なさに思わず唇を噛む。生徒会長と言えど、未だ私は熟れていない果実だ。人の適性云々に関して助言はできる。だが、適性に従って正しく努力している人が直面する壁に対し、私が何を言えるだろうか。

21: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:03:01.32 ID:vH6u2Aku
 そう、時間の経過を忘れるくらい葛藤していると、ふと、侑さんと目が合った。胸が激しくざわめいた。まるで、殺人の瞬間を目にしてしまったような感覚が襲う。彼女はピアノを弾く手を止め、やや達観したような顔でこちらに向かってきた。

 そして、遠慮なく扉は開けられた。

侑「まいったよ。こんなとこ、見られちゃうなんて」

 侑さんはあまり見たことがない苦笑いを浮かべていた。バツの悪さを感じながら、私はとあることに気付いた。瞼がやや腫れぼったい。もしかして、ピアノを弾きながら泣いていたのだろうか。それも、孤独に一人、ピアノに向かって戦っていたんだろうか。

 力になりたい。純粋に、そう思った。

栞子「……すみません。こんな出歯亀みたいな趣味の悪いことをするつもりは無かったんです。ですが、侑さんが弾いているとは露ほども思えなかったので……」

侑「まあ、そうだよね。私もさ、こんな情けない演奏しかできないなんて思わなかったよ」

栞子「情けない、ですか」

侑「うん。もうちょっと、私は強いって思ってたんだけどね」

 感情を押し殺すようにして笑う侑さんは、酷く痛々しく見えた。そんな姿に、思わず口を衝いて言葉が出た。

栞子「情けなくなんかありません」

侑「栞子ちゃん……?」

栞子「私に詳しい事情は分かりません。ですが、手が震えながらも、以前のような演奏ができなくとも、ピアノに向かって一意専心する侑さんの姿が情けないはずがありません」

 そうだ。何か辛いことがあって停滞してしまう人が多い中、それでもと踏ん張ることができる人の姿が情けないはずがない。

栞子「だから、そう自分のことを卑下しないでください」

侑「……ありがとね。そう言って貰えると励みになる」

 だが、私の慰めなど全く響いていないように見えた。暖簾に腕押し、糠に釘。そんな言葉が脳を踊る。今侑さんが欲しているのは言葉ではなく、もう一度弾けるようになる実績なのだろう。

22: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:03:46.55 ID:vH6u2Aku
侑「ねぇ、栞子ちゃん。一つだけ聞いてもいいかな」

 表情を締めながら、侑さんは呟くようにして言った。私は勿論首肯した。

侑「翼のない鳥。書くことのできないボールペン。そして、音の鳴らないピアノ。アレテーを失っちゃえば、その物の存在価値はどうなっちゃうんだろう」

 その問いは、侑さんの口から出たとは思えないほど哲学的だった。だが、意図は汲み取れた。

 汲み取れた、が。

 私の脳はその解答を渋っていた。先ほど思い知ったように、侑さんになまなかな言葉は響かない。心の底から、私がそう思っている解答で無ければきっと響かないだろう。

 だが、私の心のストックには、その問いを組み伏せるだけのレパートリーが無かった。

侑「……ごめん。ちょっと意味不明だよね。忘れて」

栞子「……すみません」

侑「いいって。悪いのは頭のモヤモヤを発散しようとして、いじわるな質問をした私だから」

栞子「しかし……」

 そのモヤモヤを、傲慢かもしれないが私が払ってあげたかった。尚も食い下がる私に対し、肩に優しく手が置かれた。思わず視線を上げ、侑さんと目が合った。

侑「あの演奏の理由を聞かないだけ、栞子ちゃんは優しいよ。ありがとね」

栞子「……っ」

 違う。それは優しさじゃない。私に、その勇気が無かったら。一歩踏み込んで侑さんの胸の奥底を探る勇気が無かったから。だから、感謝なんてしないで欲しい。

侑「明日は必ず同好会に行くから。また明日、栞子ちゃん」

栞子「……はい。明日、また」

 荒れ狂う感情の海を押し殺しながら、その言葉を捻出した。今の私にできることは言葉を喚き散らすことではない。この出来事を、無かったことにはしないことだ。明日、何食わぬ顔で侑さんと接することこそ、彼女の望む大人な対応というものだろう。だが生憎と、そんなどうでもいい他人にするような対応はできない。

 苦渋に歪みながらも前へ進もうと努力する人を、どうして放っていられるだろうか。

 廊下の角に消える侑さんの姿を見送る。私は一度握りこぶしを作った後、またすぐ緩めた。

 ただ、一つ懸念があるとすれば、今の私には手に余る案件、ということだった。目下、対応・処理しなければならない重大な案件が既にある。

 第三回スクールアイドルフェスティバル企画書。明日を考えると、気が重くなるのを感じた。

栞子「本当に、目まぐるしい日々ですね……」

 思わず嘆息の息と共にそんな言葉が出てしまう。

 ここ数か月で私を取り巻く環境は大きく変わった。そしてそれは何も、私だけではない。取り巻く環境もまた、大幅に変わり続けていた。

23: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:04:33.56 ID:vH6u2Aku
──

栞子「却下です」

 努めて冷静な声音でその言葉を放つ。できるだけ私情を挟まずに出た声は、思った以上に冷徹だった。

 かすみさんから企画書を貰ってから数日。今日は企画書の結果が分かる日だったのだが、生憎と望みには添えない形となった。

かすみ「そ、そんなぁ……。かすみん渾身の企画書だったのにぃ……」

 言われた本人であるかすみさんは分かりやすく肩を落としていた。もう少し手心を加えた言い方をすればよかったと後悔したが、却下自体を撤回できるわけでもない。

 ここは、生徒会室。生徒会長として提出された企画書に関しては、やはり生徒会室で対応するのが筋というものだろう。

果林「かすみちゃんだけじゃ心配だから付いてきたけれど、実際の企画書に関しては私も目を通していないのよね」

エマ「あはは。『これなら絶対一発で通りますから心配ご無用ですよ!』って言葉を鵜呑みにしちゃったね~」

彼方「自信を持つのはいいことだぞかすみちゃ~ん」

 そんなかすみさんには、ミアさんを抜いた三年生の方々が着いてきていた。彼女が心配だから、というのも建前ではないだろうが、実情は少し別のところにある気がした。言わば、三年生の方々のため、という本音。彼女が第三回SIFの企画書を持ってきたこと、三年生がもうすぐ卒業してしまうこと。この二つは無関係ではないだろう。

 かすみさんは彼方さんに慰めのナデナデを貰いつつ、恨みがましく私を睨んできた。

かすみ「で……。どうして私の企画書じゃ無理なのか、説明して貰えるんだよね」

栞子「えぇ。もちろんです。私個人の考え、そして生徒会メンバーと協議した結果、満場一致で却下の結論に至りました。では、副会長、説明をお願いしてもよろしいですか?」

 生徒会メンバーは私を除いて殆ど変わっていない。実務経験のある人たちが継続して立候補してくれるのは有難い。副会長は事前に用意していた机の上にあるレジュメを手に取り口を開いた。

24: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:05:19.15 ID:vH6u2Aku
副会長「はい。では、中須さんから提出された企画書に関してですが、形としては第二回のフェスではなく、第一回のフェスを下地に考えられたものと私たちは捉えました」

かすみ「はい……。第二回である文化祭との合同開催は合わないと思ったので……」

彼方「あるとしても、体育祭くらいだもんね。フェスとは合わないよねぇ」

副会長「はい、ありがとうございます。では話を進めますね。企画書自体は校正もしっかりしており読みやすい文章でした。細かな部分に目をつむって、一番の問題点を挙げるとすれば、それは場所の選定です」

かすみ「場所……ですか」

 そう、かすみさんの企画書は、完成度自体はそれなりに高かった。作ったこともないだろうに、よく調べてよく練ってできた渾身の一作なのだと思う。だが、私は生徒会長として現実的に実現可能性を探らなければならない。

副会長「第二回フェスの時も、場所の選定には苦労した覚えがあると思います」

果林「えぇ。でもそれは、想像以上に参加する学校の数が多かったからでしょう?」

副会長「はい。その結果キャパオーバーし、一度は合同開催が白紙になる寸前まで追い込まれました」

 合同開催が白紙になる寸前だった時。その頃の記憶が少し蘇る。一度白紙に戻すと決めたせつ菜さん……いや、菜々さんに対し、私はどんな言葉をかけたのか。

栞子『残念ですが生徒会長として正しい判断だと思います』

 せつ菜さんと同様の立場になってから思うと、私はずいぶん酷い言葉を吐いてしまったのだと気付いた。

副会長「ですが、五校全ての学校の全面協力を得られたことで、第二回フェスは大成功を収めました」

エマ「あの時の熱気、すごかったもんね~。またあの時みたいなフェス、もう一回したいなぁ……」

かすみ「エマ先輩……」

 少し寂し気な顔をしながら言うエマさんに対し、かすみさんは唇を嚙んでいた。二人とも、根拠は無くとも薄っすら察しているのかもしれない。第三回フェスを、今学期中に行うことは不可能であると。

25: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:06:12.78 ID:vH6u2Aku
副会長「──だからこそ、第三回フェスは開催が困難を極めるんです」

 その不可能な理由こそ、第二回フェスの大成功にあるなど、私も悪い冗談だと思う。だが、この企画書が提出されるずっと前から調べていた私には分かる。だから、第三回フェスは実現が不可能だと。

かすみ「だからこそって……どういうことですか?」

副会長「はい。では、こちらのレジュメを見てください」

かすみ「え、はい……」

 かすみさん達同好会の方々に一枚の紙が手渡される。それは、私が前から調べていた結果の一端が記されている。最初は怪訝な顔つきで見ていたかすみさんだったが、とあることに気づいて目を血走らせるようにして読み進めていった。

かすみ「これって、そんな……」

果林「ライブのステージ、こんなにも予約でいっぱいなの……?」

 そう、レジュメに記されていたのは、お台場周辺の借りられるステージの予約状況についてだった。そしてその殆どが、たくさんの予約で詰まっている。これでは第一回フェスのような開催は不可能なのだ。

彼方「どうしてこんなに埋まっちゃってるのかなぁ……。あ、もしかして、第二回フェスが大成功だったから……」

 慧眼だった。そう、全ての理由は彼方さんのその一言に集約される。

副会長「はい。第二回フェスは参加したスクールアイドルだけではなく、それを見た他校のスクールアイドルにも火を付けたようです。今現在、ステージを食い合う水面下での争いが勃発しています」

かすみ「だから……ステージに空きがないんだ……」

 第二回フェスの反響は凄まじいものだった。お台場だけでなく、国内全て、いや、海を越えた国にまでライブ配信で届いていた。私にも、芽生えるものがあった。きっと、他の人も同様なのだろう。

 だがまさか、その大成功に自らの首が絞められるだなんて誰が予想できるだろうか。

26: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:07:03.11 ID:vH6u2Aku
副会長「加えて言えば、卒業式が数カ月後に迫っています。だから最後の思い出にと、ステージを予約する人が増えているそうです」

かすみ「じゃ、じゃあ……スクールアイドルフェスティバルみたいな大きいイベントじゃなくて、小規模な……そうだっ!この虹ヶ咲学園でライブすればいいんじゃないですか!?」

 かすみさんは明るい表情で提案した。だが、副会長はそれに対し首を振る。

副会長「先ほども申した通り、卒業式の思い出にと、思うのは他校の人たちだけではありません。虹ヶ咲学園もまた、そう言った空気が流れています。敷地内の空きを探すのもまた困難な状況となっています」

かすみ「そんな……」

 まさかここまで否定されるとは思っていなかったのだろう。かすみさんは絶望一色に顔色が染まっていた。少し小突けば倒れてしまいそうにすら見える。

 ……私は、生徒の皆さんを幸せにするために生徒会長になったのではないだろうか。それがなぜ、このような表情を強いているのか。

 きっと、人々の幸福の裏には、現実の万力によって圧し潰された数多の夢があるんだろう。

栞子「かすみさん」

 だから、だからせめて。私は生徒会長として言うべき言葉があった。

栞子「あなたのフェスへの気持ちは伝わりました。ですが、ハッキリ言います。第三回フェスの開催は不可能です」

かすみ「……っ」

 私にできるのはせめて、引導を渡すことくらい。どれだけ頑張ろうとも、思いがあろうとも、叶えられない現実というものはある。

 きっと、かすみさんの心中はやりきれない思いでいっぱいだろう。私もそうだった。諦めていたスクールアイドルの夢をもう一度見せてくれた同好会の方々に恩返しがしたい。その一心で第三回フェスの開催を私も本気で考えた。だが、だめだった。

 私は一人、その現実に圧し潰されたのだ。

27: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:07:56.28 ID:vH6u2Aku
かすみ「しお子は……したくないの?」

 蚊の鳴くような声だった。それほど小さく、弱弱しい声。

かすみ「放送で言ってたじゃん……。もう一度、ライブがしたいって……」

栞子「……」

 したい。私だって、胸が張り裂けて叫びたくなるくらいその気持ちはある。だが、どうしようもないのだ。そもそも歌える場所がないのだから。

かすみ「しお子は、スクールアイドルなの?それとも、生徒会長なの……?」

栞子「私は……」

 睨むような目線ではない。伺うような目線だった。こめかみに一筋の汗が流れ落ちる。

 私は、二の句を継げずにいた。スクールアイドル、生徒会長。どっちつかずの半端者である私に、続く言葉などあるはずもない。

かすみ「……ごめん。八つ当たりだった。しお子だって、同じ気持ちのはずだもん」

栞子「いえ……謝らないでください」

 そうして、目線は外れた。かすみさんはひどく悔しそうな顔で拳を固く握っていた。いつもの彼女なら、めげずに表だろう裏だろうと、でき得る手段の全てを使って叶えようとするだろう。だが、現実は無情だった。詰将棋のように一手一手、生徒会である私たちによって追い詰められてしまった。

彼方「ごめんねぇかすみちゃん。彼方ちゃんたち、何にも援護できなかったよ」

かすみ「いえ、いいです……。私の企画書に穴があっただけです。大見得切ってこれじゃあ……かっこ悪すぎですね」

彼方「うぅん。かっこ悪くなんてないよ。ありがとうねぇ、かすみちゃん」

栞子「……」

 私は三年生の方々に慰められるかすみさんを見ていることしかできなかった。そのまま、皆さんは生徒会室から撤収した。

 だがその前に、果林さんだけが残った。

28: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:08:44.02 ID:vH6u2Aku
果林「ねぇ、栞子ちゃん」

栞子「……はい。なんでしょうか」

 何か伝え忘れたことでもあっただろうか。少し警戒して身構えてしまう。

果林「私たちは、まだ諦めていないわよね?」

栞子「え……?」

果林「それだけよ。また会いましょう」

 流し目で微笑を浮かべた後、果林さんも生徒会室から出ていった。私の頭は、その言葉を処理しきれずにいた。

 私たちとは、誰のことなんだろうか。抽象的な物言いだが、その私たちには、三船栞子も入っているような気がした。

副会長「お疲れ様です。会長」

 不意に、副会長から話しかけられる。年上の先輩に会長と呼ばれるのは少しむず痒い。だが、そういう立場なのだから仕方がない。

栞子「はい。副会長もお疲れさまでした。説明の殆どを一任して貰ってありがとうございます」

副会長「いえ、ですが……このレジュメに記載されている情報って、会長自身が調べた物がほとんどじゃないですか。なんだか、手柄を横取りしているようで……」

栞子「いいんです。第三者の方から客観的に言って貰った方が変に私情が入りませんから」

副会長「そう、ですか……」

 私情。そう、私情だ。私はかすみさんから企画書を渡された瞬間から、この未来を予見していた。引導を渡し、憎しみを私に集めることでやりきれない思いをぶつける場所を作る。それがせめてもの、先達である私にできることだった。

 だが、それでも……。私は未だにあれでよかったのかと自問自答してしまう。

 本当は、不可能だと分かっていても、もう一度かすみさんと同じ目線に立って企画書を練り直すのが正解だったのではないだろうか。だが、その先にあるのが、破るのが困難なぶ厚い壁だとすれば、やるせない思いだけが残ってしまう。

 だから、つい聞いてしまった。

29: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:09:33.73 ID:vH6u2Aku
栞子「副会長、一つ聞いてもいいですか?」

副会長「えぇ。もちろん、私に答えられることなら」

栞子「私の判断は、正しかったでしょうか」

副会長「はい。生徒会長として正しい判断だったと思います」

栞子「そう、ですか……。ありがとうございます」

 副会長の言葉は、私の言葉だった。自分の放った言葉はいつか、自分に返ってくる。だがまさか、こんな形だとは夢にも思わなかった。

栞子「……本当に、私はあの時酷い言葉を吐いてしまったものです」

 ぽつりと誰にも聞こえない音量で呟いたのは自嘲の言葉。

 無力な自分の、誰にも届かない、誰も救われない言葉だった。

 私は果たして、何のために生徒会長になったのだろうか。そんな自問自答が、いつまでも頭から離れなかった。

30: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:10:15.42 ID:vH6u2Aku
──

栞子「では、これで今日の生徒会業務は終わりですね。お疲れさまでした」

 他の生徒会役員に向かってそう告げる。企画書を没にした後、通常通りの生徒会業務を行っていた。同じ同好会のメンバーとして後を引くかと思ったが、切り替えは思ったよりもできた。

 同好会に入って日が浅いのが原因なのか。いや、少しでも考えないように生徒会の業務で頭をいっぱいにしたからだろう。

 私の一言で生徒会役員の方々は帰り支度を始め、最後に生徒会室に残ったのは自分のみとなった。スクールバッグの中から使い慣れた私的なノートパソコンを開く。家でもできる処理だが、今はまだ生徒会室から出たくなかった。

 チラリと時計を見た。まだ、同好会の活動はギリギリやっている時間帯だった。いまはまだ、顔を合わせづらい。別に悪事を働いたわけではないが、フラットな関係に戻すにはもう少しだけ時間が必要だろう。

 頭を生徒会業務から目の前に切り替える。これからやろうとしているのは、次の学校のカナリア放送室で答える予定のメールチェックだ。

 次回はオープンキャンパスと第二回フェスに来てくれた学生から寄せられたお便りに答える内容となっている。この放送だけは、学園内外に配信する予定だ。学園の許諾は勿論取っており、開明的な虹ヶ咲学園らしいと都合がいい。

 学生にとっても配信というなじみ深い形で虹ヶ咲学園を知れる上に、学園内の生徒にとっても、外からどう今の虹ヶ咲学園が見られているのか分かるいい機会だ。

 これまでのお便りの選定は璃奈さんが行っていたが、流石に生徒会色の濃い案件となると私が選ぶべきだ。

 まず、一通目のメールに目を通す。

『オープンキャンパス、非常にタメになりました。その時質問できなかったのですが、虹ヶ咲学園を卒業した人の進路について教えてください』

 進路か。進学か、就職か。私は大学へ進学予定だが、幅広い学問を学べる虹ヶ咲学園のことだ、就職を選ぶ人も少なくないだろう。これに関しては学園のパンフレットにも記載されているが、詳細な内容については少し先生方へヒアリングする必要がありそうだ。

31: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:11:08.37 ID:vH6u2Aku
 二通目のメールに目を通す。

『スクールアイドルフェスティバルを見て、私もニジガクに入りたいって思いました。スクールアイドルに必要な素養ってなんでしょうか?』

 これは……。虹ヶ咲学園の学科や学風に関することではなく、かなり限定的な内容だ。スクールアイドルに必要な素養。率直に言えば、私も知りたい内容だった。

 笑顔、トークパフォーマンス、歌声、振り付け、等々。凡百な言葉は幾つも出てくるが、それは聞きかじったネットの知識を披露しているに過ぎない。彼女が求めているのはそうした話ではなく、実感の込められた肉声だろう。

栞子「私には少し、荷が重すぎますね……」

 これは保留にした。他の同好会メンバーのヒアリング結果如何によっては、これを採用してもいいだろう。

 そうして次々に、私はメールチェックを行っていった。少し驚いたのは、スクールアイドル同好会に関する言及が多かったことだ。そう言えば、オープンキャンパス当日は同好会でトラブルが生じ、その穴をランジュがパフォーマンスをすることで埋めていた。だからこそ、その体験が故にスクールアイドル同好会に関する言及が多いのかもしれない。

栞子「ふぅ……」

 一度深く椅子に沈み込む。あれから一時間以上メールのチェックをしていた。目を皿にして読み込んでいたためか、眼精疲労で瞼付近がピクピクしていた。壁に掛けてある時計に目をやると、既に同好会の活動は終了している時間となった。放送で紹介するメールについては大方目途が着いた。私もそろそろ帰宅するべきだろう。

 放送で紹介しきれないメールに関しては、私が後々個人的に回答する予定だ。虹ヶ咲学園内の声だけでなく、興味を持ってくれる外の声に対応するのも重要な業務だ。

 私がパソコンを閉じようと手を掛けた瞬間、新着メールの届くウインドウが表示された。どうせ残り一件だ。ついでに目を通してしまおう。タッチパネルを操作し、該当のメールを開く。

『第二回フェス、すごく感動しました!そこでビックリしたんですが、生徒会長さんってスクールアイドルもやってるんですよね?二つの役割を完璧にこなす姿を見て、私も生徒会長さんみたいな人になりたいと思いました!どうすればあなたみたいになれますか?教えてください!』

栞子「……」

 体温が徐々に冷え込むような感覚を覚えた。そのメールは、私では回答不可能な内容だった。なぜなら、文面にある生徒会長は三船栞子ではないから。

32: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:11:58.70 ID:vH6u2Aku
 このメールは、前生徒会長である中川菜々さんへと送られた内容なのだ。スクールアイドル、生徒会長の二足の草鞋を完璧にこなし切り、最高の状態で生徒会長の座を退いた存在。そんな彼女に、羨望の眼差しを送り、憧れてしまうのは無理のない話だ。

 非常に理解と共感ができるメールだった。だからこそ、私の気分は深い海底にでも沈むような気持ちになってしまう。

 一度は白紙に戻りそうになった第二回フェスを復活させ、大成功にまで導いた立役者。自らもまた、スクールアイドルとして場を盛り上げる役割を十全にこなし切り、表と裏で八面六臂の活躍をした人だ。

 一方、私はどうだろうか。第三回フェスの企画書に対して現実的な問題点しか挙げることができず、現実の圧力に屈している。また、せつ菜さんに比べればスクールアイドルとしても未熟であり、何も学園の方々に貢献できていない。できたことと言えば、自らの認知度を上げるためにお昼に放送したくらいだ。

 同じ生徒会長とスクールアイドルという二足の草鞋を履いた立場なのに、どうしてここまで結果に差が出るのだろうか。

 私のその疑問に対する解答は、瞬時に頭の中で弾き出される。

栞子「私には……その適性がないから」

 椅子に全体重を預け、無機質な天井を仰ぐ。私はどこまでも、せつ菜さんのようにはなれない。

 今まさに来たメールすら、『お前は望まれていない』と突き付けられているように思える。悲観的に、それでいてネガティブな気持ちに一直線だ。

 ここにいるのが一人で本当によかった。

 もし他に人がいれば、八つ当たりしてしまうかもしれないから。こんな鬱積した感情は、自分のみで処理するのが正解だ。

 私はそれらの感情に区切りを付けるように、パソコンの画面を閉じた。開閉音は思ったより軽い音がした。

33: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:12:42.56 ID:vH6u2Aku
──

 学園の玄関は朝の喧騒が嘘のように静けさで支配されていた。上履きを脱ぎ、下駄箱に入れ、外履きを取り出す。その一挙手一投足から発生する音がやけに大きく感じる。だからこそ、しとしとと降る雨音さえも明瞭に聞こえた。

 スクールバッグの中の折り畳み傘を探る。最近使っていなかったが、取り出した記憶もないので見つかった。そうして玄関口から出ようとした瞬間、後ろから声を掛けられた。

せつ菜「あ、栞子さん!いま帰りですか?」

 振り向くと、そこにいたのはせつ菜さんだった。逆三角の髪飾りで片方だけ髪を結んでいる特徴的なスタイル。生徒会長だった頃付けていた眼鏡も付けておらず、正真正銘スクールアイドルの優木せつ菜だった。

せつ菜「ちょうどよかったです。少し先生方に呼び止められちゃって帰りが遅くなってしまったんです。一緒に帰りましょう」

栞子「はい。傘は持ってきてるんですか?」

せつ菜「えっ。今って雨降ってるんですか?うわっ、本当ですね……」

 せつ菜さんは焦りながらスクールバッグをごそごそと探り始める。だが、目的のブツはなかったようで分かりやすく肩を落としていた。

栞子「では、駅までですが一緒の傘に入っていきませんか?」

せつ菜「え……。そ、それはつまり相合傘というやつで?」

栞子「はい。折り畳み傘ですが、開くと大きいタイプなんです。ほら」

 バッ、と折り畳み傘を開いた。広げると、カラスが翼を広げたような圧さえ感じられる大きさになった。色味は緑なので全くカラスではないが。

 ちなみになぜ、わざわざこんな大きい折り畳み傘を持っているのかと言うと、理由は姉に起因している。

『私は絶対折り畳み傘とか忘れるし、そういう時栞子が大きいの持ってたら便利じゃん』

 ただ、それだけの理由だった。

34: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:13:03.88 ID:vH6u2Aku
せつ菜「わっ。本当に大きいです」

栞子「それに、これは天気予報になかった雨ですし、早晩降りやむと思います。どうですか?」

せつ菜「それじゃあ、お言葉に甘えますね」

栞子「少し狭いですがどうぞ」

 おずおずと、少し遠慮がちにせつ菜さんは私の傘に入ってきた。こうして見ると一目瞭然だが、私よりも彼女の方がだいぶ背が低い。体付きも華奢に見え、どこからあの火山の噴火のようなパフォーマンスが生まれるのだろうか。

栞子「それでは行きましょうか」

せつ菜「はいっ」

 益体もないことを考えながら、濡れたタイルの上を歩きだす。同好会の活動に参加していない負い目からだろうか、少しだけ居心地の悪さを感じながら、駅まで同道することになった。

35: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:13:57.67 ID:vH6u2Aku
──

 あまり強くない雨脚だが、傘を差さずにはいられないくらいの雨量。傘の内と外、はっきりと境界線が引かれているように思えた。

 私とせつ菜さんだけの世界と、それ以外。

せつ菜「最近の生徒会はどうですか?」

栞子「そうですね……前期から継続して役職についている方から業務を学ぶ日々です」

せつ菜「そうですか。わからないことがあれば、遠慮なく副会長に聞くのが一番ですよ」

栞子「……はい」

 少し遅れて返事をした。分からないことがあれば副会長に聞くのが一番。私自身、副会長に質問する機会が多い。だが、そこで『せつ菜』ではなく、『副会長』にしたことに、変な意図を勘繰ってしまう。

 そんなこと、あるはずないのに。私のネガティブ思考は以前進行中らしい。

せつ菜「そうそう。かすみさんが愚痴ってましたよ。『しお子、ぜ~んぜん容赦がないんですけどっ!』って」

 せつ菜さんは微妙に似ている物真似をしながら口にした。それは、私の知らない会話だった。

 やはり今日のところは、同好会に参加しないのが吉だったらしい。毒や愚痴を吐き終われば、ある程度溜飲は下がる。そうすれば、私とかすみさんはまたいつも通りの関係に修復されている。

 そんな、事なかれ主義のようなことを考えていると、耳を疑う台詞が飛び込んできた。

せつ菜「お疲れさまでした、栞子さん」

栞子「……え?」

 思わず生返事してしまう。なぜかすみさんの愚痴の話からお疲れ様に繋がるのだろうか。ここは、『大変でした』なんて言っておどけるのが普通じゃないんだろうか。

せつ菜「栞子さんの口から、第三回フェスの話を却下するのは心苦しかったと思います。だから、お疲れ様です」

栞子「せつ菜さん……」

 何でもないような風に、微笑を湛えながらそんな言葉を口にされた。あの現場を見ていなくても、私の心中を覗き見なくても、全て察せられているらしい。

36: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:14:49.50 ID:vH6u2Aku
栞子「……私も、生徒会長ですから。あの場ではああ言うのが正解でした」

せつ菜「はい。私もそう思います。というか、同じ結論を過去に下しましたし」

栞子「あぁ……そうですね」

せつ菜「いや~、にしてもそうですね、生徒会長とスクールアイドル。この二足の草鞋を分かち合える日が来るなんて思ってもみませんでした」

 そういうせつ菜さんの表情は、曇天の空の下に似合わないほど晴れやかだった。せつ菜と菜々という仮面の使い分け。私は彼女の胸中全てを理解することはできないけれど、彼女は私の内面などお見通しなのだろう。

 だから、だろうか。同じ悩みや苦しみを共有できる立場だからだろうか。私は無性に謝罪したい気持ちで満たされた。

 あの日、第二回フェスを白紙に戻す決意されたせつ菜さんについ言ってしまった慰めの言葉。自分も同じ立場になったからあの時の苦しみがよく分かります、だから、ごめんなさい、なんて、全て終わった後に言う後出しじゃんけんのようなものだ。

 だが、私の葛藤とは裏腹に、言葉が発せられた。

栞子「申し訳ありません……せつ菜さん」

せつ菜「え?突然なんですか?」

 唐突な謝罪の言葉に対し、せつ菜さんは目を丸くしていた。思わず、足が止まってしまっていた。好都合だ。目を真っすぐに見据えながらの方が謝罪としては相応しい。

栞子「あの日……せつ菜さんが第二回フェスを白紙に戻すと苦渋の決断をされた時、『残念ですが生徒会長として正しい判断だと思います』と酷い言葉を言ってしまいました」

 第二回フェスの宣言とは、言わばスクールアイドルを愛する人たちに夢を見せることだ。それも、合同開催となれば期待する人の数も膨大に上る。だが、その計画が白紙になるということはつまり、期待した人から夢を取り上げる行為に他ならない。

 スクールアイドルは夢を見せる、与える存在だ。なのに、夢を見せておいて直前で取り上げるような真似は裏切りにも等しいかもしれない。

 第二回フェスに表と裏から密接に関わるせつ菜さんにとって、夢を諦める、取り上げるとはどれほどの苦渋の決断だったのだろうか。それも、最終的にはスクールアイドルではなく、生徒会長の立場を優先した行動に、どれほどの思いの丈が乗っており、それを捨て去ったのか。

栞子「正しいはずが、ないのに……。せつ菜さんは菜々さんであり、菜々さんはせつ菜さんなのに……」

 思わずせつ菜さんから視線を外して逃げてしまった。慰めの言葉が時には相手の心中を蹂躙するような言葉になり得る。私は短慮で軽率で阿呆だった。

37: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:15:40.32 ID:vH6u2Aku
せつ菜「……謝ることはありませんよ」

 だが、私の謝罪は真正面から否定された。それもまた、せつ菜さんの優しさに思えた。

せつ菜「私は確かに、あの日一度諦めました。夢を見せておきながら、それを勝手に手放した責任を中川菜々が一人、泥を被れば済むと思ったので」

 せつ菜さんはあの日、自分のみが悪役になればいいと考えたのだろう。それもまた、菜々さんとしての尊い勇気だった。

せつ菜「ですが、地べたに捨てたはずの第二回フェスの夢は、もう一度拾い上げられたんです。他でもない、同好会のみんなの手で」

栞子「……え?」

 素っ頓狂な声が出た。そう言えば、と私はいまさらながら気づいた。せつ菜さんは一体あそこからどうやって巻き返したのだろうか。私と別れて数十分もしない間に、彼女は前向きな考えに切り替わっていた。

 確かあの時……同好会の方々を連れて戻ってきていた。それはつまり……。

せつ菜「正直、私は一人で抱え込みすぎていました。考えるのも悩むのも、全て自分だけで行っていました。ですが、今思うとおかしいですよね」

栞子「……いえ、何がおかしいのか私には」

せつ菜「ふふ。栞子さん、私たちって似ていますね」

栞子「似ている……?そんなわけ……」

 だって、せつ菜さんは生徒会長もスクールアイドルも完全にこなし切った逸材──

せつ菜「──夢を見ている人は、私以外にも大勢いたんです。なのに、私だけが悩んでいるなんてちゃんちゃらおかしいじゃないですか」

栞子「え……あっ」

 その時、かすみさんから企画書を手渡されたことを思い出していた。あの決意の込められた強い意志を感じる眼差し。私も第三回フェスを必死に考案していた頃は、同じような目をしていたのではなかったか。彼女もまた、同じ意思を持った……仲間だったんだ。

せつ菜「やり切りたい思いがあるのなら、それを貫くのみと、歩夢さんに言われたんです」

栞子「貫く、のみ……」

 その言葉を呟いた後、せつ菜さんの手が私の肩に置かれた。

38: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:16:28.57 ID:vH6u2Aku
せつ菜「一人で悩んでも限界があります。だから、困った時とか、もうだめだっ、って時には相談してください。私たちは、仲間じゃないですか」

栞子「……っ」

せつ菜「かすみさんは私に愚痴を零した後、一転してやる気を出し始めたんですよ?」

栞子「え……」

 やる気を?現実の圧力に屈しなかったと言うんだろうか。

せつ菜「『絶対しお子の鼻を明かしてやる~っ!』って猛犬のような迫力で次々に代替案を出してくれました。まあ、そのおかげで練習は一切できなかったんですが……あはは」

 困ったように頬を掻くせつ菜さんだったが、私は疑問符でいっぱいだった。なぜ、そこまで強いのだろう、と。なぜ、かすみさんはそんなすぐに立ち直れるのだろう、と。

せつ菜「だから、栞子さん。我慢しないでいいんですよ。もっと素直になっていいんです」

栞子「……いいんでしょうか」

せつ菜「はい。私たちは生徒会長の顔、スクールアイドルの顔、その二つを別々に持っているわけじゃありません。私たちは生徒会長であり、スクールアイドルでもあるんです。もっと、欲張ってもいいんだと思いますよ」

 もっと、欲張りに……。

 私は少し、肩書きに囚われすぎていたのかもしれない。生徒会長だから、スクールアイドルだから、ではなく、私個人、三船栞子としてどうしたいのか、それがすっぽり抜け落ちていた気がする。

39: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:17:19.70 ID:vH6u2Aku
せつ菜「一緒に第三回フェスをどうすれば開催できるのか、それを一緒に考えましょう」

 その言葉と共に、私は手を差し出された。私より小さいながら、頼もしさを存分に感じる手だった。

 傘を持つ手とは逆の手をゆっくりと差し出す。すると、機敏な動きで手を握られた。

せつ菜「はいっ。では、一緒に鼻を明かしてやりましょう!!」

 一体誰の鼻を、と思ったが、答えは一つしかない。私が屈し続けてきた現実そのものだ。ぎゅっ、と力強い握力を感じながら、雨雲を晴らす勢いの笑顔を浮かべられた。

 そしてその通りの現実でも呼び込むかのように、私の視線の先には雲一つない綺麗な大空が見えた。

栞子「あ……虹が」

 その大空には、まるでこれからの未来を予見するかのような、綺麗な虹が曇天の下に掛かっていた。

栞子「……たとえどれだけ道が暗くとも、皆さんとなら、乗り越えられそうな気がします」

 虹に背中を押されるようにして、そんな言葉が出た。

栞子「よろしくお願いします、せつ菜さん。私も、同じ夢を見ています」

 応えるようにして、結ぶ握手を固くした。

40: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:18:10.39 ID:vH6u2Aku
──

 自宅に戻った後、倒れこむようにしてベッドに体を埋めた。今日は色々なことが一挙にあった。まるで感情のジェットコースターにでも乗った気分だ。だが、不思議と悪い気分ではなかった。寧ろ、靄が晴れたような爽快感すらある。

 まだ、何も始まっていない。かすみさん達同好会の方々とディスカッションした訳でも、第三回フェスに関して開催の目途立ったわけでもない。ただ、諦めていた夢をもう一度見ただけ、出発点に戻っただけだ。だが、たとえスタート地点に立っただけとはいえ、これは私にとって大いなる一歩だろう。

 そうなれば、まだ私にはやるべきことが山ほど残っている。一先ず、自分だけで完結させていた第三回フェスに関する書類整理をしよう。紙媒体、テキストファイル、まとめるべきことは相当の量だ。

 だが、時間は待ってなどくれない。誰にもぶつかった問題に対する時間的猶予は与えられる。そこで諦めるかどうかはその人次第の問題だ。私にはまだ、時間が残されている。それならば、皆さんと共にリミットまで足掻き続けるしかない。

 やや重い体を起こし、机へ向かおうとした瞬間、スマホが鳴った。画面を見ると、そこには『上原歩夢』という名前が表示されていた。

 歩夢さんはロンドンへ留学中のはず。それに、時差を考えるなら向こうは陽が上っているかいるかすら怪しいだろう。そんな疑問はさておき、通話を開始した。

栞子「こんにちは。いえ、おはようございます、でしょうか」

歩夢『あ、栞子ちゃん、こんにちは。急にごめんね』

 もしや向こうでスマホの盗難にでも遭ったのではないか、とも考えたが杞憂だったらしい。間違いなく、歩夢さんらしい優しく温かな声だった。

栞子「いえ、問題ありませんよ。これから寝るどころか、取り組まなければならない急な案件ができたので」

歩夢『え、そうだったんだ。ごめんね、そんな忙しい時に……』

栞子「あ、いえ。そういうつもりで言ったわけではありません。歩夢さんの話を聞く時間くらい十分あります」

 少し棘のある言い方だったらしい。思わず早口になって訂正してしまう。

41: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:18:58.18 ID:vH6u2Aku
歩夢『……ふふっ。慌ててる栞子ちゃんって少し珍しいね』

栞子「そう、でしょうか……」

 確かに、常日頃から冷静さを意識している。振り返ってみると、焦りに駆られた時のことなど思い出せなかった。

栞子「それで、一体どうしたんですか?」

歩夢『あ、うん……。一つ聞きたいんだけど、侑ちゃんって今どんな感じか分かる?』

栞子「侑さん、ですか?」

歩夢『うん……。べ、別に他意はないんだけどねっ。えぇと、そうっ、私と離れ離れになって寂しい思いして落ち込んでないかなぁ、とか、そういうことっ』

 今度は歩夢さんが早口になる番だった。一旦、慌てふためく歩夢さんの可愛らしさは棚に上げるとして、侑さんに関して考えてみる。

 それは、記憶に新しい。ピアノに向かって苦心しながらも、必死で鍵盤を弾く侑さんの姿。そして、瞼には涙の後が残っていた。

 歩夢さんは、今の侑さんがああなった理由について知っているのだろうか。そうでなければ、陽も上らない時間から電話を掛けたりしないだろう。

 これは非常にデリケートな問題だ。細心の注意を払い、言葉を選んで会話を進めるべきだろう。

栞子「その……私が見かけた侑さんは、少しピアノの向き合い方に関して悩んでいるようでした」

 フル回転させた頭は、そうした回答を導出した。

歩夢『ピアノの向き合い方……そっか。そうなんだね』

 電話越しに少し暗くなった声音が聞こえる。得心がいったようだった。

 踏み込んではいけない領域かもしれない。古くからの付き合いのある侑さんと歩夢さんだけのデリケートな問題かもしれない。

 だが、私は先ほど決めたのだ。欲張りになる、と。感情の赴くままに、会話を進める。

栞子「逆に聞きます。侑さんの現状に関して、歩夢さんは何か知っているんですか?」

歩夢『あ……えっと……』

 明らかに狼狽えている。歩夢さん的には、侑さんの現状が聞ければ満足なのだろう。だが、私はそうではない。

42: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:19:44.84 ID:vH6u2Aku
栞子「お願いします。教えてください。私は侑さんの助けになりたいんです」

歩夢『栞子ちゃん……』

 どうすれば、歩夢さんから言葉を引き出せるだろうか。いや、そういった姑息な手段で訴えかけても無駄だ。正直な気持ちを吐露することだけ。素直な回答を望むなら、こちらも誠意をもって対応すべきだ。

栞子「私にとって侑さんは……憧れなんです」

歩夢『侑ちゃんが、憧れ……?』

 そうして私の口から出た言葉は、そんな自分すらも知らない思いだった。思いよりも先に、言葉が口を衝いて出ていた。

栞子「はい。壁に当たっても迷いなく真っすぐに歩み続ける侑さんの姿は、私の憧れなんです。それに、必死になって何かを乗り越えようと足掻く人を、どうして応援できずにいられますか」

 ……そうか。私にとって侑さんの姿は、自分の追い求める姿勢そのものなんだ。自分のときめきに素直に、それでいて前向きに走り続ける彼女の姿は、私の理想そのものなんだ。

 応援できずにはいられない。支えずにはいられない。侑さんのことを、隣で支えたい。

 私にとって侑さんとは、そんな存在だった。

歩夢『……ふふっ、そっか。だから、私は栞子ちゃんに電話したのかな』

 そんな私の思いを赤裸々に語った後、歩夢さんの愉快そうな声が聞こえた。だから、私に電話をした。白羽の矢が立った意味はよく分からないが、無意識でも確かな意図があったらしい。

歩夢『分かった。私も詳しくは知らないから予想も入っちゃうんだけど──』

 説得の甲斐あって、私は侑さんの現状について知ることができた。なるほど。彼女は今正に、私と似た立ち位置にいるらしい。

 大好きな物事に対する挫折。確かに、それなら泣きながらも鍵盤に向かう姿にも納得がいく。

43: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:19:51.72 ID:zoFZ4NMl
良い雰囲気

44: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:20:29.55 ID:vH6u2Aku
歩夢『──どう、かな?』

栞子「はい。ありがとうございます。大体は把握できました」

歩夢『うん。それならよかった』

 ほっと息を吐く声が聞こえた。

歩夢『それじゃあ……私がいない間、侑ちゃんのこと頼めるかな……?』

栞子「はい。任せてください」

 自信満々にそう言ってのけた。

 恐らく、歩夢さんが私に電話をかけてきた理由はこれなのだろう。侑さんが悩んでいるかもしれないと推測し、その対応をどうしようか悩んでいた。悩んだ末に、私へ電話を掛けることにした、と……。

歩夢『それにしても……栞子ちゃん、ちょっと変わったね』

栞子「え、そうでしょうか」

歩夢『うん。絶対変わったよ』

 変わった。そうなのだろうか。歩夢さんとは会ってまだ数カ月しか経過していないが、そんな短期間で変わるものなのだろうか。

歩夢『私、栞子ちゃんってちょっと前の私っぽいな、って思ってたの』

栞子「少し前の歩夢さん、ですか」

歩夢『うん。本心を隠して……うぅん、本心を見ないふりして、心の叫びに蓋をしちゃうの。それで、何もなかったようにいつも通り振る舞っちゃうみたいな』

 確かに、思い当たる節がある。私はスクールアイドルに対しての本心を気付かないフリをしていた。第三回フェスに関してもそうだ。

45: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:21:21.86 ID:vH6u2Aku
歩夢『でも、いまのあなたは素直に自分の気持ちを口にできてる。私に似てるだなんて、ちょっと失礼だったかも』

栞子「失礼だなんて、そんなこと……」

歩夢『うぅん。そんなことあるよ。だって……』

 歩夢さんはそれから一呼吸置いた。

歩夢『──だって、今の栞子ちゃんの方が魅力的だもん』

栞子「──」

 魅力的。そんな言葉を言われたのは初めてだった。前の私と今の私、一体何が違うと言うのだろう。

 ……欲張りになったから、かもしれない。

 欲張りになるということは、自分の気持ちに素直になることと同義かもしれない。

 少し頬が熱くなることを自覚しつつ、努めて冷静に会話を続ける。

栞子「ありがとう、ございます……。そんなことを言われたのは初めてです」

歩夢『あはは……。私も、ちょっと恥ずかしいかも……』

 歩夢さんの照れたように笑う声音が聞こえる。なんだか、少しむず痒い会話をしている気がする。だが、悪くない。互いに本心を言い合う会話は、心地が良かった。

 それから、歩夢さんと留学に関しての話を少しだけ聞き、電話を切った。耳に当てていたスマホを離し、少しばかり画面を注視した。

 私はまだ、半端者だ。自分の思いすらままならない、欲張りの初心者だ。

 それでも、伝えたい思いがある。

 そして、私はスクールアイドルだ。

 伝えたい思いがあるのなら、それを言葉にしないでどうするんだ。

 私は感情のままに、スマホを操作し始める。コミュニケーションアプリを起動し、早速侑さんにメッセージを送る。

『明日の放課後、音楽室にて待ってます』

 たった一文。だが、それでいい。私の本心は、会って直接言えばいい。

栞子「歩夢さん……。私、頑張りますから」

 それは、決意を口にするようだった。

46: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:22:12.14 ID:vH6u2Aku
──

 音楽室とは、簡単に言えば防音仕様にした普通の教室だ。だが、ピアノが一台置いてあるだけで普通の教室とは一線を画す感覚がある。侑さんが弾いている姿が目に焼き付いているからだろうか。私にとってピアノとは、他の楽器に比べて特別な意味合いを持つ気がする。

 撫でるようにしてまだ閉じてあるピアノの鍵盤を触る。ここから、人によって個性ある音階が奏でられる。また、感情にも左右されるらしい。喜びなら、飛び跳ねるようなメロディが。怒りなら、身の毛もよだつような激しさが。

栞子「……もう一度、聞けるでしょうか」

 ぽつり、孤独に一人私は呟いた。私の耳に、脳に、あのメロディは未だに残っている。だが、残ってはいても生の演奏には敵わない。だから、何度も聞きたくなるのだ。だが果たして、私は侑さんにもう一度弾けるようになる何かを与えられるのだろうか。朝学園に来て、今の放課後に至るまで、粘着質な不安は一切晴れなかった。

 私は中途半端な人間だ。生徒会長としても、スクールアイドルとしても。未だ発展途上の未熟者に過ぎない。では、力不足だと分かっていて、なぜ私は歩夢さんの頼みを引き受けてしまったのだろう。別に、歩夢さんから頼まれたからと渋々引き受けたわけではない。

 私が今、ここにいる理由は……。

 その時、脳裏にあの日光景が蘇った。苦渋に顔を歪め、必死な顔で鍵盤に向き合う侑さんの表情。瞼には涙の痕すらある、あの容貌。

 そうか。私は……。

栞子「侑さんの笑顔をもう一度……見たいだけ」

 簡単で単純なことだった。ここにいる理由など、そんな我欲に過ぎない。だが、それでいいんだ。欲があるのなら、それに手を伸ばさねば一生届かない。

──そうでなければ、他の人を幸せにできても、自分が幸せになれない。

栞子「……そうでしたね。私はあの日、そう言ったはずなのに」

 もう一つ、記憶が掘り起こされた。それは、生徒会選挙で選挙演説を行う日。

 だが、回顧に身をやつす前に、待ち人が来たらしい。

47: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:23:00.99 ID:vH6u2Aku
侑「やあ、栞子ちゃん」

栞子「こんにちは、侑さん」

 侑さんが来たことで、少しだけ身が固くなる。自分の動機が分かったところで、願いを成就するにはこれからの働きが肝要なのだ。

侑「いやぁ、ちょっとびっくりしちゃったよ」

栞子「びっくり、ですか?」

侑「うん。だってさ、あの文面……」

 文面……。何かおかしかっただろうか。

『明日の放課後、音楽室にて待ってます』

侑「恋する乙女が意中の相手に送りそうなメッセージじゃない?」

 あはは、と頬を掻きながら侑さんは口にした。意中の相手に、送りそうなメッセージ……。その言葉が耳に届き、咀嚼して、嚥下した後、煙でも出そうなくらい顔が熱くなった。

栞子「……は、はぁ!?」

 つい、そんな素っ頓狂な声が出る。

栞子「た、確かに、そう受け取られても仕方のない内容だったのかもしれませんが、あれは直接そのまま受け取ってくださるのが正解な文章です。そもそも、私たちはそういう関係ではなく、同じ志を共にした同好会──」

 早口で訂正を捲し立てる。ああ、なんだか昨晩の歩夢さんとの会話を思い出す。こんな慌てること、普段は絶対にないのに。

 自分の欲に正直になるということは、恥部を見られるに等しいことなのかもしれない……。

侑「あはは。ごめんごめん。冗談だよ」

栞子「……はい」

侑「なんかさ、栞子ちゃん硬い顔してたからさ。でも、険が取れて可愛い顔に戻ったよ」

栞子「……はぁ。侑さん、あなたって人は」

 今日この日に掛ける思いなど、侑さんという一迅の風が吹き飛ばしてしまった。だが、おかげで緊張を解くことができた。

48: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:23:50.89 ID:vH6u2Aku
侑「それで、わざわざ音楽室に呼び出して何の用なの?」

 そして、遂に本題に入った。一度浅く呼吸をした後、口を開く。

栞子「用というのはほかでもありません。侑さんのお悩みを私に解決させてください」

侑「なるほど、ね……。栞子ちゃんらしいや」

 だが、私の決心空しく、侑さんは苦笑するだけだった。言外に『あなたには無理だよ』と言われているような気さえする。

 でも、一歩も引かない。侑さんの瞳を射抜く視線を強くする。

栞子「私は、本気ですよ」

侑「……いや、でも、これは私個人の問題だし……。誰かに何か言われてすぐに解決できるような話じゃ……」

栞子「侑さん」

 言い訳のような言葉を並べる流れを断ち切る。

侑「……なにかな」

栞子「あまり私を見くびらないでください」

侑「……っ」

栞子「侑さん。私に頼ってください。いえ、私でなくてもいいんです。辛いのなら、苦しいのなら、仲間に話してください。一人で抱える必要などありません」

 その言葉は、侑さんだけじゃない。私自身にも深く刺さった。

栞子「以前、あなたは言いましたよね。翼のない鳥。書くことのできないボールペン。音の鳴らないピアノ。存在価値を失った物はどうなるのか。今の私なら、それに答えられます」

 あの問答の意味とはつまり、侑さんから見た、侑さん本人の姿と価値の在り方だった。ピアノを奏でられなくなった彼女に価値はあるのか。

 そんなのは、一笑に付す問題だった。

49: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:24:45.10 ID:vH6u2Aku
栞子「あなたは、ピアノじゃない。あなたは、高咲侑じゃないですか」

侑「……でも、私からピアノを取ったら何も……」

栞子「何言ってるんですか。では、音楽科に転科する前の侑さんは、皆さんから何の興味も持たれていなかった、とも言うんですか?」

侑「え……」

 呆然とする侑さんに歩み寄る。そして、その手を取った。

栞子「第一回フェスの頃から、私は同好会の活動を注視していました。だから分かります。侑さん、あなたの手は鍵盤を弾くだけじゃない。この手は、多くの人を繋げ、そして笑顔にする手なんです」

侑「……」

栞子「だから、自分には音楽しかないなんて言わないでください。あなたは高咲侑。たとえピアノを弾けなくとも高咲侑なんですよ」

侑「私は……私……か」

 侑さんはそう呟き、私に握られた手をまじまじと見ていた。

栞子「あの、少しだけ……私の話を聞いてはくれませんか」

侑「え……?」

 顔が上がり、もう一度視線が交差する。

栞子「私は……自分の思いに蓋をするのが癖になっていました。それよりも、他の方々の心の声に耳を傾け、それを叶えるのが自分の使命だって思っていました」

 私には人の適性を判断できる長所がある。だから、余計にその矢印が自らに向かうことが少なかった。

栞子「ですが、同好会に入って気づきました。素直に自分の思いを言葉にするって、歌声に乗せるって、こんなにも気持ちがいいんだって」

 あの日あの時、姉さんや同好会の方々の前で披露した瞬間、もう一度この世に生まれ直したような感覚に陥った。

 そして、自分にもやれるんだと、歌えるんだと、適性度外視で知ることができた。いや、その思いが胸に沸いた時点で、既に適性があるのかもしれない。

50: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:25:40.25 ID:vH6u2Aku
栞子「私には、侑さんの悩みを完全に解決する手段など分かりません。ですが、私はスクールアイドルとして歌うことはできます」

 手を離し、少し侑さんから距離を取る。だが、射抜く視線はそのまま。

栞子「鍵盤を弾く怖さを、心の叫びが凌駕すればきっと、侑さんはもう一度弾けるようになるはずです」

 片手を胸に当て、大きく深呼吸をする。

栞子「だから、聞いてください。『翠いカナリア』」

侑「……っ!」

 叫んでいる、翠いカナリア。

 伴奏も何もない。私の心剥き出しの絶叫だ。何も隠さない、何も取り繕わない。私は今、ただ一人の三船栞子として歌っている。

 ずっとずっと、胸の奥に燻る思いがあった。姉さんのアイドルとしての姿を見て以来、私の魂にスクールアイドルが焼き付いた。でも、だからこそ、姉の挫折は私の心に深い闇をもたらした。適性無き人が頑張っても、夢に殺されるんだと。

 でも、私の心に残る火種は熾火となって残り続けていた。それは、心の叫び。たとえ適性が無くても、その夢を追いたいという叫びだった。

 カナリアは過去、炭鉱に用いられていた。有毒ガスを検知すると鳴いてくれるからだ。

 だが、そのカナリアだって、毒や危険を検知しなくても叫んでもいいはずだ。理由なんてなくていい、ただ、心の底から叫びたい思いが、衝動があったのなら、叫んでもいいんだ。

 もう、我慢なんてできない。心の声に、後ろを振り向くことなんてできない。

 私は欲望の赴くままに叫びを、魂を、歌声に乗せる。どこまでも届くように。あなたに届くように。

 自由の羽を広げて、カナリアは飛んでいく──

 暫し、我を忘れるほど歌に没頭していた。気付けば私は、歌い終わっていた。僅か数分の間に、ここまで集中できるものなのか。

51: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:26:32.89 ID:vH6u2Aku
侑「……すごい」

 侑さんの顔を再確認する。すると、今にも泣きそうな表情になっていた。

侑「私だって……っ!」

 侑さんは乱暴に腕で瞼をぬぐった後、ピアノに向かって歩き出した。椅子の高さを調節し、鍵盤蓋を上げていた。私は引かれるようにして彼女の傍らに歩き出す。

 侑さんは無言で私と視線を交わす。応えるようにして頷くと、彼女は鍵盤を弾き始めた。

 だが、音色は今までと同様だった。震える指先では望んだ音階など奏でられるはずがない。それでも、侑さんは足掻く。足掻くたびに、彼女から熱が発せられているように思えた。

 それでも、指先は思った通りの音階を奏でない。侑さんは、泣いていた。悔しさに唇を噛み、涙を拭いながらも臨んでいた。

 だから、私は侑さんの手を止めた。

侑「……え」

栞子「一人では、行ける距離に限界があると思いませんか」

 そう呟きながら、後ろから抱きしめるように侑さんの手を軽く握った。

栞子「弾きましょう、侑さん」

侑「……うんっ!」

 私の言葉に呼応するように、侑さんは笑みを見せた。

 ピアノを弾く知識などはない。だが、侑さんの指の動きを多少補助するくらいなら、その震えを和らげるくらいなら、私にもできるはずだ。

 震える指先で、また鍵盤を一本一本押していく。違う。こんなの、侑さんの音色じゃない。頭の中で思い描く彼女の音階を必死に再現しようと試みる。この細くしなやかな指先に、少しでも私の思いが伝わるように。

52: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:27:19.32 ID:vH6u2Aku
栞子「私……好きなんです」

 自然と、声が出た。心から漏れ出た呟きだった。

栞子「侑さんの弾く音色が……。同好会の方々も大好きなんです。聞けば自然とそちらへ足が向いてしまう、そんな……つい足を向けて、一緒に歌いたくなるような、そんな音色が大好きなんです」

 つまるところ、侑さんはやはりどこまでもいっても高咲侑なのだろう。音楽をやる前から、侑さんは人と人を繋げ、音楽をやっても、こうして人を惹きつける。

 だから、既にピアノも侑さんの一部なんだ。それが失われることなんてありはしない。

栞子「だから……っ」

 私が言葉を口にしようとした瞬間、とある一音が耳朶を打つ。たった一音。だがなぜか、その一音はやけに耳に残った。

 そして、また一音。その音は、胸に響いた。また一音、また一音……。一つ一つは小さく儚い雪でも、重なれば身の丈を優に超すように、音が積み重なっていく。

侑「……」

 ふと、侑さんの顔を見た。すると、そこには心地よさそうに鍵盤を弾く表情があった。柔和に微笑み、時折瞼から涙を流す顔。

 補助輪を外すように、私は支える手を離した。

 そして、久々に聞く侑さんの音色を堪能する。瞼を閉じ、一音一音を聞き逃さないように。

 あぁ、これだ……。これが、私の大好きな……。

 自然と、私の瞼からも涙が一筋流れていた。そのすぐ後、瞼の裏に二つの影が横切った気がした。それは間違いなく、自由に羽ばたく二羽のカナリアだった。

53: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:28:09.84 ID:vH6u2Aku
──

 永遠の一瞬にも思える時間が終わり、私と侑さんは窓辺で話していた。

侑「栞子ちゃんは関東作曲コンクールって知ってる?」

栞子「えぇ。学園の掲示板に掲載されているので」

侑「そっか……。私もさ、それに挑戦したんだよ」

 侑さんは一度私から視線を外し、窓の向こうに目を向けた。

侑「みんなの夢へ努力する姿を見たら感化されちゃって。私も、今の自分がどこにいるのか知りたくて……」

栞子「そうなんですね」

侑「うん。みんなの手を借りずに、自分一人だけの力で頑張るぞーっ!って曲を作ったんだけど……」

 暗い顔付きに変化する。私は、その顛末を知っている。昨晩、歩夢さんから作曲コンクールの話を聞き、結果をネットで調べた。

侑「何の賞にも入らなくてさ。こういうのなんて言うんだっけ。箸にも棒にも掛からない、だっけ?」

 そう、ネットの結果に、侑さんの名前はどこにも表記されていなかった。

侑「それで、思い知ったって言うか……。みんながいなくちゃ、私ってこの程度なんだって落ち込んじゃってね……」

栞子「侑さん……。この程度だなんて」

侑「うん……。でも、落ち込んでなんていられなくて、私は鍵盤にもう一度向かったよ。でも……怖くなっちゃったんだ」

栞子「……」

侑「なんだろうね。自分ではもう少し上手くやれたつもりだったんだけど、結果が全てだから。私の音楽観全てを否定されたように思えて……。でも、それでも、私には音楽しかないって思ってがむしゃらにね……」

 少し前の侑さんの姿が思い浮かぶ。がむしゃら。確かにその言葉が合致する。

 侑さんは窓から私へと視線を戻した。

54: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:28:59.98 ID:vH6u2Aku
侑「でも……栞子ちゃんの言葉と歌を聞いてハッとしたよ。私は私。何か一つでできているわけじゃない、って。ありがとね」

栞子「力になれたのなら、何よりです」

侑「それに、私はコンクールに一人で臨んだ気がしたけど、そんなことありはしなかったんだ。私の中にはどうしようもなくみんなが、栞子ちゃん達がいる。だから、そもそも自分一人の力を試すだなんて無理だったんだよ」

栞子「……侑さんの中にも、私が……」

侑「うん、そうだよ。……ちなみに、栞子ちゃんの中には私っている?」

栞子「え?」

侑「あ、いや、う~ん。聞かなかったことにしてっ!」

 侑さんはわちゃわちゃと忙しなく両手を動かして撤回を求めていた。

 私の中に、侑さんが……。胸に手を置き、心に聞いてみる。

 聞くまでもなかった。

栞子「ふふっ……。確かに、この中にいますよ」

侑「えぁっ、そ、そっかぁ……あはは」

栞子「えぇ。それこそ、どうしようもなく」

 先ほどの侑さんの言葉を借りてみる。

侑「あっ、ちょっとそれ、バカにしてない?」

栞子「いえ、滅相もない」

侑「ほんとかなぁ……」

 一種の諧謔に過ぎない。侑さんとこうして軽口を叩けることが何よりも嬉しかった。勇気を出してここへ呼んで、本当に良かった。

 これで、また必要なメンバーが集まった。

55: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:29:25.69 ID:vH6u2Aku
栞子「侑さん、一つお願いがあります」

 雰囲気を一転し、侑さんに居直る。

侑「うん。いいよ、任せて」

 だが、内容も聞かずに了承されてしまった。胸に拳を当てて頼もし気に微笑まれた。これは少し予想外だ。

栞子「えっと、お願いの内容はまだ言っていないのですが」

侑「いいんだよ。私、栞子ちゃんの力になりたい。だから、何でも言ってよっ!」

栞子「……ふふっ」

 本当に、この人は……。苦笑を浮かべる。

 やると決めれば壁があろうと一直線に進もうとする人だ。

 侑さんがいれば、私はもう自分の居場所に迷うことはなくなるだろう。

 第三回スクールアイドルフェスティバル。後はもう、真っすぐに進むだけだ。

56: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:29:51.48 ID:vH6u2Aku
──

しずく「やだやだっ!これしか思いつかないもん!これで勘弁してよもう!」

栞子「しずくさん……赤ん坊みたいにジタバタしないでください……」

しずく「……静かにしたら、案を通してくれる?」

 うるうるとでも擬音が付きそうな視線を向けられる。親指を唇に咥えていかにもなポーズを取っていた。だが、私は一言に切り捨てる。

栞子「通しません」

 すると、やはりガーンとでも擬音が付きそうな表情で再びしずくさんは暴れた。

しずく「これ以上いい案なんて出ないよーっ!もう全部ChatGPTに任せちゃおうよーっ!!」

栞子「……はぁ」

 額に手を当てて天井を仰ぐ。ここは、主に部活や委員会の会議で使用される教室だった。そこで生徒会の役員と同好会の方々で第三回フェスについて議論を重ねている。

 侑さんがもう一度弾けるようになってから、既に数日が経過していた。その間、私は同好会と生徒会の人を頼り、もう一度再考する運びとなったのだ。私自らもう一度練り直す提案が珍しかったのか、同好会の人たちは──主にかすみさんが──驚いていた。

 確かに、これまでの私を振り返ると、下から支える仕事は多かったが、表立って提案することは少なかった気がする。これもまた、欲張った結果なのだろう。

57: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:30:57.38 ID:vH6u2Aku
しずく「やだやだやだやだやだやだっ!!」

かすみ「……しず子。さすがにやばいよそれは」

璃奈「ワガママで高飛車なお嬢さまの役。それを今演劇部で演じているんだからしょうがないよ」

かすみ「しょうがないって……」

璃奈「かすみちゃん。時には暴論で自分を納得させるのも大事。璃奈ちゃんボード『真顔』」

かすみ「真顔て」

彼方「は~いしずくちゃん。こっちで一緒にすやぴして落ち着こうねぇ」

エマ「エマの膝枕、絶賛空いてますっ!」

しずく「……」

 しずくさんは誘蛾灯に群がる蛾のように、ふよふよとエマさんの膝に吸い寄せられていく。友人を蛾呼ばわりするのは少し不味かっただろうか。

 さて、なぜしずくさんが醜態を晒す結果となってしまったのか、原因は簡単だ。ビックリするほど第三回フェスの企画が進まなかったからだ。

 生徒会と同好会が結束して同じ机を囲むところまでは良かった。皆さんの意気込みから来る鼻息で机が吹き飛びそうなほどだった。だが、それが最高潮だなんて、当時の私たちは知る由もなかった。

 私が以前調べた資料を基に、今実現可能な案を模索していった。三人寄れば文殊の知恵と言い、それが二桁に上ったのだ。いい案が出るはず、だった。だが、世の中には船頭多くして船山に上るという言葉もあり、さらには烏合の衆という言葉すらある。

 私たちは、端的に言って壁にぶち当たっていた。

 主な問題は一つ。会場の確保だった。多くの観客を呼べて、尚且つ十人以上のグループでも問題なくパフォーマンスが可能な会場。第二回フェスの影響でイベントが乱立する中、大規模なフェスを開催するのは至難の業だった。

58: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:31:43.86 ID:vH6u2Aku
しずく「あ~……いいですね、これ。誰か哺乳瓶ください」

エマ「えーっ!」

 だから、しずくさんがこうして赤ちゃんになるのも致し方のない話なのかもしれない。今は、雌伏の時。耐える時なのだ。

 ……しずくさんにとっては、至福の時かもしれないが。なんて、頭に潜む愛さんが囁いた。

 だがそれでも、会議は踊った。踊り狂った。でもやはり、良案は出なかった。

 今日もまた、銘々肩を落としながら、互いを慰めつつ、会議は終了したのだった。

愛「あれ、しおってぃーはまだ帰らないの?」

栞子「えぇ。今回出た案を一人で整理したくて」

愛「そっか。あんまり根詰めすぎて、昏倒しないようにね!な~んつって!」

栞子「ふふっ。えぇ、そうします」

 つい、洒落に笑ってしまう。

愛「おっ、なんだか最近のしおってぃー、ちょっといい感じじゃん?」

 なんだか珍しいものでも見るような目で、愛さんから見つめられた。

栞子「いい感じ、ですか?」

愛「うんっ。なんだろ。笑顔が柔らかくなったって言うか……。ま、よく分かんないけどいい感じだよ!」

 ベシベシと肩を叩かれる。少し痛いので抗議しようとしたが、褒められたので帳消しにした。恐らく、以前に比べて多少余裕ができたのかもしれない。第三回フェスに関しては切羽詰まっているというのに、この余裕はなんだろうか。

59: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:32:31.22 ID:vH6u2Aku
愛「それとさ、明後日の学校のカナリア放送室もよろしくね!」

栞子「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします」

愛「や~りぃ!言質取ったからね!ば~いば~い!」

栞子「言質……?」

 私が首を傾げていると、愛さんはさっさと教室を出て行ってしまった。その後、気付いた。彼女は次回の放送で裏方に回ってもらうつもりだったのだ。これは少し……一本取られた。

栞子「まあ、それもまた……ですかね」

 一度大きく伸びをした後、まとめた議事録を眺める。ここから活かせそうな部分を抜粋し、明日の会議に繋げていく。タブレットを使ってその作業を行っていく。

 そうして数分が経過した頃、何やら奇妙な音が聞こえた。金属同士……いや、陶器が細かく衝突するような音だった。不審に思い、椅子から立ち上がったその時。

侑「お、お、おおっ、おおおおおおっ!」

 足で器用にドアを開けた侑さんが入室してきた。両手に持つお盆に、山ほどお茶を乗せながら。

栞子「ゆ、侑さんっ!」

 私は急いで救援に向かう。だが、無理な体勢だったのか、侑さんはドア付近の段差に足を取られた。スローモーションのように目の前の光景が流れていく。千切れんばかりに手を伸ばし、なんとかお盆に手が届いた。

侑「ぐえっ」

 そして、山ほど乗ったお茶は一滴もこぼれず、べちゃりと侑さんが倒れるだけに終わった。慌ててお盆を机に置き、彼女の身を案じた。

栞子「だ、大丈夫ですか」

侑「う、うん……いてて。ナイスキャッチだよ、栞子ちゃん」

 おでこを赤くさせながら、サムズアップをされる。人よりも陶器を優先してしまった事実に、罪悪感が強まる。

60: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:33:22.94 ID:vH6u2Aku
栞子「というか……なぜこんなにもお茶を?」

侑「なんでって……あれ?みんないなくなってる。どうして?」

栞子「なんでも何も、会議の終わる定刻なので。皆さん帰りました」

侑「え、えぇーっ!うそーっ!私、そんな長時間お茶くみしてたってわけ!?」

栞子「そう、みたいですね」

 侑さんにお茶汲みの適性はないみたいですね、という言葉を飲み込んだ。まじかぁ、と言葉を呟きながら、彼女は立ち上がった。

侑「それで、栞子ちゃんはどうして残ってるの?」

栞子「あぁ。議事録で使えそうな場所を抜粋しようと思いまして。今日だめでも、明日に繋げていけば必ず光明は見えるはずです」

侑「なるほど……」

 侑さんは得心がいったようだった。そしてその視線は、自ら持ってきたお盆に注がれる。

侑「じゃあ、私も残ろうかな。こんなにお茶もいっぱいあるし」

栞子「え、いいんですか?」

侑「うん。それとも、一人の方がよかったかな?」

栞子「いえ……。大人数だと困りますが、二人なら情報の取捨選択には都合がよさそうです」

侑「そっか。なら、一緒にがんばろーっ!」

 ぐっ、と腕を掲げる。

栞子「お、お~っ!」

 少し遅れて、私も乗った。なんだか、ちょっと気恥ずかしかった。侑さんは私の姿を見て満足そうに頷き椅子に座った。私も、肩と肩に拳一つ分くらいの距離を開けて座った。

61: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:34:14.40 ID:vH6u2Aku
侑「ふむふむ。私がいない間にこんなことが……。ってなにこの『しずくちゃん、赤ん坊になる』って」

栞子「あぁ、気にしないでください……」

侑「えぇ。めっちゃ気になるんだけど……。えぇとこれは……大きなお家の敷地を借りて即席ライブ、かぁ。なんか花丸付いてるけど」

栞子「……実はそれ、途中までナイスアイディア!って盛り上がってた案なんですよ」

侑「えぇ?みんな疲れ切ってるじゃんそれ。うわ、国会議事堂でライブとかも書いてある」

栞子「半ば深夜テンションでしたね……」

 そうして私たちは、ああでもない、こうでもないと二人で議論を続けた。やはり、膨大な量の情報を整理するには二人くらいがちょうどいい。次々に却下、保留、採用の三つが決まっていく。なんだかそれが小気味よく、不思議と心地よかった。

栞子「──ふぅ。これで終わりですか。お疲れ様です」

侑「お疲れ。いや~、企画の修羅場はこれまでにくぐってきたつもりだったけど、今回は特にやばいね~。んーっ!」

 ぐぐっと伸びをしながら侑さんは目を細める。すでに、お茶の大半は胃袋へと入っていた。

栞子「そうですか……。侑さんは第一回フェスから中心にいますもんね」

侑「ん~?まあ、そうだね」

 やはり、侑さんの存在は大きい。企画の発案者でもあり、それを牽引できるだけの人望もある。学ばせてもらうことが多い。

 侑さんは伸びをやめ、こちらに向き直った。

侑「でも、今回の中心は私じゃない。栞子ちゃんだよ」

栞子「わ、私、ですか?」

 突然の言葉に、少し狼狽してしまう。中心……。下から支えるのが常だった私が、中心、か。すとん、何が腑に落ちた感覚があった。

62: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:35:00.09 ID:vH6u2Aku
侑「うん。この場にみんなを集めてくれた発起人だもん。名称が同じでも、それを束ねるのは違う人だよ」

栞子「……そうですね。少し、気が引き締まりました。ありがとうございます」

侑「ま、だからさ。これは一つ、私の提案なんだけど……」

栞子「?」

 何気ないことのように、侑さんは口を開いた。

侑「──第三回スクールアイドルフェスティバル。そこから離れてもいいんじゃないかな」

栞子「え……?それは、どういう……」

 第三回スクールアイドルフェスティバルから離れる。その意図を掴みあぐねていた。侑さんは私から視線を外し、教室を歩き始めた。

侑「みんなの夢が叶う素敵な場所。でもそれって、スクールアイドルフェスティバルだけじゃない。ラブライブだけが、スクールアイドルじゃないように」

栞子「……」

侑「どこでやってもいい。誰が考えたっていい。そこで、夢が見られるのなら。夢を語れるのなら」

栞子「……それは、確かに、そう思いますが……」

 だから、どうしろと。胸中はそんな思いでいっぱいだった。

侑「いや~、煮詰まった時ってさ、視野が狭くなりがちなんだよね。だから、もっと大きく見ていいって思うんだ」

栞子「視野を広く持て、と……」

 視野を、広く。

 それは、どこでも聞くような言葉だった。教科書にも、自己啓発本にも、小説にも、あらゆる会話で聞く言葉。だがなぜか、私の心の中でそれが引っかかった。

 私に今不足しているのは、大局を見る視座なのだろうか。

63: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:35:23.83 ID:vH6u2Aku
侑「それに、明日は煮詰まった流れが一変するかもしれないし」

栞子「え?なぜですか?」

侑「なぜって……」

 侑さんはややきょとんとした顔をしていた。本当にわからないの?とでも言いたげな顔だった。

 明日、来る人……あ。

栞子「歩夢さん、ですか」

侑「そそ。明日は歩夢が留学から帰ってくる日だよ!外国の風と一緒に、今回の悪い流れをさらってくれるかも!」

栞子「……ふふっ。えぇ、そうですね。それなら……明日は期待できそうです」

 私も、侑さんと一緒に茜色に染まる空を見上げた。なんだかその空は、夜に沈むというより、夜明けの黎明のように見えた。

 その時、なぜだか頭の中でカチリと、最後のパズルのピースがはまるような感覚があった。

64: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:36:15.32 ID:vH6u2Aku
──

かすみ「イギリスの挨拶ってボンジュールでしたっけ」

侑「あぁ~、そうだね」

しずく「……それはフランスです」

かすみ・侑「あ~」

栞子「……」

 なんだか毒気の抜ける会話が繰り広げられていた。現在、私たち同好会は、成田国際空港のターミナルにいた。歩夢さんの帰国を皆さんと待っている。

 かすみさん達から目を外すと、せつ菜さん達が人ほどの大きさもあるクラッカーを撫でていた。

せつ菜「いやぁ~、完成しましたねぇ。あっはっは!」

ランジュ「本当なら八尺玉を入れたかったところね!」

ミア「ステイツの魂を感じてexcellentだね」

 どう考えてもやりすぎなクラッカーだった。今からでも止めるべきだろうか。だが、少し前に制作中止を申し出たところ、この三人は濡れた子犬のような目で見つめてきてどうしようもなかった。

 流石に、三人の子犬には勝てません。

侑「あ、飛行機到着したって」

ランジュ「待ちわびたわ!せつ菜、準備はいいかしら!」

せつ菜「えぇ、もちろん!いつでも準備万端ですよぉ!!」

栞子「……ほどほどでお願いします」

 私にはもう、そんな言葉しか言えなかった。

65: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:37:02.81 ID:vH6u2Aku
エマ「どんな音が鳴るんだろうね~。ちょっと楽しみだよ~」

璃奈「実は、中から歩夢さんが出てくるサプライズ。璃奈ちゃんボード『びっくり!』」

エマ「わぁ~、マ〇オの大砲みたいだね~」

 八尺玉のクラッカーかと思えば、こんな呑気な会話も傍らである。やはり、虹ヶ咲は個性の強い方々が集まっている。そう思ったその時。

 少し遠くに、特徴的なシニヨンが見えた。それはもちろん歩夢さんで、私たちを見つけた彼女は、速足でこちらへと向かってきていた。

歩夢「みんな、ただいま!」

 キャリーケースを引きつつ、満面の笑みでこちらへと駆け寄ってくる。そんな笑顔を打ち消すように、せつ菜さんとランジュの目がきらりと光った。

せつ菜「来ました!せ~のっ!」

 その一声が契機となり、ランジュがクラッカーの後ろの線を思い切り引っ張った。すると、その巨大さにしてはやや控えめな破裂音と共に、色とりどりのテープが飛び出た。歩夢さんの頭上にアーチのようにかかるそれは、虹のように見えた。

せつ菜「いえいっ!大成功です!」

ランジュ「きゃはっ!もっといっぱいやりたいわっ!」

 せつ菜さんとランジュがハイタッチする中、歩夢さんは目を白黒させていた。

歩夢「び、びっくりしたぁ……」

侑「それじゃ、みんなっ!」

 そして、侑さんの掛け声とともに。

「おかえりなさ~いっ!!」

 私と皆さんの声が、響き渡った。

歩夢「……うんっ!ただいま!」

 歩夢さんはもう一度、噛みしめるように言った。

 ……その後、巨大クラッカーの後始末を歩夢さんも一緒にした。

 なにはともあれ、これでスクールアイドル同好会、全員が結集した。

66: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:37:56.71 ID:vH6u2Aku
──

 歩夢さんは荷物を自宅に置いた後、真っすぐ部室へと直行した。時差ボケとかで眠くないんだろうか、と質問したところ、『今はそれよりもやることがあるでしょ!』と欠伸を噛み殺しながら言われてしまった。恐らく侑さん経由で第三回フェスに関しての情報はいっているのだろう。

 ……校内放送にああいうお便りを送るくらいだ。間違いない。

彼方「彼方ちゃん、まずは留学のお話を聞きたいな~」

歩夢「はい。私もいっぱい喋りたいことがあるんです」

 そして今、円状の机を囲んで歩夢さんの話を聞く体勢になった。

歩夢「まずはそうだなぁ。観光の話からしようかなぁ。ビッグベンに行ったらね、学校のチャイムの音が聞こえたの。あれはウェストミンスターの鐘って言って──」

 嬉々として語られるのは、歩夢さんから見たイギリスの風景だった。みんなおしゃれだった、衛兵交代式に感動した、ロンドンアイから見るテムズ川は綺麗だった、等々。時折彼女が撮影した写真も見ながら話は盛り上がった。

彼方「おや?この時々映る娘たちは誰なんだい?」

 彼方さんが指さすのは歩夢さんと一緒に写っていた二人の女の人だった。年のころは私たちとそう差異はないように見える。

歩夢「あ、これはですね、私にメールを送ってくれた娘たちなんです」

彼方「メール?」

歩夢「はい。フェスを見て私のファンになってくれて、スクールアイドルにも憧れている娘たちなんです」

栞子「へぇ……。海の向こうのスクールアイドル好きな方たち、ですか」

歩夢「うん。最近、外国でも話題になってるみたい」

璃奈「第二回フェスの映像も、海外で配信してた。『スクールアイドル』も言葉だけならどんどん海外進出してるんだね」

 そういえば、そうだった。第二回フェスは海外でも配信されており好評だったらしい。

 カタッ、と頭の中で完成したパズルが、ひとりでに少し動いた気がする。

67: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:38:51.45 ID:vH6u2Aku
歩夢「私……その娘たちに会ったらなんだか感動しちゃって……」

 感慨深げに、歩夢さんは呟いた。

歩夢「海の向こうって言葉も文化も違うけど、同じなんだね。スクールアイドルが、私とこの娘たちを繋いでくれた」

侑「……うん。言葉が通じなくても、歌は届く。音楽は、世界共通の言語だよ」

ミア「ふふっ。ベイビーちゃん、分かってるじゃないか」

 ミアさんが侑さんを小突く。なんだか、少し得意げな顔だった。

歩夢「それで思ったの。私、もっともっと思いを届けたいって。みんなに、海の向こうのみんなにも伝わるくらいっ、ライブがしたいって、そう思ったの!」

 その目は、宝石でも散りばめたようにキラキラと光っていた。夢を語るその姿が、とても綺麗に思えた。

 そして、私にもその熱が伝播していくのが分かった。

かすみ「うぅ~……っ。なんだか歩夢先輩の話を聞いてたら、かすみんもライブがしたくなってきちゃいましたよぉ!!」

果林「奇遇ねかすみちゃん。私も歌って踊りたくてうずうずしてるわ」

エマ「日本以外のみんなにも、いっぱい聞いて貰いたいね~」

栞子「日本以外の、みんな……」

 カタッ、また、頭の中のパズルが動き始める。平面で終わっていたパズルは形を変え、三次元的に組み変わっていく。答えが、出ようとしていた。

ミア「ステイツの掲示板でも、たまにスクールアイドルの話題を見るな」

ランジュ「そうね。香港でも同じ状況よ。グローバルにスクールアイドルの機運は高まっているのかもしれないわね」

 グローバル。その言葉が、最後だった。カチリ。頭の中で一つの答えが出た。

68: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:39:46.55 ID:vH6u2Aku
 お台場近くに歌って踊れるステージがないのなら、視野をもっと広げればいい。もっともっと、さらにもっと。

 私は感情の赴くままに、言葉を口にする。

栞子「エマさん、Y.G.国際学園の方と交流はありますか?」

エマ「え?うん……。同じような立場だから、たまにお話したりしてるよ?」

 話の文脈を無視した問いかけに、エマさんはやや困惑した表情をしていた。それはここにいる方々も同様だった。だが、構わずに話を進める。

栞子「そうですか。後でその人脈、使わせていただきます」

エマ「うん……。力になれるならいくらでもなるけど……」

栞子「ミアさん、ランジュ。二人の力も借りたいです」

 次に、ミアさんとランジュに水を向ける。ミアさんはやや困惑気味、対照的にランジュはどっしりと構えていた。

ランジュ「無問題ラ。ランジュに任せなさい」

ミア「お、おいランジュ。何も聞いてないのに」

ランジュ「ミア」

ミア「な、なんだよ」

ランジュ「ステイツが広いのは、国土だけかしら?」

ミア「……っ。あぁ、分かったよ、栞子。ボクも全面的に協力するよ」

栞子「ありがとうございます。二人とも」

 これで、何とか第一段階の準備は整った。実現までに必要な材料はまだまだ足りない。だが、ようやく見えた。

69: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:40:48.48 ID:vH6u2Aku
 私たちが、いや、私がやりたいこと、やるべきこと。

 叶えたい夢が、針の先ほどの小さな穴の中にあった。

栞子「皆さん」

 私は椅子から立ち上がり、同好会の方々を見回した。

 ふと、侑さんと視線が合う。微笑みながら頷きを一回貰った。『言ってやれ!』そんな声が聞こえてくるようだった。

 自然と口角が上がり、言葉はよどみなく発せられた。

栞子「私は、第三回フェスの開催を諦めます」

 その言葉を言った瞬間、場が水を打ったように静まり返った。

かすみ「は、はぁ!?」

 ガタンッ、机を叩きながらかすみさんが立ち上がった。

かすみ「しお子がもう一度第三回フェスを考えようって言ったんじゃん!」

栞子「はい。その点は申し訳ありません。ですが、現実的に考えて無理です。それはかすみさんも重々承知の上だと思います」

かすみ「それは……でも、それでも頑張るって……」

栞子「はい。国内では無理です」

かすみ「……ん?」

 俯いたかすみさんだったが、私の一言に顔を上げた。聞いたこともない言語を聞かされたような反応だった。

70: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/05(月) 20:41:50.53 ID:vH6u2Aku
侑「栞子ちゃん……まさか」

 対して、侑さんは何かに気づいたようだった。そう、彼女からのアドバイスも効いている。視野を広く、大局を見るということ。私の視座は、ずいぶん高くなった。

 だが侑さんも、物理的に視座を高くしたとは思わなかっただろう。

栞子「私はこの場で宣言します」

 より多くの人を幸せにできる場所。機運がもっとも高まっている場所。そして、夢を叶えるために、夢を見ることができる場所。

栞子「──スクールアイドルフェスティバル・グローバルの開催を」

 とどのつまり、海の向こうにお邪魔してしまおう、という話だった。

「え、えぇぇぇぇえええええ~~~~!!!!」

 皆さんの驚愕の声が、部室内に響き渡った。

76: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 12:27:59.78 ID:/uEXqWga
こういうのが良いんだよ⭕

77: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:08:42.21 ID:Ty47h6ss
──

 私がSIF・Gの開催を宣言した後、部室は喧々諤々となった。その収拾を付けるのに手いっぱいであり、詳しい話はまた後日、となった。

 そんな放課後、私はかすみさんを探していた。皆さんと解散した後、彼女は逃げるように部屋を出て行ってしまったのだ。

 第三回フェスの企画を却下しておきながら、自分も参加すると標榜した後、また否定した私はどう見ても不義理なことをしただろう。実現可能性は置いておいて、もう少し場とタイミングを選ぶべきだったかもしれない。

 欲張りになる。それは、熱に浮かされることに等しい。未だ、私は自分の欲望を乗りこなせていないらしい。

 そうして学園内を探し回ること数分、かすみさんは学食横の自動販売機が多数置いてあるベンチに腰かけていた。プルタブが上になっていない缶を両手で持ち、沈痛な面持ちで俯いていた。

 傷つけてしまった。これが、我欲に素直になった結果だ。私は一瞬だけ逡巡し、かすみさんへと歩を進めた。

栞子「かすみさん」

かすみ「しお子……」

 呼び声に、かすみさんは鈍く反応した。私の顔を見ると、自嘲気に息を吐いていた。

かすみ「すごいね、しお子。私にはあんなアイディア、思いつかないよ……」

栞子「……すみません」

かすみ「どうして謝るの?しお子は正しいよ。私の企画じゃあ実現なんてできっこない。頭の片隅では分かってた。どれだけ考えたって、頭から火がでちゃいそうなくらい考えても、解決策が出なかったんだもん」

栞子「いえ……私の案だって、軌道に乗るかすら怪しい博打のような──」

 慰めにもならない、自分自身の否定を言いかけた時、かすみさんの顔が怒気を孕んだものへと一変した。

78: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:09:36.96 ID:Ty47h6ss
かすみ「やめてっ!やめてよっ!そんな……そんなの……」

栞子「……すみません」

 勢いがあったのは最初だけだった。弱火にバケツいっぱいの水を浴びせたように、すぐさま鎮火した。

 私は謝ることしかできない。こんなことしかできない自分が嫌になる。

 私とかすみさんは……同じ志を共にする仲間だったはずだ。第三回フェスを開催して、もう一度みんなが笑い合えるような場を作る……そんな、仲間。だが、裏切ったのは私だった。身勝手で独り善がりな行動に彼女を巻き込んでしまった。

 深い自己嫌悪に陥る。だが、ここで案を撤回することこそ、かすみさんの怒髪天を衝くことなのだろう。

 ならば、私は何を言えば、何を語れば……。

かすみ「……きっとね、みんなを幸せにできるなら、どんな形でもいいんだって思う」

 ぽつり、沈黙を破ったのはそんな呟きだった。その言葉には聞き覚えがあった。侑さんに、同じようなことを言われた。

かすみ「私には、その力が足りなかった。ただ、それだけ。しお子には、それを現実にまで引っ張ってこられる発想力があった。それだけ、なんだよ……」

栞子「かすみさん……」

かすみ「……だからっ!」

 缶を握りつぶさんほどの勢いで手に力が入っていた。そのままの勢いで、かすみさんは立ち上がる。私と顔がくっつきそうなほど近づいた。

かすみ「だから……しお子がするのはそんな顔をすることじゃないでしょ」

 真剣な眼差しで瞳を射抜かれる。ここまで、誰かの感情をストレートにぶつけられたのはいつ以来だっただろう。

79: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:10:39.02 ID:Ty47h6ss
かすみ「しお子は、これからみんなを引っ張っていかなきゃいけない。夢を見せたのなら、その責任を取らなきゃいけない」

栞子「夢を……」

 それは、いつしかのせつ菜さんを想起した。生徒会長として、スクールアイドルとして、夢を立案し実現に向けて動いた人。

 そうか……。私も、せつ菜さんと同じ立場に、今本当の意味でなったんだ。

 そう実感した瞬間、急に地面が頼りなく思えた。足が小刻みに震え、言いようのない不安で胸がいっぱいになる。

 その感情の名は……恐怖。

 怖い。怖い。怖い。

 私はその時初めて、人の夢を背負う重圧を理解した。

かすみ「──でも、しお子は一人じゃない」

 プレッシャーに圧し潰されそうになった時、そんな優しい声が耳朶を打つ。顔を上げる。すると、先ほどまで真剣な顔だったのが柔和な笑顔に変わっていた。

かすみ「しお子の夢。私も一緒に見てあげる。だから、安心してっ」

 最後に、かすみさんは太陽さえも眩むほどの笑顔を見せた。どうしてか、私の胸はうるさいほど高鳴っていた。

 スクールアイドルである中須かすみに、私は魅了されてしまった。

 私がかすみさんに見惚れていると、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

かすみ「ふふん。スクールアイドルとしては、まだまだかすみんの方が上らしいね」

栞子「なっ……」

 くるくると回りながら、勝ち誇ったように微笑まれた。

80: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:11:40.21 ID:Ty47h6ss
かすみ「でも、いい?しお子」

栞子「な、なんですか」

かすみ「今はしお子の仲間だけど、私としお子はライバルだから。そこのところ、忘れないようにっ!」

 ビシッ。多少不満げな顔で指を指された。そこに、奇妙なおさまりの良さを感じた。

 そうだ。私とかすみさんは仲間……だけじゃない。

栞子「……えぇ。かすみさん、ライバルとしても、よろしくお願いします」

 自然と、私は拳を突き出した。これは、仲間でありライバルである証拠だ。

かすみ「にひひ。しお子、その強気な顔、よく似合ってる」

 かすみさんからも、拳が返ってきた。軽い接触だった。だが、それ以上にとても大きなエネルギーを感じた。

 その時、ようやく私は理解した。なぜ、かすみさんが私に却下を出されても一切めげずに再考できたのか。彼女は……もう何度もこうした修羅場を潜り抜けているんだ。

 だから、また立ち上がれる。一度倒れても、また立ち上がれば自信になる。かすみさんの強さとは、そこに起因しているんだ。

 あぁ、かすみさん。

 あなたもまた、私の憧れです──

 仲間であり好敵手の自信満々な笑顔を見ながら、そう思った。

81: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:12:41.68 ID:Ty47h6ss
──

 翌日の昼、私は再び放送室にいた。対面に座するは愛さん──ではなく、果林さん、彼方さん、エマさんが座っていた。今回のゲストは三年生である。

エマ「なんだかワクワクするね!でも、聞いてくれる人の顔が見えないのはちょっと寂しいかな」

果林「変に緊張しない分伸び伸びできていいじゃない」

エマ「え~……。やっぱり聞いてくれる人がいないと嫌だよぉ」

彼方「大丈夫だよエマちゃん」

エマ「どうして?」

彼方「彼方ちゃんがここですやぴすれば、聞いてくれる人が一人増えるじゃありませんかっ!」

栞子「却下です」

彼方「ぶーっ!ぶーっ!」

 放送前、そんな会話をする。スクールアイドルとしての経験値があるからだろうか、全校生徒に届くというのに緊張はあまりしていないように見える。やはり、三年生は三年生なのだろう。器の違いを感じた。

 ちなみに、なぜ愛さんがゲストではなくなったのか。理由は簡単だ。歩夢さんに関して失言を繰り返したため、彼女からこってりと絞られたからだ。

 歩夢さんは……怒ると怖いんですね。

 そんなことを考えていると、アクリルガラスの向こうの愛さんが合図を始めた。五本指を順番に折りたたんでいく。

栞子「では皆さん。そろそろ開始みたいです」

エマ「そうなんだ。それじゃあ、ちょっと気合入れようよ!」

栞子「え……?」

 私が戸惑いの表情をした瞬間だった。愛さんの指は残り二本となっていた。

エマ「いくよぉっ!えいえいっ──」

栞子「ちょ──」

 静止しようにも机を挟んでおり──

 愛さんの指は全てたたまれた──

82: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:13:42.34 ID:Ty47h6ss
エマ・彼方「おーっ!!」

 可愛らしいエマさん達の声が、放送室に、学園内に、広く響き渡った。璃奈さん側でマイクのオンオフを任せておいたのが仇となったらしい。

果林「……まあ、こういうのもいいんじゃない?」

 果林さんの呟きは、余裕さと呑気さが綯交ぜとなったような、そんな声音だった。

栞子「……えぇと、いまのはカナリアの物真似をしたゲストのエマさん、彼方さんの声です。可愛らしい始まりの合図でしたね。では、学園のカナリア放送室、今回も始まります」

 何事もなかったかのように、進行を始める。そう、放送事故などないのだ。全ては誤魔化せばいい。

 私は打ち合わせ通りの挨拶を始めることにした。

栞子「あなたの適性、きらりと見極めます。三船栞子です」

エマ「あなたの心にぽかぽか宅急便っ。エマ・ヴェルデですっ」

彼方「あなたを夢の世界へご招待~。近江彼方だよ~」

果林「えっ、えっ、な、なによ突然っ。え、えぇと……あなたのハートをメロメロに?朝香果林、です……。って、やるならやるって事前に言っておきなさいよっ!」

 果林さんは顔を真っ赤にして抗議していた。この顔をラジオなのでお届けできないのが少し残念だ。

 そして、アクリルガラスの向こうでは愛さんが爆笑していた。そのすぐ後、璃奈さんがボードで天誅を下していた。下手人はあの金髪ギャルの人らしい。私とエマさんと彼方さんにのみ、ああした前口上を仕込んでいたのだろう。

 これは、次の回も愛さんのゲストは見送られるかもしれない。

83: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:14:43.89 ID:Ty47h6ss
──

栞子「では、次のコーナーに移ります。今回のお便り紹介コーナーは特別版です。オープンキャンパス、第二回フェスに来てくれた学生さんから送られたメールに答えていきます」

 放送は中盤まで来ていた。最初はわちゃわちゃしていたが、次第に落ち着きのある放送になっていた。

彼方「それじゃあ~一通目いくよ~。『虹ヶ咲学園を卒業した人の進路について教えてください』だって~」

 今回のメールは全て私が決めたものだ。内容に関しては事前に皆さんに見せており、回答を各々考えておくように言っている。内容が内容なので、三年生の方々がゲストに来るのは渡りに船の結果だった。

栞子「虹ヶ咲学園の生徒は九割が進学、一割が就職という内訳になっています。ですが、実際に三年生の声を聞いた方がいいでしょう。どうでしょう、皆さん」

彼方「彼方ちゃんは進学予定だよ~。就職も考えたんだけど、お母さんに大学を薦められちゃってね~」

エマ「そうなんだ。彼方ちゃん成績いいもん。絶対受かるよ~」

彼方「ふっふっふ。実はA判定なんだぜ」

エマ「わぁ~っ。すごいすごい!」

果林「……ふっ」

栞子「……あ、あの、果林さんはどういう進路をお考えでしょうか?」

 おずおずと、質問する。答える順番は最初に決めておけばよかったかもしれない。

果林「私は……劇団に少し興味があってね。モデルの仕事の傍ら、役者なんていいかもしれない、なんて考えているわ」

 役者。そういえば、つい最近しずくさんにあれこれ聞いていたような気がする。モデルができる背の高さとその美貌があれば、劇のステージの上でもひと際目立つだろう。

 個人的には、宝塚役もいけるんじゃないか、と考えてしまう。

84: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:15:45.86 ID:Ty47h6ss
栞子「では、エマさんはどうですか?」

エマ「私はスイスに戻って家畜のお世話かなぁ。山も見上げるくらい大きくて、流れる川の水もびっくりするくらい綺麗なんだよ~」

 エマさんは卒業するだけでなく、日本すら離れてしまう。それはつまり、容易に会えなくなるということだ。その事実に、少しだけ胸が痛んだ。だが、そんな事実など無いと思わせるほど、彼女の顔は穏やかだった。

彼方「いいなぁ~。そんなところですやぴできたら、どんなに気持ちいいんだろう~」

エマ「ふふっ。いつでも来てね!」

 だからか、私はつい疑問を口にしてしまう。台本にはなかったことだ。

栞子「……その、エマさんは日本を離れて寂しいとかはありますか?」

 言葉を口にしてから気付いた。これは、失言だと。お昼に話すには少々重い言葉だった。だが、一度出した言葉は元に戻らない。

 対して、エマさんの反応は──

エマ「うん。寂しいよ」

 言葉とは真逆に、からっとした受け答えだった。

エマ「だって、もう三年間も日本にいるんだよ?寂しくないわけ、ないよ」

栞子「そう、ですよね」

 じゃあ、なぜ、どうして、そんなにも平気な顔でいられるんだろう。

エマ「でもね、寂しいけど……まだあんまり分からないんだ」

 続けて、エマさんはそんなことを口にした。まだ、分からない……?言葉の意味を上手く咀嚼できない。

85: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:16:21.92 ID:Ty47h6ss
エマ「私、まだ寂しいって感じられるほど余裕がないの。まだ、ずっとずっと……スクールアイドルとして走りっぱなしだからっ」

 それは、太陽のように明るい表情だった。私はその答えに惹かれながら、自然と口元が緩んだ。

栞子「えぇ……そうですね。私たちに、まだそんな余裕はありませんね」

 第三回フェスの企画からSIF・Gへの転換。未だ、私たちは実現に向けたマラソンの途中にいる。だから、まだ寂しさを感じるだけの余裕なんてないのだ。

 寂しさは、あとでゆっくりと噛みしめればいい。

彼方「いやぁ~、入試でヒーヒー言ってるのは彼方ちゃんだけ~?うわ~ん!」

果林「……まあ、私も一応入試は受けるのだけど」

 そんな果林さんの呟きは、マイクさえも拾わないほど小さなものだった。一年生の私に力になれるかは分からないが、できるだけのことはしようと思った。

 少し長く時間を取りすぎてしまった。次のお便りへと移る。

栞子「次のお便りに移ります。『第二回フェス、すごく感動しました。生徒会長さんってスクールアイドルもやってるんですよね?二つの役割を完璧にこなす姿を見て、私も生徒会長さんみたいな人になりたいと思いました!どうすればあなたみたいになれますか?教えてください!』。お便り、ありがとうございます」

 それは、本来は紹介しない予定のお便りだった。一度、却下したもの。だがもう一度、拾い上げられた。私自身の手で。

栞子「こちらに関しては、私一人で答えさせていただきます。生徒会長、そしてスクールアイドルの三船栞子として」

 その言葉を言うと、対面の三人は微笑みを浮かべた。そこにいるだけなのに、どこか頼もしかった。

86: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:17:08.42 ID:Ty47h6ss
栞子「お便りにある生徒会長とは、私三船栞子ではなく、中川菜々さん……いえ、優木せつ菜さんのことです。力不足かもしれませんが、代わって私が回答させていただきます」

 お便りをくれた学生さんの期待には沿えない形となる。だが、私の持つ全身全霊で応えようと思った。それこそ、誠意というものだ。

栞子「まず最初に断っておきます。申し訳ありませんが、私はせつ菜さんになる方法を知りません。しかし、せつ菜さんのような、彼女のような人に近づく方法は知っています」

 私は優木せつ菜ではない。だからこそ、出せる回答もある。

栞子「それは、やりたいことに全力で取り組み続ける。ただ、それだけです」

 至って簡単、至って凡百な結論だった。お便りを送ってくれた学生さんも肩透かしを食らっているかもしれない。だから、言葉を続けた。

栞子「月並みな言葉ではありますが、言うは易く行うは難い典型です。時には刀折れ矢尽きる、そんな挫折を経験するかもしれません。ですが、それでも道はあるはずです」

 せつ菜さんが第二回フェスを諦めようとしたように、私が第三回フェスを諦めようとしたように。どうしようもない現実とは、必ず立ちはだかる。

栞子「そんな時は、周りにいる仲間を頼ってください。そうして頼ることもまた……勇気です」

 一人で解決できないのは情けないことではない。情けないのは、取り組んだ夢を諦めてしまうことだ。

 そして、それでもだめなら、力尽きて足が止まりそうな時は。

栞子「大丈夫です。必ず、何か方法はあるはずです。それでもだめなら、そんな時は私たち、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が、あなたを応援します。あなたの背中を支え、押す手助けをします」

 そう、努力する人は、夢へ向かって邁進する人は美しい。幸せに向かって歩みを進める人を応援したい。

栞子「だから、あなたのなりたい道が拓けているのなら、勇気を振り絞り、安心して進んでください。それが、憧れへの大きな一歩だと思います」

87: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:17:28.38 ID:Ty47h6ss
 私も、私たちも、未だ道半ば。

 憧れに向かって足掻き続けているその道中だ。

 私もまた、誰かに支えられ応援されている。そうして他の誰かも、また。

 そして……その夢はもうすぐ、手が届きそうなところまで来ていた。

 学生さんからの言葉に、私は自分の居場所を再確認した気持ちになった。

栞子「私も頑張ります。ですから、共に憧れへ近づけるよう、頑張りましょう」

 最後はそんな、仲間に向けた言葉となった。

88: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:19:13.55 ID:Ty47h6ss
──

 光陰矢の如しとは言うが、ここへ辿り着くまで本当に短かった気がする。講堂のステージの上で、マイクを握りつつそんなことを思った。

 緊張で喉の渇きがやけに感じられた。先ほど水は飲んだばかりなのに。それほど、私は今日にかけているのだろう。

栞子「まずは、お集まりいただきありがとうございます。『スクールアイドルフェスティバル・グローバル』の企画責任者である三船栞子です」

 理事長含む、理事会の面々の前で挨拶をする。

 今日はたくさんの方と一緒に練ったSIF・Gの企画を聞いて貰う日だった。やるべきことに忙殺され、実際に経過した日数は二週間ほどだった。なんだか、この二週間は半年分くらいの濃密さがあった気がする。

栞子「まずは概要を。お手元の資料をご覧ください」

 私の声に、お歴々は資料に目を通し始める。途端、すぐにざわめき始めた。

栞子「今回企画するフェスの会場は、国内ではありません。海外です」

 そう、これがSIF・Gの最大のアピールポイントであり受け入れられるか怪しい難関ポイントだ。国内でだめなら、海外に行けばいいじゃないという、マリーアントワネットもビックリな発想の転換だ。

 とはいえ、そんな軽率な発想だけではない。

栞子「場所に関してはY.G.国際学園の提携校・協定校の立地を借ります。規模としては第二回フェスに近い感じです。第二回フェスに関しても資料にあるので気になる方はどうぞ」

 そして、場所はY.G.国際学園の提携校と協定校を使用する。ここもクリアせねばならない難関だったが、思った以上に容易に通った。理由はY.G.国際学園の力も大きいのだが、一番は提携校・協定校の強い要望があったためだ。

 ぜひ、うちで歌って欲しい、という強い要望。私たちとしても渡りに船だった。

89: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:19:59.81 ID:Ty47h6ss
栞子「なぜ、提携校・協定校が快く立地を貸してくれたのか。それは偏に、スクールアイドルに関する興味関心の大きさに起因します」

 Y.G.国際学園と繋がりがあることも大きいだろうが、海外のスクールアイドル好きは決してマイノリティと両断できないほど多かったらしい。今回の件で私はその事実を改めて知った。

栞子「海外でスクールアイドルを志しても、そもそも文化が根付いていない海外では困難を極めます。だから、留学で日本へ来る方が多いんです。しかし、それはこれからの人生を左右する選択に他なりません。決断できずにスクールアイドルの夢を諦める人も多いでしょう。だから、提携校・協定校の人たちは場所を貸してくれたのです。文化の定着に繋がるかもしれない機会を逸しないように」

 ランジュやミアさんのケースの方が珍しいのだ。そもそも、彼女たちは才能豊かな一廉の人間だ。日本でも上手くやれるという確かな自信があったに違いない。だが、普通はそうではない人が大多数を占める。そんな方たちにとって、今回のような生のスクールアイドルに触れられる機会は得難いのだろう。

 言わば、利害の一致、というやつだ。

栞子「今回のSIF・Gの一番の目的は『スクールアイドル文化を海外に根付かせる端緒』となることです」

 そして、私は今回の目的を話した。しかし、理事会のお歴々の反応は糠に釘を打っているようだった。

 その理由を標榜するかのように、挙手の手が上がった。その人は、虹ヶ咲学園の理事長でありランジュの母親だった。私とも小さな頃面識がある。

 私は軽く手を差し出し、発言を待った。

理事長「スクールアイドルを志す海の向こうの方たちのために文化を根付かせたい。その思いは立派だと思います。ですが、大きな懸念があります」

 こめかみに薄く汗が流れた。突かれるであろうと思っていた点だ。

理事長「海外には、スクールアイドルどころかアイドル文化すら希薄です。そんな土壌が整っていない場所に、スクールアイドルの文化を根付かせられる、その根拠はありますか?」

 そう。理事長の言う通り、海外にはスクールアイドルどころかアイドル文化すら希薄だ。海の向こうではアイドルよりもアーティストという括りの方が遥かに大きいのだ。

 だが、予想していたことだ。私は淀みなく声を発する。

90: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:20:46.63 ID:Ty47h6ss
栞子「はい。根拠はあります」

理事長「……そう、ですか」

 あまりに自信満々の回答だったからか、理事長はややたじろいでいた。だが、一度咳払いして言葉を続けた。

理事長「では、その根拠を提示してください」

栞子「はい。では、こちらの映像をご覧ください」

 その言葉の後、軽く手を上げる。それは、同好会の方々と事前に決めた合図だった。すると、講堂の照明は落ち、代わりにプロジェクターからステージ正面の壁に映像が投影され始めた。

 ステージの正反対側を見る。薄暗く明瞭には見えないが、そこには同好会の方々がいた。見守ってくれている。それだけで、私の胸には勇気という名の自信が灯る。

 視線を戻し、私も映像を見る。事前にどんな内容の映像かは聞いていたが、実は見るのは初めてだ。

 なぜなら、『そこ』を実際に見た私にとっては、確認することは不要な映像だったからだ。

 投影された映像には、私がいた。そして、ランジュ、ミアさんがステージの上に立っていた。

ミア『Let’s kick it!』

 そして、ライブの幕が上がる。曲は『MONSTER GIRLS』。

 あの時の興奮は未だに覚えている。それが鮮烈な体験だったから、というのもあるが、それを国内ではなく海外で行ったという点も大きいだろう。加えて言えば、ライブを行ったのがつい一週間前、というのが最も大きい。

 映像は私たちだけを映さない。それを見ている観客も映し出す。彼らは……最初戸惑っていた。だが、時が経つごとに楽しみ方を分かってきたのだろう。最後には──

 熱狂が、その場を支配していた。

 日本、中国、アメリカ。グローバルなユニットという点も奏功したのかもしれない。私たちが行ったライブは成功した。国内ではなく、外国であっても。

 照明が再び点灯し、講堂は元に戻った。私もハンドマイクのスイッチを入れた。

91: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:21:33.02 ID:Ty47h6ss
栞子「この映像は、私が一週間前に海外で行ったゲリラライブの模様です」

 ゲリラライブ。その一言に理事会の方々はざわめいた。そう、これは事前告知も無しに行ったライブだ。だからこそ、この熱狂の意味が分かるはずだ。

理事長「ゲリラ、ライブ……」

 理事長もまた、その事実に驚倒している様子だった。最初は受け入れられない雰囲気だったが、徐々に風向きが変わり始めてきた気がした。その隙を見逃さず、私は追撃を加える。

栞子「確かに、海外にはアイドル文化もスクールアイドル文化も殆どありません。ですが、見て貰った通りです。それを受け入れられる下地は、土壌は、既にあるものだと私は考えます」

栞子「それに、文化とは自然に出来上がるものでしょうか。いいえ、違います。心が燃えるほどの熱を持った人々が集まり、熱意を持って取り組む中で芽生えたもの。それが、文化なのだと思います」

栞子「その熱を持つのは、文化を作るのは、きっと……私たちのような学生です。私は、私たちは、そんな夢へと手を伸ばす方々の手を掴み、思いに応えたいと思っています」

 土壌があれど、そこに種を蒔かねば花は生まれない。とどのつまり、私たちは種を蒔きに行くのだ。

 思いの丈を全てぶつけた結果、理事長は口を開いた。

理事長「熱、ね……」

 ぽつり、小さな呟きだったが、私には聞き取れた。

理事長「これからの時代を作るのはあなたたち、なんて、卒業式に言おうと思っていたのだけど……あなたたちには必要ないみたいね」

 理事長は苦笑しながらその言葉を紡いだ。そのすぐ後、彼女はステージに向かって歩き始めた。そして、私の目の前まで止まる。

 顔つきは柔和だった。子の成長を見守る母親のような……そんな、温かな表情だった。

理事長「大きくなったわね、栞子ちゃん」

栞子「……はい。ご無沙汰しています」

理事長「ふふっ。三日会わざれば、とは言うけれど、これは少々予定外だわ」

 少しおかしそうに理事長は笑っていた。すぐ後、彼女は真剣な顔つきに戻り手を差し出した。

92: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:22:08.85 ID:Ty47h6ss
理事長「理事会は、あなたたちに全面協力します。一緒に、最高のお祭りにしましょうね」

栞子「……はいっ。よろしくお願いしますっ」

 万感の思いを込めて、その言葉を言った。

 差し出された手を固く握る。儚い夢を離さないように、その実感を何度も何度も確認するように。気を抜けば涙さえ流れてきそうだった。だが、まだその時ではない。ぐっとこらえる。

 はじまりは私が一人、挫折を味わった。だが、その挫折した夢を見るのは私一人だけではないと知った。そんな同じ夢を見る人を、仲間と呼んだ。同じ夢、同じ志を共にする人が増え始め、夢はいつしか現実に近づいていた。

 そんな仲間と共に組んだユニット、それが始まりのライブだった。

 私たちは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。ユニット名は『R3BIRTH』。

 どれほどの窮地に立たされようと、それを逆転させてしまうだけの力を持つユニット。

 私たちは、未だ走り始めたばかり──

93: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:22:52.85 ID:Ty47h6ss
──

 学園を出ると、夕焼けがやけに目に沁みた。今日は一日中講堂にいたせいだろうか、手庇を作って光の量を抑えた。そんな夕焼けに思いを馳せるように、一言呟いた。

栞子「終わり、ましたね……」

璃奈「うん。璃奈ちゃんボード『バッチリ』」

しずく「流石栞子さんだね。全く動じてないように見えたよ」

かすみ「最近ずっと椅子に座って企画練ってばっかりだったから、ちょっと体力落ちてるかも……」

 かすみさんはお腹を擦っていた。基礎連は欠かしていないためそこまでブランクは無いと思うが……。

 そんな会話をしながら、私たちは帰り道を歩いていた。思い返せば、一年生だけで帰るなんてそうない機会だ。二年生や三年生の方には寮で暮らしている方がいる。だから、意外と貴重な一瞬かもしれない。

しずく「でも、SIF・Gが終わっちゃえば、本当に終わりなんだよね。明日も頑張らないと」

璃奈「うん。だから、弱音なんてそう吐いていられない。ね、かすみちゃん」

かすみ「うぐっ。ま、まあそうだけど……」

 茜色に染まる空を見上げつつ、しずくさんの言葉を反芻してみる。本当の、終わり。

 成功に終わろうと失敗に終わろうと、私たちが一年生でいられる時間は、十三人でいられる同好会の時間は、これで終わる。

 一つ山を越えて安堵したからだろうか。胸を締め付けるような寂しさが沸きあがる。私はまだ、走り始めたばかりなのに。

 隣でお喋りを続ける三人の横顔を見た。彼女たちの姿が、少し遠くに感じた。もう少しだけ……早くスクールアイドルを始められていれば、胸を針で突かれるような寂しさを感じずに済んだのだろうか。

94: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:23:35.34 ID:Ty47h6ss
しずく「どうかした?栞子さん」

 会話に混ざらない私を察してか、しずくさんが覗き込んできた。

栞子「いえ……何でもありません」

しずく「……その顔は、嘘を吐いてる顔だよ」

栞子「……っ」

 役者だからか、人の表情の機微に聡い。少しだけ恨めしく思ってしまった。

かすみ「全くしお子ったら……今考えてたこと当てようか?」

栞子「……どうぞ」

かすみ「ど~せ、卒業がどう、とか、同好会が離れ離れだとか、SIF・Gが本当に成功するのか、とか、色々面倒なこと考えてるんでしょ」

栞子「うぐ……」

 ぐうの音も出ない。しずくさんならまだしも、かすみさんに言い当てられるとは思わなかった。それとも、私はそんな分かりやすい顔をしているんだろうか。表情筋を意識して引き締める。

栞子「えぇ……すみません。十三人でいられる時間が残り僅かだと考えると、寂しくなってしまって……」

 胸の内を言い当てられたのなら、仕方がない。観念して正直な気持ちを吐露することにした。

栞子「まだ、一年も経過していないのに。でも、私の人生の中で今が一番楽しくて……。でも、それがもうすぐ終わってしまうと考えたら……」

 つい、足を止めて俯いてしまう。寂しさとは、過去への執着に他ならない。未来へ進む為の足枷だ。

 そんな私の肩に、軽く手が置かれた。

95: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:24:22.98 ID:Ty47h6ss
璃奈「だから、私たちは『今』を頑張ってる。未来を、過去を思うのは今日まで。今は、『今』を必死に見つめよう」

栞子「璃奈さん……。そう、分かってはいます。ですが、それでも……。私は皆さんと共に過ごした時間が──」

しずく「違うよ」

栞子「……っ」

 短くも、俯いた顔を上げるには十分な語気が込められていた。しずくさんの顔は、穏やかだったが強い意思を感じた。

しずく「あのね、私も栞子さんと同じような気持ちになったよ」

栞子「え……?でも、しずくさんは最初から……」

 私の言葉に、しずくさんはふるふると首を振った。

しずく「みんなと、二年生や三年生の方々と、もっと前から出会えていれば、なんて、思わない日はないよ。私だって、もっといっぱい……三年生の人と過ごしたかった。栞子さんともっと早く出会いたかったよ……」

栞子「しずくさん……」

しずく「でもね、私が一番幸せだって思えることが一つだけあるの」

 一番幸せだって思えること。その言葉の後、しずくさんは大きく深呼吸をした。

しずく「それはね、かすみさんと、璃奈さんと、栞子さんと一緒に、あと二年間……一緒にスクールアイドルができるってことっ!」

栞子「……っ!」

 それは、雲が晴れるような言葉だった。三年生の方々が卒業しても、私たちはスクールアイドルのままだ。SIF・Gは十三人の同好会の終わりかもしれない。けれど、同時に新たな同好会の始まりでもあるんだ。

96: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:25:11.61 ID:Ty47h6ss
璃奈「……」

 すると、璃奈さんが抱き着いてきた。私よりもずいぶん背が低いので、自然と見上げる形となる。

璃奈「でも、寂しいものは寂しい。そんな時は、こうしよう」

 ぎゅうっ。璃奈さんと私の間に隙間なんて一切ないくらい、密着して抱擁された。徐々に開き始めていた心の穴が、少しずつ埋まっていくような感覚があった。

しずく「二人で寂しいなら、三人だね」

 そこに、しずくさんも加わる。私の視線は自然と、もう一人に向けられる。かすみさんは仕方なく、と言った態度で吐息を吐く。

かすみ「やれやれ。しお子は寂しんぼだねっ!」

 最後にかすみさんが加わる。私たちは互いに顔を見合って、そして笑った。

 共に夢を見る仲間は、寂しささえも共に分かち合えるものなんだ。心強い、そして、胸がいっぱいになる。

栞子「私……はじめてよかったって、本当に思います」

 この温もりを一生忘れないよう、私はより一層抱擁を強くした。

 『イマ』を全力で走り抜けよう。揺るぎない決意が、私の中に生まれた。

97: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:26:03.51 ID:Ty47h6ss
──

果林「……っ!」

 ここで、ポーズを決める。荒い息遣い、そして残心。そのまま、暫し時を待つ。

侑「──はいっ。バッチリです!」

 侑の手拍子を皮切れに、リハーサルを行っていたみんなの緊張が解ける。斯くいう私もまた、緊張からの緩和を感じていた。

 終わった。本番までに準備をすること全て、こなし切ってしまった。

 SIF・G。それは、私たち三年生がスクールアイドルとして立つ、最後のステージだ。人事は尽くし、後は明日のステージを待つのみとなった。

 初めての海外渡航では色々とトラブルがあったが、こうして外国の地にてリハーサルを行えている。そして、最後の確認、もとい練習も終わったのだ。

 もう……するべきことはない。

 ふと、自らの手を見た。やや汗ばんだ、練習後の熱い血潮の通う手の平だった。

果林「……」

 よく見ると、小刻みに震えていた。それを見なかったことにしようとするため、別の手で無理やり押さえつけた。

彼方「果林ちゃん?」

 渋面が顔に出ていたのか、彼方に心配そうな声で話掛けられた。モデルの撮影の時のような表情を張り付ける。

果林「なに?もしかして、まだ練習が足りないなんて言うんじゃないでしょうね」

彼方「……うぅん。これを本番でもぶつけられれば、彼方ちゃんたちは大丈夫だよ」

果林「えぇ……そうね。そうに違いないわ」

 嘯きながら、未だ震える腕を押さえた。大丈夫、問題はない。この震えは一過性のもの。ステージを降りれば、この震えは止まる。

 極力誰にも見られないよう努めながら、私はステージを降りた。

98: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:26:24.03 ID:Ty47h6ss
彼方「果林ちゃん……」

 呼び止めるような声が聞こえたが、意図してそれを無視した。

99: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:26:56.81 ID:Ty47h6ss
──

 最後の舞台。最後の同好会。最後の……みんなといられる最高のステージ。

 端的に言って、私は臆していた。これが最後なのだと考えると、集大成なのだと考えると。加えて、皆のかける思いを知れば知るほど、私の恐怖は膨れ上がった。

 第三回フェスを提案したかすみちゃん。SIF・Gを企画し、実現にまでこぎつけた栞子ちゃん。一年生ながら、二人の思いは格別だった。絶対に成功させる、そうした強い思いをリハーサルで踊る二人を見ながらひしひしと感じた。

 だが、SIF・Gは一人、二人だけのパフォーマンスでは成功しない。ソロアイドルである朝香果林が、ステージの上で観客の目を引くパフォーマンスができなければ成功しないのだ。

 だから……私はこうして震えている。

 私は応えられるのだろうか。スクールアイドルの文化を根付かせたいと考える現地の人の期待に。そして、絶対に成功させたいと考える同好会のみんなの期待に。

果林「……ふぅ」

 リハーサル用のステージから少し離れたベランダにて、私は小さく息を吐く。見慣れない欄干、見慣れない街並み。明日にはここら一帯がSIF・Gの観客の喧騒で包まれるのだろう。

果林「だめね、全く……」

 それを思えば思うほど、観客の期待を、仲間であるみんなのかける思いを知れば知るほど、私はこうして震えが止まらない。

 分かっている。みんなのSIF・Gにかける思いの中に、『三年生のスクールアイドル生活を最高の舞台で終わらせよう』という温かな気持ちがこもっていることくらい。口に出さずとも分かっている。

果林「分からないはず、ないじゃない……」

 そんな呟きは、街並みの灯りの中に吸い込まれた。こんな体たらくで果たして、明日の本番をきちんと迎えられるのだろうか。

 この震えは、止まってくれるのだろうか。

 みんなのために成功させたい。みんなの思いが重い。その二つが、私の中に混在していた。

 そうして黄昏ていると、ふと、二つの人の気配を感じた。こんな私の心象に突っ込む二人の人間など、容易に分かった。

100: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:27:49.77 ID:Ty47h6ss
彼方「水臭いなぁ~、果林ちゃん」

エマ「こんなところで一人だなんて風邪ひいちゃうよ?」

 部屋の暗がりから姿を現したのは、やはりこの二人だった。

果林「……全く、どこまでもお節介ね」

 苦笑交じりのため息を吐きながら、その言葉を言った。

彼方「果林ちゃ~ん。こういうのはね、お節介じゃなくて、仲間思いって言うんだよ?」

果林「……言葉遊びよ、そんなの」

エマ「もう……。果林ちゃんってば意地っ張りなんだから」

 しょうがいないなぁ、と苦笑しながら、エマは笑った。筒抜けらしい、どこまでも。

 二人はそのまま、私同様に欄干に手を掛け、外国の風景を眺める姿勢になる。車のヘッドライト、ビルから放たれる部屋の灯り。

 見慣れないはず。だが、こうして陽が落ちてしまえばどこも風景は変わらないように見える。

エマ「明日、かぁ……」

彼方「うん……明日、だね」

果林「えぇ……」

 短く、三者三葉、銘々の方向を向きながらの発言だった。だが、込められている気持ちは同じに思えた。

彼方「……実はさぁ、彼方ちゃん、ちょっと怖いのです。明日の本番」

 そんな中、夜の闇にしずくを落とすように、彼方は呟いた。

101: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:28:38.62 ID:Ty47h6ss
彼方「今まで、ずっと走ってきたでしょ?それは全部、この日のため。だから……もし、失敗しちゃったら、大失敗に終わっちゃったら……。そう考えちゃって……」

果林「……」

 それは、私と同じ悩みだった。人事を尽くした、尽くしてしまった。だからこそ、本番が怖い。かけた時間は膨大でも、その結果が分かるのは一瞬なのだ。

 もし、もし……その努力が、水泡に帰してしまえば……。

エマ「分かるよ。私も、同じだもん」

彼方「あはは……。だ、大丈夫かなぁ、明日……」

エマ「うん……大丈夫、だよ、きっと……」

果林「……」

 空を仰ぐ。

 すると、漆黒の中にいくつもの星々が見えた。この分だと、明日は天気予報通り晴れらしい。ライブに適した空模様だ。

 それなら、後は私たちの覚悟だけ。そう思った瞬間、私の口は一人でに動いていた。

果林「昨日や明日のことで悩んでいたら、楽しい今が過ぎてしまう……」

彼方「え……?」

エマ「果林ちゃん……?」

果林「……楽しい今を、終わらせたくないのだとすれば、どうすればいいのかしらね」

102: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:29:25.07 ID:Ty47h6ss
 あの日、同好会だけのライブを思いついたあの日。私たちは今を全力で生きる意志を標榜した。

 だが、正に今。その今への執着が故に、こうして震えているのだとすれば、どうすればいいのだろうか。

彼方「……寂しいだけじゃない未来、かぁ」

エマ「それって、いつ分かるんだろうね……」

 二人が虚空に向かって呟く中、私もまた、虚空を見つめた。何もないように見える、何も詰まっていない、未来のような虚空を。

 その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。それを取り出し、画面を見る。

『今からエマさんと彼方さんを連れて、一階にあるホールに来てください』

果林「侑……」

 それは、侑からの通知だった。少し静止した頭を振るい、二人に話しかける。

果林「二人とも、野暮用よ」

 口の端を持ち上げながら、ベランダを後にした。

 全く……どこまでも……仲間思いの後輩ね。

103: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:30:25.49 ID:Ty47h6ss
──

 控えめな照明の中でも、鍵盤は自由自在に弾くことができる。そう、こうして目を瞑っていたとしても。私の中でピアノとは、既に体の一部になっている。再確認するように優しく触れていく。

 ここは、海外のホテルにある一階のホール。リハーサル用のステージも借りられる最高のホテルだ。

 今私がいる食堂も兼ね備えた広々とした空間は、既に夕食の時間が終わっているので人気は無い。ここへ宿泊している人は全員部屋に戻っているのだろう。

 私はその中で一人、ピアノを弾きながら、待ち人が尋ねてくるのを待っていた。

 やがて、その待ち人は来る。

果林「来たわよ、侑」

 その声に、手が止まる。途中だった演奏は中断した。頭を切り替えつつ、私は果林さんたちへと体勢を向けた。

侑「待ってました。果林さん、彼方さん、エマさん」

彼方「明日の本番前に、いったいなにかなぁ?もしかして、サプライズで何か用意してたりするのかな?」

エマ「それってフラッシュモブとか?わぁ~、楽しみ~!あ、でも、それって私たちが言っちゃだめなんじゃ……」

 喜びに笑顔を浮かべたかと思えば、焦りで開いた口を両手で押さえるエマさん。

侑「あはは。流石にフラッシュモブじゃないですよ。それに、やるとしても卒業式にやります。今じゃないです」

エマ「だよね~。フラッシュモブを覚えるのに必死で、ライブが散々だったらだめだもん」

果林「流石に目も当てられない結果ね……」

彼方「それじゃあ、一体何なのかなぁ?」

侑「はい。それは、私から伝えたいことがあったから。それに他なりません」

 適当に、鍵盤を叩く。シの音がした。うん。大丈夫そうだ。今の私なら、指が震えて弾けなくなるなんてことはなさそうだ。

104: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:31:09.72 ID:Ty47h6ss
侑「実は、卒業式の後に伝えようと思っていたんですが、歌詞が完成しちゃったらいてもたってもいられなくなっちゃって……あはは」

果林「歌詞……?」

 私の言葉に、果林さんは少し怪訝な顔つきになった。そう、メロディを詰める作業自体はまだ楽だった。なぜなら、元となる音源は既に作っていたから。

 そこに、同好会で得た経験を言葉にして詰め込む作業が難航した。言ってしまえば、言葉にすべきことがありすぎた。ただそれだけ。

侑「はい。歌詞です。歌詞の取捨選択って、ほんと、難しいですよね」

エマ「えぇと……つまり、新しく作った曲を聞いてほしいってことかな?」

侑「まあ、そういうことですかね」

彼方「あ、そっか!それを彼方ちゃん達に歌って欲しいんだ!」

 ぽんっ。名案のように彼方さんは自らの手の平を叩いた。

侑「いえ、違います」

彼方「えぇ?じゃあ、誰が歌うって言うのさ」

 ばっさり切られた彼方さんは肩を落とす。そこに少しばかりの罪悪感を覚えながら、私は口を開いた。

侑「私、高咲侑です」

 その言葉は、場を静まり返らせるには十分だった。聞こえなかった、わけはない。その言葉を理解するのに時間を要しているのだろう。

105: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:31:53.55 ID:Ty47h6ss
侑「私はスクールアイドルではありません。ですが、私も同じ表現者です」

 視線を戻し、姿勢を正す。そして、鍵盤に手を置いた。

侑「だから、今の気持ちを。果林さん、彼方さん、エマさん、三年生の方々へ送る気持ちを歌うんです」

侑「──私も、同好会の一員ですから」

 指を一つ、沈ませる。音が、一階ホールに響いた。

 本当は、卒業式の後に聞かせるはずだった。でも、心が叫んでいた。これは、今聞かせるべきだって。知らない自分に突き動かされるように、私は果林さんにメッセージを送っていた。

 その気持ちを反芻しつつ、私は口を開いた。

侑「ゆっくりと走るこの道。何かが生まれかけてるんだ」

 これは、感謝と旅立ちの歌。私が貰い、生まれたときめき。それを伝えたかった。まずは、ここを最初に去る三年生の方々へ。

 だが、そこで思った。私は感謝を伝えるだけでいいのだろうか。別の何かがあるのではないのか。

侑「どこに向かうかまだ分からないけど、面白そうな未来が待ってると」

侑「笑い合える、君がいれば、嬉しい今日もありがとう」

 違う。私に伝えられるのは感謝だけじゃない。卒業した後も、虹のかかったその先の思いも、伝えられるはずだ。

 今を全力で走り抜けた私たちなら、この思いを共有できるはずだ。

106: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:32:50.56 ID:Ty47h6ss
侑「さあこれからはそれぞれの地図」

 残る人、旅立つ人。ここから綴るは、描くは、それぞれの地図に他ならない。

侑「広げたら気軽に飛び出そう」

 そして、翼でも生えたように、ぴょんと飛び出してほしい。

侑「夢見て憧れて、また夢が見たいんだ、見たい、見たいんだ!」

 だって、夢が終わった後も、その先には別の夢が待っているのだから。面白そうな夢を次々に見ていく。私たちに、暇を持て余す時間なんてありはしない。それに何より、みんなが見る別の夢を、私に見せて欲しい。

 そうでしょう?みんな。

 思い描く未来が別々の色をしていたとしても、私たちの想いは一緒だよ。いつまでも熱いまま、一緒なんだよ。

 だから、安心して飛び出してください。

 次の空へと飛び立つために、地図をその手に握りしめながら。

 私たちはまだまだ、夢を見たいんだから。

侑「……」

 最後の一音を弾き終わる。

 弾いていた時間は多く見積もっても数分だ。だが、なぜだろう。走馬灯のように今までの日々が通り過ぎた気がする。

 そして、私の中に残ったのは残滓。その残滓の名は、胸を締め付けるような、寂しさと呼ばれるものだった。

侑「あ、あれ……?」

 弾き終わった途端、涙が流れた。おかしい。私は、旅立つみんなを応援する曲を弾いていたはずだ。ここは、笑顔でいるべきなのに。

107: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:33:33.65 ID:Ty47h6ss
 そうじゃないと、果林さんは、彼方さんは、エマさんは、明日のステージで全力を出して歌えないはずだ。だって、そうじゃないと……。

果林「ありがとう、侑」

侑「果林さん……?」

 自分の涙に困惑していると、温かな抱擁が私を包み込んだ。続いて、彼方さんとエマさんもそこに加わった。

エマ「私たち、同好会に入って、続けてよかったって、侑ちゃんに出会えて……ほんっとうによかったぁ。ありがとう、侑ちゃん……」

侑「エマさん……」

 エマさんの万感の思いが込められた言葉に、涙がよりこぼれる。

彼方「今、分かったんだ~。寂しい以外の未来って、きっと侑ちゃんたちが作る、これからの同好会なんだねぇ」

侑「彼方さん……」

 寂しい以外の未来。彼方さんたちの思いはこうして、私たちが受け継いでいる。だから、卒業後もきっと……。

果林「私、侑が好きよ。エマも、彼方も、みんな……。同好会のみんなが、大好きなの。だから……本当に、ありがとう、侑」

侑「……わ、私も、大好きです……。だから……だから……っ」

 抑えきれない。思いはもう止められない。

侑「み、みんなに安心してステージに立って貰いたくて……卒業した後でも、わ、私たちは大丈夫ですよ、って伝えたかったのに……。ありがとう、って、卒業後も頑張ってって……」

 決壊したダムのようだった。毅然と演奏をして、歌を歌い、明日に備えてもらうはずだったのに。口が止められない。

侑「なのに、これじゃあ……。うっ、うあああああ……っ!」

 最後には、言葉が形を成していなかった。

 未来は、きっと素晴らしいものになるはずだ。でも、今が何よりも眩しすぎる。輝きに目が眩み、明日への一歩さえ見えなくなってしまった。

108: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:34:19.55 ID:Ty47h6ss
果林「……大丈夫。私たちに任せなさい」

 情けなく声を漏らす私に対し、果林さんの言葉が耳朶を打つ。私はゆっくりと顔を上げた。

果林「あなたの寂しさも、感謝も、何もかも、ステージにぶつけるわ。だから、安心して付いてきなさい」

 果林さんもまた、瞼に涙を滲ませていた。当然だった。私だけが、寂しいわけはない。

エマ「まずは……うん。私たちが、少しだけ前を歩くから。侑ちゃんも私たちに着いてきてね!」

 エマさんは一度鼻を鳴らした後、頼もしい言葉を発する。前は見えなくても、先達の残した足跡は分かる。やっぱり、頼もしいなぁ……。

彼方「まずは、お姉さん達の仕事をこなすとしますかぁ~!まだまだ、彼方ちゃんたちにはやることが残ってるみたいだからね!」

彼方「今やるべきことは、楽しむべきことはたった一つだよぉ!明日を、全力で楽しんで楽しんで楽しみきること!」

侑「……はいっ!」

 乱暴に瞼を拭って、笑顔で返事をした。

 みんなとなら、笑い合える、みんなとなら……っ!

 最後のライブも、笑顔で終えられる、そう思った。

109: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:35:13.45 ID:Ty47h6ss
──

 三船栞子にとって歌とはなんだろう。ふと、ステージに上がる直前、そんなことを思った。

 そこは、照明の抑えられた舞台裏だった。私は今日のために誂えた新衣装を身に纏い、次の順番を待っている。

 ステージの上ではせつ菜さんが全力で歌っていた。一つも悔いは残さない、そんな気概を肌で感じた。

 なぜ、ここまで歌は響くのだろう。なぜ、私は歌を歌うのだろう。SIF・Gの初舞台直前に、何を考えているんだろうか。

 いや、だからこそ、かもしれない。私はこの大舞台に全てを持って臨んでいる。だから今、私は自分に問うているんだ。

 国内では不可能なほど大規模なライブだからここを選んだのだろうか。

 海の向こうにいる人に夢を叶えて貰いたいという応援の気持ちだろうか。

 十三人でいられる同好会の最後を、有終の美で飾りたいからだろうか。

 では、歌を歌う意味とは。皆さんの夢を叶えるのが私の目的なら、歌う必要などないはずだ。

 なぜ、私はスクールアイドルになった。ここで歌う意味とはなんだ。

 終わらない自問自答を繰り返していると、歌が止んだ。せつ菜さんの出番が終わったのだ。

せつ菜「──ふぅ、やっぱり歌うって最高ですね!」

 せつ菜さんは汗を拭いながら、満面の笑みだった。思い残すことなど一つも無いような、そんな快晴の空のような笑顔。

 私の順番までにはまだ少し時間がある。いい機会だ。心残りを解消してからステージに臨もう。

110: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:36:00.18 ID:Ty47h6ss
栞子「せつ菜さん。素晴らしいステージでした」

せつ菜「あ、栞子さん。ありがとうございます!」

栞子「終わって早々申し訳ないのですが、一つ質問があるんです」

せつ菜「それは急ですね。ですが、問題ありません。どうぞ」

 生唾を一つ飲み込み、その言葉を口にした。

栞子「せつ菜さんにとって歌とは、スクールアイドルとは、いったい何ですか?」

せつ菜「なるほど!簡単な問題ですね!」

 簡単。そう言ってのけるせつ菜さんの姿が眩しい。そうして自信満々の笑顔のまま、求める回答が口に出された。

せつ菜「わかんないです!」

 ……。

 ……?

 ……???

栞子「……え?」

 たっぷり数十秒。ステージの喧騒なんて嘘のような沈黙だった。それほどさっぱりとした『わかんない』があるだろうか。そんな私の様子を見てか、せつ菜さんは言葉を続けた。

せつ菜「わかんない、とは言いましたが、分かることもあります。大好きを叫ぶ。それがスクールアイドルになった理由なのかもしれません。ですが、今の私にとって、せつ菜を隠さなくなった菜々にとってのスクールアイドルが何なのか。とても一言では言い表せません」

栞子「……なるほど。それは確かに……『わかんない』ですね」

 得心がいった。スクールアイドルへの思いは何も、出会った初期に感じた衝動のみではない。大好きなものなら尚更、様々な思いが積み重なっていくのだろう。

 だが、私はそうした気持ちすら、未だに把握しかねている。

111: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:36:47.58 ID:Ty47h6ss
せつ菜「ああでも、分からなくても、たった一つだけ確かなことはありますね」

栞子「え?」

せつ菜「はいっ。スクールアイドルを続けて、本当によかったって気持ちですっ!」

栞子「……っ!」

 何の衒いもない、濁りの一点も感じない、ただただ純粋な笑顔だった。だから、確認のように一つ質問をした。

栞子「……その、ステージに悔いはありませんか?」

せつ菜「ありませんっ!ただ、もっともっと、歌いたいですね!」

栞子「……はい。ありがとうございます」

 悔いはない。だが、何度でも立ちたくなる、歌いたくなる、そんな魅惑の場所。せつ菜さんの歌声は観客を虜にし、ステージはせつ菜さんを虜にする。

 きっと……私の考えている疑問とは、一生涯を賭しても答えが出ないのかもしれない。

 だが私にも、一つだけ確かなものがあると分かった。

せつ菜「あ、次ですよ栞子さん。期待してます!」

栞子「えぇ……期待されるのは嫌いじゃありません」

 数多の疑問を抱え、数多の思いを乗せ、私はステージへと上がる。ここは、きっと答えじゃない。いつだって、答えはステージにある。

 その前に、私はせつ菜さんへと振り返った。

栞子「せつ菜さん、あなたに会えたこと。今の私には、それだけが確かなことです」

 その気持ちすらも、ステージに、歌に乗せる。

 そう、私はスクールアイドルだ。

 悩みも戸惑いも歓喜も全て、歌声に変えられる。

112: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:37:33.91 ID:Ty47h6ss
──

 ノートパソコンの画面に、メールの通知を知らせるウインドウが表示される。今日何度目だろうか。開いて確認すると、これもまたSIF・Gに関するメールだった。興奮度合いが伝わるライブを見た感想、次回に関する提案、胸がドキリとするような鋭い指摘等々。SIF・Gの反響は良くも悪くも大きかった。

 生徒会室にてたった一人、私は椅子に背を預けた。生徒会長だけが座ることが可能な椅子のため、座り心地はいい。

栞子「……果たして、あれは成功だったのでしょうか」

 瞼を閉じて思いを咀嚼していく。

 SIF・Gは、盛り上がりだけで語れば成功の部類に入るだろう。『大』を付けてもいいほどだ。だが、当初の目的である『スクールアイドル文化を海外に根付かせる端緒』になること。これが分からない。

 興行的な成功と、文化の発展に寄与したかどうかの成功は全く別の話だ。SIF・Gが真の意味で成功と言えるのは、もっともっと……数年後、数十年後先の話なのかもしれない。

 だがしかし。メールボックスを開き、海外から来たメールを確認する。そこに綴られる文面には、熱があった。スクールアイドルに対する熱、もしくは欲。それを絶対に叶えてやろうと意気込む熱が。

 今は、燻っていた多くの火種に火を付けられただけ成功なのかもしれない。だが二回、三回目の開催に関して目途は立っていない。渡航費だけで馬鹿にならない費用がかかるので、これからはよりマネタイズに関して考えていくべきだろう。

 やるべきことは山積みだ。だが、とりあえず今はこれで終わりだ。

 パタン。ノートパソコンの画面を閉じる。壁掛け時計を見ると、時刻は昼を少し過ぎた程度。同好会の打ち上げ開始時刻はそろそろだ。立ち上がり、生徒会室を後にする。

 手に持ったスクールバッグからは、いつもより重量感を覚えた。今日のために、ちょっとだけ荷物が増えている。

 見慣れた、歩き慣れた廊下を進む。目を閉じても校門にたどり着けそうな気はするが、流石にそんな軽率なことはしない。

 未だ、学園内には多くの生徒が残っていた。皆、思い思いの表情を浮かべていた。私が少し遅れて打ち上げに行くのは、他の生徒の様子を見たかったから。ここを卒業することの意味、私は彼女達からそれを学ぼうとしていた。

 そう、今日は卒業式だ。午前中に格式ばった式は終わり、今はそれぞれの卒業を嚙みしめる時間だ。生徒の間を縫うように移動していると、時折私に話しかけてくる人がいた。

『生徒会長の送辞のせいで、ずっと泣きっぱなしだったよ!』

『これからも頑張ってね!』

『じ、実はファンでした!サインください!』

113: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:38:25.53 ID:Ty47h6ss
 それらの対応をしていく内に、徐々に実感が伴ってきた。ああ、この人たちは、春休み明けにはもういないのだ、と。

 暖かな気候の中、ひとつまみの寂しさを感じつつ、誠意を持って一つ一つ、噛みしめるように対応した。

 校門を出ると、より一層人は多くなった。校門前で写真撮影をする人たち、親御さんと共に喋る人たち。それら一つ一つが、どうしようもなく眩しく見えた。

 私も、二年後にはあそこに……。

 そんな思いを抱えながら、私は目的地に辿り着いた。そこは、学園にある一角、BBQなどを楽しむことができるスペースだった。生徒会長権限を如何なく発揮し──もちろん正規の手続きで──私は打ち上げのスペースを迅速に確保していた。

 既に、同好会の方々は勢ぞろいしていた。

愛「お、しおってぃーっ!遅いよ~!遅刻だけにちこ~寄れってね!」

侑「やっ。もう始めちゃってるよ~」

栞子「お待たせしました。しかし、ここを借りる予定の時間はたった今からのはず……」

 BBQ用の鉄網の上には、既に食べられる焼き加減の野菜や肉が乗っていた。愛さんはどんどん紙皿へよそっていく。それを侑さんがどんどんみんなに配膳していた。いいチームワークだ。

 これはつまり、借りられる時間より前から……。

璃奈「ぶえーおー。りなあんおーど『いにうるな』」

 むしゃむしゃととうもろこしを頬張りつつ、璃奈さんに言われた。まあ、今日くらいは無礼講、か……。

愛「ほらほら、食べて食べて!」

侑「はい、栞子ちゃんの分」

栞子「は、はい……。ありがとうございます」

 いただきます、と一言言い、紙皿の上のお肉を頬張っていく。どうして外で摂る食事はこんなにも美味しいのだろうか。

 もそもそ食べながら周囲を見渡してみる。すると、パンダの被り物を付けた果林さんがいた。あんな賑やかしのような役を自ら買って出る人だっただろうか。つい、冷静に見つめてしまう。

114: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:39:15.79 ID:Ty47h6ss
彼方「ふふふ~。気になるかね、しおってぃーちゃん」

栞子「彼方さん。あれはいったいどういうことですか?」

彼方「うむうむ。教えてしんぜよう。の、前に、果林ちゃんの唇をよおく見てごらん」

栞子「……?」

 そう言われ唇を注視すると、なんだか赤く腫れていた。

彼方「辛いのを我慢して素面を気取っていられるか対決……。それに負けたのさ……。この世は弱肉強食、だねぇ」

栞子「あ、私のお肉……」

 私のお肉を横取りしながら、唇に口紅でも塗ったように赤くなっている彼方さんを見る。彼女は果林さんに勝利したのかもしれない。だが、頭には羊の角がしっかり乗っている。

 というか、被り物をしていない人が一人もいなかった。全員何かしら、動物モチーフの被り物をしていた。

彼方「はい。栞子ちゃんの分」

栞子「あ、はい……。ありがとうございます?」

 私はにゃんこの耳のカチューシャを付けられた。まあ、この動物王国の中、自分だけ人間というのもおかしいだろう。甘んじてにゃんこ役を受け入れた。

ランジュ「你好、栞子。遅かったわね」

ミア「生徒会長は大変だな」

 私のユニットの二人も来た。二人も同じように被り物をしている。だが、唇は赤くなっていない。

ランジュ「あぁ、これ?これはたった一人の勝利者……エマ陛下からの命令で付けられたのよ」

ミア「ボクらはそもそも参加すらしていないんだけどな。横暴だよ、エマ陛下は」

 少し遠くで雑談に興じるエマさんを見る。彼女の頭には、燦然と輝く王冠が乗せられていた。それをかすみさんが隙を見て盗もうとしていたが、普通に避けられていた。

115: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:40:06.45 ID:Ty47h6ss
栞子「なんというか、混沌としていますね。ほんと」

ランジュ「えぇ。だからいいんじゃない」

ミア「ま、そうだな。浮かれる時に浮かれないで、何がパーティだ」

 私たちが少し和やかな気持ちで場を見ていると、否が応でも盛り上がる燃料が投下された。

愛「はいは~い!しずくから貰った素敵なステーキさんを焼くよぉ!」

 愛さんのその言葉に、ランジュの表情が獰猛な肉食獣のそれに変化する。

ランジュ「なんですって!」

ミア「おいおいランジュ。いくらいい肉だからって──」

愛「ななんと!かすみん特製のバンズもあるので!今、ここにしかない!ここでしか味わえない!ニジガクバーガーも食べられちゃうよ!!」

ミア「よし、行こう。この世にはタイムイズハンバーガーという格言があるからな」

栞子「……ないですよ」

 それは正に、肉欲と呼ばれるものだった。肉に磁力でもついているかのように、人々は吸い寄せられていく。

 鉄網から香る食欲をそそる香り。鉄網の下へと落ちて蒸発する肉汁。それらが彼女たちを狂わせる。

 というか、もう網の上に肉しかなかった。

歩夢「栞子ちゃんは行かないの?」

せつ菜「今行かねば、ニジガクバーガーは一生味わえませんよ!」

栞子「歩夢さん、せつ菜さん。では、私もご相伴に預かりますか」

 肉への欲望……言わば肉望渦巻くあそこに行くのは気が引けたが、私のお腹もぐうぐう鳴っている。衝動に従うべきだろう。

しずく「はい、どうぞ!」

 順番を待っているとやがて、しずくさんからハンバーガーを手渡された。

116: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:41:01.88 ID:Ty47h6ss
栞子「このお肉はしずくさんが提供してくれたんですよね。ありがとうございます」

しずく「あはは。うん、まあね。BBQするって言ったら、お母さんが持っていきなさいって聞かなくて」

栞子「なるほど……あむ」

 一口、頬張ってみる。すると、まずはレタスの瑞々しさを歯ごたえで感じ、そこから魅惑の肉汁世界へとシフトした。口内に流れ込むお肉たち、そして、鼻を抜けるかぐわしき香り。

 うますぎる。

 かすみさんのバンズもすごかった。しっかりと高価そうなお肉や新鮮な野菜と調和が取れていた。

 そんな反応を見ていたのか、王冠強奪に失敗したかすみさんが頬を緩ませながらこちらへ来た。

かすみ「ふっふ~ん。どう?朝早起きして作ったかすみん特製バンズは」

璃奈「うますぎる」

しずく「うますぎるね」

栞子「うますぎます」

かすみ「そ、そっか。なんか飢えた獣みたいでちょっとこわ……」

 そんな私たちの様子に、かすみさんは若干引いていた。

 もしゃもしゃと咀嚼していく中で、高価なステーキをハンバーガーにする背徳を感じていた。少し視線を横に向けると、歩夢さんがペロリと全て食べ終わっていた。早い。

117: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:41:46.30 ID:Ty47h6ss
歩夢「侑ちゃん!おかわりくださいな!」

せつ菜「はやっ!もっと味わいましょうよ!」

歩夢「味わってこれ、だけど……。そんなに早いかなぁ。愛ちゃん、お肉早くね」

愛「はい、おかわり入りましたぁ!食い意地の張ったお客さんからのオーダーだよ!」

侑「はいよいしょおっ!腹ペコ大明神歩夢からオーダー入りましたぁ!」

歩夢「く、食い意地なんて張ってないもん!というか、腹ペコ大明神歩夢ってなに!」

エマ「そうだよ~。こんなに美味しいんだもん。いっぱい食べないと損だよね~」

歩夢「ほら!エマさんの言う通りだよ!もっとみんなボーノに正直になろう!」

エマ「うむうむ!国王の命令ぞ!皆、こころゆくまでボーノに従うのじゃ!!」

果林「ボーノに従うって……なにかしら」

 きらりと王冠光らせ、王の布告が発令された。私たちは唯々諾々とそれに従った。

 肉の饗宴は、未だ始まったばかり。

118: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:42:32.89 ID:Ty47h6ss
──

栞子「お、お肉の魔力……」

 腹がくちくなり過ぎてようやく気付いた。胃のキャパ目一杯に食べ物を詰め込んだのだと。

 少し、休息を……。よろよろと千鳥足になりながら、休めそうな場所を巡る。すると、少し遠くにベンチに座る侑さんが見えた。私も、あそこへ……。タイミングもちょうどいいので、スクールバッグを携えながらベンチへと向かった。

侑「あ、栞子ちゃん。楽しんで……うん、楽しんでるみたいだね」

栞子「はい、おかげさまで……」

 ベンチに座り、人心地つく。そう言えば、少し前から侑さんの姿を見なかった。ここで私たちのことを見ていたんだろうか。

栞子「侑さんはここで何を?」

侑「あぁ……うん。ちょっとね、ここでみんなのことを見ていたくって」

栞子「へぇ……」

 目を細めながら、目の前の光景を見ていた。愛おしいものを見つめるような、感慨深げな表情だった。

 食事を摂りつつ、ちょっとトラブルがあったり、でもすぐに笑って解決して、また笑顔が増える。そんなやり取りが目の前で起こっていた。

侑「いいなぁ、って……」

栞子「え……?」

侑「ほんと、いいなぁ、って……。そう思うんだ」

 ぽつり、侑さんの零した言葉の意味を最初は理解できなかった。だが、自然と胸に沁みるようで、なぜだか納得してしまった。

栞子「そうです、ね……。SIF・Gの企画から今まで、ノンストップで走ってきたような感じでしたから。落ち着いて周りを見ると……はい」

 私がそう返答すると、侑さんは満足げに笑った。

119: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:43:17.41 ID:Ty47h6ss
侑「だよね」

栞子「はい」

 私たちは暫し、目の前の光景をずっと見つめていた。明日にはもういなくなる先輩方、それは同好会にも適用される。

 出会いとは、いずれ訪れる別れと表裏一体だ。だからそのために、私たちはこうして走ってきた。そして、走り抜けた。

 ここは、その終着点であり、端緒でもある。

 だからもう少しだけ、前に進みたいって思った。新しい私を、三船栞子を、始めたいと思った。

栞子「……侑さん、私、もう少しだけ欲張りになってもいいでしょうか」

侑「いいんじゃない?栞子ちゃんは、もっと素直になるべきだよ」

栞子「そうですか。では、少し聞いてくれませんか?」

侑「うん。いいよ、なにかな」

 ベンチの上で居直り、侑さんを真っすぐに見つめた。柔和な顔つき、でもピアノを弾くときは真剣な眼差しを見せる頼もしい人。私が目指す姿勢を体現する憧れの人。

栞子「私には、人の適性を見抜く力を持っています。だから、この力を役立てようと色々と裏で努力してきました」

侑「うん。生徒会長になってからは、もっとその姿を見るようになったよ」

栞子「えぇ。ですが、なぜ私には人の適性を見抜く力があるのか、それを考えるようになったんです」

侑「なんで、そんな力が自分に?それは、考えようがないというか……」

栞子「いえ。最近気づきました。確かに、それには意味があったのだと」

 私の適性を見抜く力。それは人を知る力でもあり、同時に、私が人を応援したいと思える原動力でもあった。

120: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:44:10.52 ID:Ty47h6ss
栞子「その力はきっと……私、三船栞子が、一番応援したい人を知るための力だって気付いたんです」

 そう、適性を見抜く力とはつまり、他の人のためじゃない、何よりも自分のためにあったんだ。

 私が応援したい、支えたい誰かを知るための──

栞子「私自身を幸せにするための、そんな力なんだって、今は思います」

侑「……そっか。素敵な力だね」

栞子「はい。とても、愛おしい力だって思います」

侑「そう言えばそんな話……生徒会選挙の時も言ってたよね」

 思い出したように、侑さんは言う。生徒会選挙の時……。

 私の中でまだ風化していない、あの時の記憶が鮮明に思い起こされる。

栞子『──以上が、私が当選した暁に取り組みたい選挙公約です。次に、当選した後、私自身がどんな姿になりたいのか、その説明に移ります』

栞子『私は、生徒会長とスクールアイドルの内外から皆さんを支え、応援できるような人材になりたいと考えています』

栞子『前生徒会長である中川菜々さんは、スクールアイドルである優木せつ菜さんとの両輪を完璧にこなし切った偉大な人です。私もまた、彼女のような、それでいて、私独自の生徒会長像を模索していきます。だからどうか、三船栞子に清き一票を、よろしくお願いします』

栞子『──あぁ、そうでした。一つ、言い忘れていました。スクールアイドルとしての私にはきっと、皆さんを幸せにできる適性があると思います。ですから、皆さんも私を幸せにしてくれると嬉しいです』

栞子『きっとそれこそが、私の目指す、皆さんと幸せになれる学園の在り方なのだと思います。ご清聴、ありがとうございました──』

侑「自分と、みんなを幸せにできる学園の在り方。栞子ちゃんの適性を見抜く力が、みんなを幸せにできるって私も信じてるよ」

栞子「えぇ……今は未熟ですが、その夢を追い求め、努力している過程です」

侑「うん。そんな栞子ちゃんの姿、私も期待してる。だって絶対、ときめいちゃうに決まってるからね!」

栞子「ふふっ。ありがとうございます。では侑さん、そんな欲張りな私の要求を一つ、聞いてください」

 スクールバッグをごそごそと漁る。そこから取り出したのは、鍵盤ハーモニカ。サイズがサイズのため、バッグの中はパンパンだった。

121: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:44:57.17 ID:Ty47h6ss
侑「これは……鍵盤ハーモニカ。懐かしいなぁ。小学校以来だよ。これを、私に?」

栞子「はい。どうか、私のために弾いてほしいんです」

侑「あはは。美味しい食事の後に演奏、か。確かに、欲張りだね。いいよ、任せて」

 侑さんはそう言い、鍵盤ハーモニカをケースから取り出す。ジョイントを取り付け、マウスピースを口に咥える。彼女は一度頷き、音色が流れ始めた。

 ピアノの厳かな音ではなく、ややチープとも取れる音だ。だが、そんなのはすぐに気にならなくなる。一音一音が小気味よく耳に届けられ、胸が高鳴っていく。

 私は、人の適性を見抜く力を持っている。そして侑さんには、音楽の適性が備わっている。だがもう一つ、彼女には別の適性が備わっていると感じるのだ。

 それは、私を幸せにしてくれる適性。

 私、三船栞子が一番応援したい、一番支えたいと思う人。侑さんには、いや、侑さんだけにしかできない適性だ。彼女から奏でられる旋律に目を細めながら、確信は深まっていく。

 心地よい、私と侑さんだけの時間。

歩夢「あ~っ!二人でなにやってるの!?」

 だが、そんな時間も終わる。私たちに気付いた歩夢さんがこちらへとズンズン歩を進めて来た。

歩夢「もうっ!二人だけで狡い!私も仲間に入れてよ!!」

侑「あはは……。うん。そうだね。次は、みんなで歌おうよ」

栞子「えぇ。ちょうど、私も歌いたい気持ちでした」

 侑さんの旋律は、つい口ずさみ、歌いたくなる魔力を秘めている。聞いてしまえば、そこへ足を向けたくなる。

122: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 20:45:44.50 ID:Ty47h6ss
ミア「おいおい。ボクらを忘れてないか?」

彼方「そんな楽しそうなこと~。三人でやるなんて見過ごせないぞ~?」

 歩夢さんの他に、ぞろぞろと皆さんが集合していく。ベンチを囲むようにして、即席の合唱団が作られた。

侑「じゃあみんな、いくよ!」

 もう一度、侑さんはマウスピースを咥える。そして、再び音色が奏でられ始める。だが今度は、彼女の音色だけにとどまらない。私の歌声も旋律に乗っていく。私だけじゃない、かすみさん、璃奈さん、しずくさん、歩夢さん、せつ菜さん、愛さん、ランジュ、彼方さん、エマさん、果林さん、ミアさんの十人十色な歌声が重なっていく。

 それは、個性が束なった虹のような音楽だった。一つ一つの色は違う。でも、こうして束ねればきちんと調和する。

 この一瞬を、永遠のようにも思える一瞬を感じながら、私は歌う。

 十三色の虹を、その心に思い浮かべながら。

おしまい

123: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 21:01:40.13 ID:D1GLvb2p
涙ポロポロ出た😭

124: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 21:20:55.24 ID:Emx9FGQv
いい…

125: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 21:22:03.38 ID:f9RssoiR
感動した…
2023年の名SS入り確定

126: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 21:24:50.39 ID:5UNsMfN4
駄々っ子しずくちゃんかわいい…

127: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/06(火) 22:27:33.41 ID:+F3f7LT6
ネオスカの歌詞でうるっときた

128: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/07(水) 00:48:25.92 ID:p6MukE/3
最高だった……

129: 名無しさん@トレンドロケット 2023/06/07(水) 06:44:12.41 ID:XuoVDcmA
栞子よく頑張った!

引用元:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1685962161/



コメント

タイトルとURLをコピーしました