花帆「慈センパイなんて大っ嫌いです!」【SS】
いつものように部室に集まり、
いつものように練習をこなす。
そしていつものように慈センパイに揶揄われて、いつものようにこう答える。
「慈センパイなんて大っ嫌いです!」
でも、いつもと違うことがひとつ。
それを口に出した途端、胸の奥がちくりと痛んだこと。
部屋に戻って自問自答をしてみる。
「綴理センパイ、大嫌い」
痛くはない。
罪悪感はあるがそれだけ。
「梢センパイ、大嫌い」
これまた痛みはない。
少しだけもやりとした息苦しさがある。でも違う。
上級生に対する暴言だからというわけではないみたい。
「さやかちゃん、大嫌い」
これも違う。
心が苦しくなるがあの痛みとは違う。
「瑠璃乃ちゃん、大嫌い」
彼女に対しても同じ。
ごめんね瑠璃乃ちゃん、さやかちゃん。
一体どういう現象なんだろう。
ひとりで考えても埒があかない、明日誰かに相談をしてみよう。
「慈センパイ、大嫌い」
ちくりと痛んだ。
「生徒会長のこと、大嫌いです」
「なんだなんだ、突然呼び出したと思ったら……花帆はあたしをイジメに来たのかい?」
そういうつもりはなかった。
でもここは謝罪をしなきゃ。
「ごめんなさい」
「お、おう……出会い頭に罵倒してきたと思ったらやけに素直じゃないか」
頭を下げつつ事情を説明する。
なんだろうこの相槌は。そもそもこれは相槌?
奇妙な鳴き声を発した生徒会長は大袈裟に頭を抱えてあたしの肩をポンと。
「まあなんだ、うん、これはあたしの手には負えない」
「?」
「そういうことはさ、慈に直接聞いてごらん」
「花帆のモヤモヤは彼女がキッチリと晴らしてくれるはずだ、大丈夫、君は可愛くて良い子だから」
「いや~、青春だねぃ」
全くわけがわからない。
もっと頼りになる人だと思っていたが、今日の生徒会長は訳知り顔をするだけでなんの役にも立たなかった。
「えー、なにがということなのかな?」
練習の前にあたしは慈センパイを呼び出した。
いつもの集合時間まであと半刻ほど、一番乗りの梢センパイもまだ来ないはずの時間。
戸惑う彼女を真っ直ぐに見据え息を吸い込む。
「すぅ…………」
「あなたのことが、大っ嫌いですっ!」
この痛み。もしも心に血液が通っていたならば、
あたしはきっと出血多量で死んでしまってた。
そんなことを考えていると血液の代わりだとでも言うようにあたしの目から涙がぽろりぽろりと溢れる。
「え、え、えーー!?花帆ちゃんっ!?」
勝手に呼び出して、勝手に酷いことを言って、勝手に泣いている、世界一勝手な後輩をこの人は心配してくれる。
いつもはフラフラしているのにこういうところは凄く素敵な人。そんな人にあたしは唾を吐き捨てたんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ひぐっ……」
「いいからいいから、ね?ゆっくりお茶でも飲んでさ、めぐちゃん先輩にお話し聞かせてくれるかな」
慈センパイに大嫌いと言うと心が張り裂けそうになること、他の人ではそうはならなかったこと。
生徒会長に相談をしたこと、その結果こうやって呼び出したということ。
嫌いなんて露ほども思っていないこと。
涙と一緒に全部を吐き出した。
「そっか、話してくれてありがとね」
「あたし、センパイの……」
「沙知先輩の思惑にのるのも癪だけど、仕方なし」
「あのさ、花帆ちゃん……多分だけど、おんなじだと思うんだ」
「おんなじ……ですか?」
おんなじってどういうことなのだろう。
「私はさ花帆ちゃんに嫌いって言われると、冗談ってわかってんのに……なんというか、こう、苦しいんだ」
「ええっと、難しいな……私って花帆ちゃんのこと好きなんだけど、んー、もしかして花帆ちゃんも私のことをって」
「……」
「え、慈センパイは私のこと好きなんですか?」
「うん、好きだよ花帆ちゃん」
そう言って慈センパイは顔を伏せる。
白くて綺麗な肌が真っ赤に染まっている……気がする。
つまりは、つまりは、つまりはそういうこと?
× 「え、慈センパイは私のこと好きなんですか?」
○ 「え、慈センパイはあたしのこと好きなんですか?」
先程とほとんど同じ質問を投げかける。
「いや、わかんないけど……めぐちゃんのこと好き?」
「えっと、あたしもわかんないです」
わからないものはわからない。
でも、さっきから動悸が止まらない。
顔も熱い、足も手も震えている、慈センパイの方も向くこともできない。
「よくわかんないんですけど、今、すっごく嬉しいんです」
「花帆ちゃん……」
「嬉しくて、恥ずかしくて、またちょっとだけ泣きそうで、でも、でも、なんだか幸せで」
今の気持ちをそのまま言葉にする。
ちらりと慈センパイに目線を戻すとさっきより赤い顔で今にも泣き出しそうな顔、きっとあたしもおんなじ顔をしてるんだと思う。
「だから、あたしも慈センパイのことが……んっ」
「あなたのことがっ……大好きです!」
不安定でタイトルのなかった感情に名前をつけるように、大きな声で宣言をする。
日野下花帆は藤島慈に恋をしていたんだ。
「違うんです、慈センパイのおかげでやっとわかったというか、パズルのピースがぱちって合ったというか」
「あはは、えっとじゃあ」
「はい!あたしとお付き合いしてください!」
「うん、よろしくね花帆ちゃん……えへへ」
これであたしの悩みも解決、そしてこんなに素敵な恋人までできた。
まだ十数年の短い人生の中で今この瞬間が最も幸せな瞬間なのかもしれない。
さて、誰かが来る前にこのぐずぐずの顔をどうにかしないと。せっかくの機会なんだから慈センパイに軽くメイクでもしてもらおうか。
「おいっすー!」
「おはようございま……あれ、お二人とも早いですね」
あれこれ考えていると瑠璃乃ちゃんとさやかちゃんが部室へ入ってくる。しまった、もうこんなに時間が経ってたんだ。
「あ、さ、さやかちゃん!?」
「……あー」
「ルリたちお邪魔だった?」
目を赤く泣き腫らしたあたし。制服をあたしの涙と鼻水でびしょびしょに濡らした慈センパイ。
そしてあたしの目以上に真っ赤な顔の二人。
なにかを察したさやかちゃんと瑠璃乃ちゃんに引きずられて、顔に疑問符を浮かべている梢センパイとニコニコな綴理センパイが部室から出ていく。
「どうしましょう、なんて言えばいいのかな……」
「んー、まあなんとかなるっしょ」
「適当すぎませんか?」
「だいじょーぶ!」
クラブのみんなになんて言おう、ファンの人たちにバレないように、そもそも女の子同士で、そんなことを考えるあたしをよそに慈センパイは余裕の顔。
「でもぉ……」
「私と花帆ちゃんなら!大丈夫!」
「だって、愛し合う二人は無敵なんだからね♡」
引用元:https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/anime/11177/1707055530/
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