【SS】ヘンな先輩との蓮ノ空の日々
花帆「そんなのしょっちゅうだよ~。吟子ちゃんってあたしより体力あるしさぁ」
さやか「ですよね。教えていると今まで気が付かなかった自分の欠点が見えてきて、まだまだ精進しなきゃな、って気分になるんです」
花帆「真面目だなぁ、さやかちゃん」
さやか「当然のことです。そうしなければ、後輩も付いてきませんから」
花帆「うわー……先輩適性高いね」
さやか「なんですかその適性──って、あれ?」
花帆「ん、どうしたの?」
吟子「こんにちは。先輩」
花帆「あれ、吟子ちゃん。こんなところで会うなんて珍しいね」
吟子「そりゃ、先輩の教室ですし」
花帆「あ、そっか。それじゃあ、はい、ここの椅子空いてるから座って座って」ササッ
吟子「ありがと」ポスッ
花帆「ん、なになに?」
さやか「ナチュラルに百生さんを着席させましたけど、百生さんは何か用事があってここへ来たんじゃないですか? 和んでる暇じゃないような……」
花帆「ふむふむ。だ、そうですが、どうなんですか、中継の吟子さん」
吟子「私、アナウンサーじゃないんだけど。ここに来たのは、先輩とお話に来たの」
花帆「なるほどね。じゃあ、お話しよっか!」
吟子「うん。えっと……先輩って、どんな刺繍が好き──」
さやか「いやいや、ちょっと待ってください」
吟子「はぁ。何ですか、村野先輩」
さやか「あぁ、はい。差し出がましい横やりかもしれませんけど、わざわざ先輩の教室まで来て雑談って……しかも、授業の合間の小休憩ですよ、今。昼休みならまだしも……」
吟子「え。何かヘンなんですか。先輩の教室に来てお喋りするのって」
吟子「むっ、花帆先輩。私に嘘を吹き込んだんですか? 別の教室にいる友達に会いに行くのはおかしなことじゃないって言ってたのに」
花帆「そんな、人聞きの悪い。さやかちゃん、これは別におかしなことじゃないんだよ」
さやか「えぇ。抗弁の余地があるんですか、これ」
花帆「だってさ、あたしと吟子ちゃんは先輩である前に友達なんだよ。ね?」
吟子「うん、まぁ。完全に承服したわけじゃないけど、概ね友達、だと思う」
花帆「なら、授業の合間に仲の良い友達とお喋りしに行くって、そんなにおかしなことかな?」
さやか「それは、まぁ、確かに。そこだけ切り取れば、不自然な点はない、ですけど……」
花帆「ほら吟子ちゃん。別にヘンじゃなかったでしょ?」
吟子「うん。そうみたい。すみません先輩。嘘なんて言っちゃって」ペコ
花帆「あはは。頭上げてよ。別に気にしてないから」
吟子「うん……ありがと」ニコッ
さやか「まぁ、二人が幸せなら、それでいいのかな……」
吟子「ほんと、あっという間だった。じゃあまた、花帆先輩、村野先輩」
花帆「またね~」フリフリ
さやか「はい、また……」
吟子「あっ、そうだ」ピタッ
さやか「ん? 何か忘れ物ですか?」
吟子「はい。えっと、花帆先輩。現国の教科書って、今日使いますか?」
花帆「現国? さっきの授業がそうだったから、今日は使わないよ」
吟子「実は、今日私忘れちゃって。できれば貸して欲しいんだけど……」
花帆「もちろん! はいどうぞ!」スッ
吟子「ありがとう……」ジッ…
花帆「?」
花帆「どうしたの? ジッと見つめて」
吟子「あ、いや……。教科書を借りるのって、友達っぽくて……。ちょっと、いいなって」
花帆「えへへ。ぽいじゃなくて、あたしたちは友達同士でしょ。これからも遠慮しなくていいからね」
吟子「うん……」ギュッ…
花帆「教科書に落書きとかしないでね?」
吟子「せ、せんよそんなこと……。じゃあ、教室に戻るから……」
花帆「うん! またお昼会おうねー!」フリフリ
さやか「……あの、花帆さん」
花帆「ん、なになに?」
さやか「どうして一年生の現国の教科書を、あなたが持ってるんですか……?」
花帆「え……? あっ(察し)」
さやか「今日の現国が自習でよかったですね……。でも次の数学では……」
花帆「あ、あはは……。数学も、一年生の奴だ」
さやか「もう、仕方のない人ですね。ほら、机くっつけて。教科書見せてあげますから」
花帆「やった! ありがとさやかちゃん! 持つべき者は親友だね!」ニコニコ
さやか「調子がいいんですから、もう……」
花帆「えへへ」
花帆「お昼にお花見なんて、贅沢ですよねぇ」
梢「そうねぇ。敷地が広く、園芸に余念のない蓮ノ空だからこそ楽しめる特色ね」
吟子「その、お弁当は持ってこなくてもいいってことだったんですが……」
梢「ええ。食事の用意は私と花帆で行ったわ。一年生歓迎会の、軽い前祝いかしらね。だから存分に味わってちょうだい」
吟子「はぁ……。施しをただ受けるだけって、なんだか恐縮です」
花帆「硬いなー、吟子ちゃん。もっと軽く考えていいんだよ」
吟子「すみません。慣れてなくて」
花帆「そっかぁ。まぁ、徐々に図々しくなってくれればいいからね」
吟子「それは違う気がする」
吟子「とは言っても……。私、余り人付き合いが得意な方では……いや、ハッキリ言って苦手なので……」
花帆「そかそか。でも安心して! 人によって得意なことは違うから! それに、ね? 梢センパイ!」
梢「え? 突然なに?」
花帆「ほら! ここであの名言ですよ!」
梢「め、名言……?」
吟子「……?」
花帆「ほらあの、得意になる途中~、って奴ですよ」コソコソ
梢「え、えぇ? あれは名言というか、心掛けとかそういう──」
花帆「いいじゃないですか! あたし、梢センパイのそういうところが大好きなんです! 恥ずかしがらないで見せてください! 梢センパイの素敵なところ!」
梢「か、花帆ぉ……。恥ずかしいわ……」テレテレ
吟子「はぁ。いったい何?」
花帆「梢センパイのちょっといいとこ見てみたい!」パンパン
吟子「梢先輩のちょっといいとこ見てみたい」パンパン
梢「花帆!? 吟子さん!?」
花帆「いいね吟子ちゃん、その調子だよ! 梢センパイのちょっといいとこ見てみたい!」パンパン
吟子「なんかお花見っぽい。間違えてる気がするけど。梢先輩のちょっといいとこ見てみたい」パンパン
梢「う、うぅ……。わ、わかったから。わかりましたから、一旦そのコール、やめて貰えるかしら」
花帆「わーい! じゃあ梢センパイ! よろしくお願いします!」
梢「ええ。それでは乙宗梢、吟じさせていただきます。ごほん」
吟子「吟じる……?」ポカーン
梢「わた~くしぃ~に~、にがてな~ことなんて~ない~わ~。これ~は~、とくいになぁ~るぅ~、とちゅうなの~よ~」
吟子「……っ!」
梢「乙宗梢、吟じさせていただきました。ご清聴、誠に感謝致します」ペコリ
梢「うふふ。ありがとう、花帆。吟子さんは、どうだったかしら」
吟子「は、はい。節回しは雅で上品だったのに、端々に力強さを感じさせる歌声で……
深く、心に染み入りました……」
梢「あら、ありがとう。吟子さんって、とても褒め上手なのね」クスッ
吟子「い、いえっ! 本当に感服しました! 梢先輩のストイックさのルーツが垣間見えた気がします」
花帆「ねね、梢センパイって、素敵な人でしょ?」
吟子「うん。花帆先輩から再三、嫌になるってくらい、耳にタコがフジツボの大群くらいできるほど聞かされてたけど、本当に尊敬できる人だった」
梢「か、花帆ったら、そんなに私のことを吟子さんに……」
花帆「じゃあ、他にも聞きたくない? 梢センパイの名言」
吟子「他にもあるんだ。うん。聞きたい。これからの人生の指標になるかもだし」
花帆「ふっふっふ、殊勝な態度で花帆は満足です。それじゃあまずは、梢センパイ創世記第一章第一節からの引用で──」
吟子「ふむふむ」
梢「ふ、二人共! 褒めてくれるのは嬉しいけれど! 恥ずかしくて死んじゃいそうだからもうやめてちょうだい!」
花帆「ラウンジのメニューもね、美味しいのいっぱいあるんだよ!」
吟子「へぇ。あ、種類豊富……」ペラ
花帆「そうなんだよ! 美味しそうなものがいっぱいあって困っちゃうよね~」
吟子「うーん……。先輩のおすすめはどれ?」
花帆「あたしはこのハントンライスかな。こっちに来てから知ったんだけど、今じゃもう大好物です!」
吟子「ふーん……。じゃあ、それにしようかな。食べたことはあるけど、学食のは味付けも違うだろうし」
花帆「じゃあ決まりね! あたしは金沢カレーにしよっと。スタミナ付けたいしね」
吟子「そっちも美味しそう……」
花帆「じゃあ、あたしのちょっとあげるよ!」
吟子「え、いいの?」
花帆「美味しいものはシェアした方が楽しいし嬉しいからね!」
吟子「シェア……。なんかそれ、すごく友達っぽいやん」ボソッ
花帆「何か言った?」
吟子「あ、何でもないです。えっと、食券はどこで……」
花帆「こっちだよ。一から説明してあげるね。まずはこの券売機で──」
花帆「うわー! いつにも増しておいしそー! 金沢カレーはカツにソースが掛かってるのが特徴だよねー」
吟子「こっちのハントンライスも見た目はすごく美味しそうです」
花帆「じゃ、冷めるのもアレだし食べよっか。いただきます!」パン
吟子「いただきます。ん……あ、美味しい」モグモグ
花帆「はー……カレー、好きだなあたし。毎日カレーでもいいかも……」
吟子「……ふぅん、いい顔して食べるんやね」チラッ
花帆「ん? あたしの顔に何か付いてる?」キョトン
吟子「あ、いや……。そっちのカレーも、美味しそうだなって」
花帆「うん! すごく美味しいよ! あ、シェアするんだったね。じゃあ、はい! あ~んして!」スッ
吟子「……は?」ピタッ
吟子「どうしたもこうしたも、人の目がある場所であーんとか、大丈夫? 先輩」
花帆「あたりきしゃりきの車引きだよ。別にあ~んくらい、友達なら普通だよ?」
吟子「え、そうなん?」
花帆「うん。ほら、テレビとかで見たことない? スイーツをシェアしてる食事シーンとか」
吟子「うん。お昼の番組とかで見たことある」
花帆「でしょ? お昼の番組で放送するくらいシェアは常道。じゃあ最も手っ取り早く、友達とシェアする方法はなんでしょーか!」
吟子「それは……あっ、食べさせる、か」ピキーン
花帆「うんうん! 小皿に取り分けるとかもあるけど、あ~んが一番理に適ってるからね」
吟子「そっか……。知らなかった。あ~んって、恋人同士しかやらないものだと思ってた」
花帆「ふっふっふ。日本は進んでるんだよ吟子ちゃん。ほら、あそこ見て」スッ
吟子「?」チラッ
綴理「うん。もぐもぐ」
さやか「きちんと咀嚼してくださいね。早食いはいいことないんですから」
綴理「もぐもぐ……。さや、今日の唐揚げも絶品だ」
さやか「ふふっ。ありがとうございます。ささ、今日は自信作がたくさんあるんです。いっぱい食べてくださいね」
綴理「うん。お腹ぺっこぺこだ」
花帆「──ね?」
吟子「本当だ。常識人の村野先輩がしているなら、本当に社会常識なんだ。疑っちゃってごめん先輩」
花帆「いいって。誰だって先入観とかあるから。それよりほら、カレー冷めちゃうから食べて食べて」スッ
吟子「う、うん。んぁ……あむ」
花帆「ふふっ、美味しい?」ニッコニコ
吟子「うん……。美味しい」
花帆「あれ? なんだかちょっと顔赤くない?」
吟子「き、気のせい。あんま見んといて」ササッ
花帆「そう? じゃあ吟子ちゃん。次はそっちのハントンライスが食べたいな」
吟子「あ、うん。って、私が食べさせる感じ……?」
吟子「う……。やるのは流石に……恥ずい……」
花帆「恥ずかしがってちゃ食は進まないよ? 美味しいんだから、熱いうちに食べようよ」
吟子「でも……さっきまで恋人同士がやるものって思ってたんやもん。すぐに認識を改めろって言われても……」
花帆「吟子ちゃん」キリッ
吟子「……な、なに」
花帆「この世にね、苦手なことなんてないんだよ」
吟子「……っ!」ガタッ
花帆「遍く全ては一様に、得意になる途中。それが、世の真理。銀河の摂理なんだよ。梢センパイ大明神大御神大僧正の言葉を思い出して」
吟子「……うん。わかった先輩。私、がんばってみる」グッ
花帆「その意気だよ吟子ちゃん!」
吟子「ふぅ……。えと、掬う量はこれくらい、かな。それで、落とさないように相手の方に向けて……」
吟子「じゃあ、入れる、から……お口広げて」スッ
花帆「うん。あー……」
吟子「よい、しょ……入い、った……?」
花帆「もぐもぐ……えへへ」
吟子「な、なんやの。突然笑いだして」
花帆「いや~、あはは。後輩ちゃんに食べさせて貰えるなんて、あたしって幸せ者だなーって思って」
吟子「も、もうっ。変なこと言わんといてよ……恥ずかしい……」
吟子「えっ、おかわり? 先輩って、食いしん坊なんだね……」ジト…
花帆「いいじゃんいいじゃん! さっきは幸せ過ぎて味がよくわかんなかったの!」
吟子「……わかった。じゃあ、ほら、はい」スッ
花帆「ありがと! ん、もぐもぐ……美味しいね!」ニコッ
吟子「そうですか、よかったですね……。もう、ほんとにヘンな人……」クスッ
花帆「じゃあお返しに、カレーどーぞ!」スッ
吟子「……うん。あむ、もぐもぐ」
花帆「美味しい?」
吟子「うん、美味しい」
花帆「そっかそっか。それが一番だよ」
吟子「うん……。幸せ、かも。あ、いや、なんでもない」
花帆「うん? あ、そうだ! あのね、ここの食堂は他にもね──」
吟子「え? おいちーって、最高学年の先輩が言ってるの──」
さやか「あの、百生さん」タタタッ
吟子「あ、村野先輩。なんですか?」
さやか「えっと、公衆の目があるところで、ああいうことは控えた方がいいですよ」
吟子「?」キョトン
吟子「ああいうことって、なんですか?」
さやか「その、食べさせ合い、です」
吟子「……え」ピタッ
さやか「俗に言う、あ~ん、ですね」
吟子「え、ま、待って待って。友達同士なら、別に普通のことなんじゃないんですか……? それに、村野先輩も夕霧先輩にしてましたよね?」
さやか「はい。ですが、わたしが綴理先輩にしているのはあ~んとは、ひな鳥にあげる餌付けに近いんです」
綴理「ボクなんなの」
吟子「は、え、う、嘘……」プルプル
さやか「友達同士では確かに普通のことですが、もっとこう……スッキリしてるっていうか、カラッとしてるんですよね。でも、あなた方のは少し……しっとりしている、というか……」
吟子「し、しっとりぃ……!?」ガビーン
さやか「はい。なので、風紀を乱す可能性があるので、食べさせ合いをするとしても、衆目を集める場ではしないことをおすすめします」
吟子「しゅ、衆目、集めてたん……?」
さやか「はい。そりゃもう。皆さん口に手を当てながら、黄色い歓声を抑えながら見ていましたよ」
吟子「……ほ」
さやか「え?」
吟子「花帆先輩の、あほぉ!!! あ~、もう……ほんと恥ずい……。あの人といると調子狂うわ……」
吟子「なんですか……」
さやか「これはですね、誰でもそうなるんです」
吟子「先輩もそう、だったんですか?」
さやか「はい。わたしもそーなの、です」
吟子「そっか……」
さやか「ですが、花帆さんも悪気があってやってるわけじゃありません。単純に、あなたともっと仲良くなりたい。ただそれだけなんです」
吟子「それは、わかってますけど……」
さやか「わかってはいても、ですよね。ええ、わかります。色々苦労がありますよね」
吟子「村野先輩……」
綴理「あ、かほ来た。やっほー」
花帆「やっほーです、綴理先輩。ごめんね吟子ちゃん、お手洗い混んでて遅れちゃった」
吟子「いえ、大丈夫です。村野先輩と喋ってたので」
花帆「そうなんだ。どんな話してたの?」
さやか「ふふっ。あのですね花帆さん。わたしたち、仲良くなれそうだって話をしていたんですよ。ね、百生さん」
吟子「え、あ……うん」コクリ
花帆「え、えー! いつの間に二人の仲が深まってたの!? どんなトリック使ったのさやかちゃん!」
さやか「種も仕掛けもありませんよ」
花帆「えー? もったいぶらずに教えてよー!」
吟子「……」
綴理「さやもね」
吟子「え、あ、はい」ピクッ
綴理「さやも、最初はかちんこちんの冷凍マグロだったけど、今はふわふわの肉まんにもなれるんだ」
吟子「……え?」
綴理「だから、キミも心配しなくていい。蓮ノ空にいれば、立派なピザまんになれるよ」
吟子「それは……どういう──」
さやか「もしかすれば、スリーズブーケからDOLLCHESTRAに移籍、なんて話もあるかもしれませんね」
花帆「えぇー!? そんなー!!! 入部させるまで苦労したのにー!」
さやか「ふふっ、冗談ですよ。奪ったりしません。あなたの大事な後輩なんですから」
花帆「そ、そっかぁ……。よかったぁ……」ホッ
綴理「うん」コクリ
吟子「私、立派なピザまんを目指して頑張ってみます」
吟子「……あの、これで合ってますか?」
綴理「百点満点だ」パチパチパチ
花帆「あー! 今度は綴理先輩と仲良くしてるー! 吟子ちゃん吟子ちゃん! こっち来て!」
吟子「もう、なんなんですか。忙しないなぁ、もう……ふふっ」
花帆「吟子ちゃんはスクールアイドルクラブの後輩だけど、あたしの後輩なんだからね!」
吟子「はいはい。分かってますよ、花帆先輩」
吟子「ほんと……ヘンな人」
吟子「でも……悪い人じゃない、よね?」
おしまい
原作のリーク定期
勘違いならゴメン
それはそれとしてかほぎんの食べさせ合いっこ見たすぎる…
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