【SS】花帆「川獺隠し?」【ラブライブ!蓮ノ空】
梢「ええ。次の曲はスリーズブーケもDOLLCHESTRAも……一緒にステージに立つの。同じ蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブとしてね」
花帆「すっごく素敵です!そっか~、さやかちゃんとも一緒に踊れるんだ。あたし、ずーっと皆でステージに立ちたいって思ってたんです!」
梢「私もよ。そして……はい。花帆さんにはこれ」
花帆「これは……帽子?ペレー帽?」
花帆「可愛い~!最高に可愛いです!梢センパイとおそろいだ~!」
梢「ええ。とっても良く似合ってるわ。後は細かな調整をすればいいわね」
花帆「わぁ~!あっあの!この帽子、もうちょっとだけ被ってても良いですか?」
梢「ふふ、良いわよ。でもまだちゃんと完成してはいないから、縫い目には気を付けてね」
花帆「はい!」
花帆「さやかちゃんにも自慢しちゃお!あ、でもDOLLCHESTRAもおそろいにするのかな?」
花帆「でも、本当に可愛いなぁ。これ被って踊るのが楽しみだよ~。……あ!さやかちゃん!綴理センパイ!」
さやか「花帆さん。どうかしましたか?」
花帆「えへへ~。さやかちゃ~ん」
さやか「な、なんですか…?」
綴理「かほ、その帽子…可愛いね」
さやか「確かに、そうですね。シックな雰囲気で……花帆さんと丁度マッチしてると思いますよ」
さやか「花帆さん、ちょっと気持ち悪いですよ…?」
花帆「えっ!?さやかちゃんひどーい!」
さやか「はぁ……それで、そろそろ教えてください。どうしたんです?それ」
花帆「えっとね、梢センパイが作ってくれたの!あたしたちの新しい衣装なんだ~!」
さやか「あぁ、全員で踊る曲の衣装ですね。ということは……その帽子がスリーズブーケのワンポイントってことですか?」
花帆「うん!梢センパイとおそろい!」
さやか「ふふっ、良かったですね」
綴理「……ボクもさやとおそろいだよ?」
さやか「綴理先輩、対抗心出さなくていいですから……」
花帆「これ、ずーっと被ってたいなぁ。蓮ノ空って意外とアクセサリーとか許されてるし、授業中付けてても案外バレないんじゃない?」
花帆「なんて、流石に帽子は駄目かな……」
ビュウゥゥゥ!
花帆「きゃっ!」
花帆「あっ…帽子が!」
花帆「どうしよ……フェンスの奥に飛んでっちゃった。梢センパイから貰った大切な衣装なのに……」
花帆「よ、よーし…」ゴクリ
花帆「ちょっとだけ……前みたいに山に出ちゃっても、すぐ戻れば大丈夫だよね!」
花帆「あっ!見つけた!あんなところに……斜面、っていうかほとんど崖のところだけど、取れるかな…」
花帆「うぅ~ん……もう、ちょっと……やった!」
花帆「あっ…」ズルッ
花帆「きゃあぁぁ!?」
花帆「でも……結構滑り落ちちゃった。怪我はしてないけど、制服も結構汚れてるし…っていうかここ、どこだろう……?」
花帆「木のせいで暗くて、方向もよくわかんないや……学校って、どっちの方向だっけ?」
花帆「スマホは……電波が届いてない!?学校は通じてるのに、なんでちょっと外に出ただけで切れちゃうの~?」
花帆「滑り落ちてきたここをまた登ってくのは……流石に無理だよね。となると、大回りしなきゃだけど……取り敢えず上の方に行けば大丈夫かなぁ。なんとかして早く戻らないと!」
花帆「いつまで経っても学校に着かないよ~!」
花帆「もう、どこなのここ!?梢センパ~イ!さやかちゃ~ん!綴理センパ~イ!助けてぇ~!」
花帆「……はぁ。騒いでもしょうがないかぁ。このくらい、梢センパイのトレーニングに比べたら……!」
花帆「ん?あそこにあるの……川?」
花帆「やっぱり!綺麗な小川~!透き通ってて、そんなに深くなさそう?……そうだ!飲めはしないと思うけど、手を洗う位はできるよね。さっき滑り落ちた時に土とか付いちゃったし、このままじゃ大事な帽子が汚れちゃうもん」
花帆「夏休みになったら、スクールアイドルクラブのみんなで海に行ったりとかもしたいなぁ。他にも……キャンプとか、花火とか?楽しみ~!」
花帆「よし。色々考えてたら元気が湧いてきた!もうちょっと頑張るぞ~。あんまり遅いとみんな心配しちゃうからね!」
花帆「でも、このまま闇雲に歩き続けても辿り着ける気がしないや。あたし……最悪このまま、山の中で遭難しちゃうんじゃ……」
花帆「……あれ?」
??「……」
花帆「誰かいる……こんな山奥なのに。行ってみよう」
花帆「おーい!そこの人~!」
??「……」
花帆「はぁ、はぁ……わ、綺麗な人。あのっ、蓮女のセンパイ?ですよね!」
??「……カワヤ」
花帆「え?あ、あたし蓮ノ空女学院一年の、日野下花帆っていいます!道がわからなくて困ってたんですけど、わかりますか?」
??「……」
花帆「あの……?」
??「ヒナ、シャ……カァハ……」
花帆「へ?」
??「……」ダッ
花帆「あっ、ちょっと!?どこ行くの!?待ってくださ~い!」
花帆「はぁ、はぁ、はぁ……あれ?どうしよう、見えなくなっちゃった」
花帆「それに……ここ、どこだろう……」
シーン…
花帆「木がたくさん繁ってて、来た方向もわかんないや……さっきのセンパイ?もどこに行ったのかわかんないし、なんか暗くなってきた気もする……」
花帆「ちょっとだけ、座って休憩しよう」
花帆「……はぁ…。あたし、これからどうなっちゃうのかな」
花帆「もう練習の時間、とっくに過ぎてるよね。梢センパイ、怒ってるかなぁ……サボってた訳じゃないんですよぉ……って、似たようなものかなぁ」
花帆「センパイに衣装貰って舞い上がって、さやかちゃんたちに自慢して……調子に乗ってこんなことになるなんて。あたし、ダメダメなところ全然治ってなかったんだ……」
花帆「こんなんじゃ、梢センパイにも失望されちゃうよ」
花帆「うぅ~、ぐすっ……梢センパイ……」
花帆「このままじゃ気分が落ち込む一方だよ……な、なんとかして雰囲気を……そうだっ」
~♪
花帆「あたしたちの曲で、少しでも元気を出そう。スマホに入れておいて良かったよ。……あたしと梢センパイが、最初に歌った曲だもんね」
花帆(スクールアイドルをやってると、時々辛いこともある。でも、この曲を聴くと……また頑張ろうって思えてくる。あたしがスクールアイドルになった……最初の曲)
花帆(だんだん、梢センパイが隣にいてくれるみたいな……そんな気がしてくる。心があったかくなれる。スクールアイドルにはきっと……そんな力がある)
花帆「いつまでもくよくよしてちゃ駄目だ!絶対、自分の足で帰ってやる!」
花帆「えっと……まず、あたしが落ちたところが校舎の影で日陰になってたから……北?東?かなぁ」
花帆「だいたいこっちの方角に走ってきて、それで、今太陽が……太陽どこ?木が邪魔で見えない~!」
花帆「あ、あっちか。そしたら……考えろ~、あたし。高校受験で猛勉強したのを思い出せ~!」
花帆「太陽の方向……登りになってるし、あっちかな。山は迷ったら登れって言うし……よ~し!行くぞ~!
花帆「山道歩くのって、結構キツいや……普段のランニングが恋しい……」
花帆「っていうかここは……道!しかも鋪装されてる……!あっ、ここって、もしかして学校の正門から通ってる道!?」
花帆「じ、じゃあここを登っていけば……!」
花帆「さっすがあたし!やればできるじゃん!時間かかった割に、そこまで日も落ちてなくない?早かった?」
花帆「……って、こんなことしてる場合じゃないや。早く梢センパイのところに行かないと…!怒ってるかなぁ…怒ってるよねぇ。地獄のフルコースは覚悟しなきゃ…」ゴクリ
花帆「あっ、いた!丁度いいところに!梢センパ~イ!」
梢「えっ……か、花帆さん?」
花帆「梢センパイ、あっ、あの……」
梢「ほ、本当に……花帆さんなの?嘘じゃないわよね…?」
梢「良かった…!花帆さん!無事で、本当に…!」ギュッ
花帆「わ、わ、どうしたんですか!?」
梢「どうしたじゃないでしょう!貴女、自分がどれだけ心配かけたと思ってるの!?」
花帆「し、心配…?あの、練習遅れたことはごめんなさい……ですけど、そんなに驚かなくても?」
梢「何言ってるの!貴女、昨日の放課後から一日……寮にも帰らずに、どこに行ってたの!?」
花帆「……え?」
花帆「えっと、あの……」
梢「でも、本当に……貴女に何かあったらと思ったら、私……おかしくなってしまいそうでッ」
花帆「あの、梢センパイ!あたし……本当に一日いなかったんですか?」
梢「そ、そうでしょう…?学校中探してもいなかったから、山の中に行ってしまったのだと……」
花帆「センパイ、あたしの話、ちょっとだけ聞いてくれませんか?」
花帆「そ、そうじゃなくて!あたしが山で迷ってたのって……ほんの一、二時間ですよ?」
梢「えっ……な、何を言っているの?」
花帆「あたし……山で迷って、結構歩いたんですけど……絶対、夜になる前に帰ってこれました。鬱蒼として薄暗かったですけど、ずっと日は出てましたし……」
梢「そんな、まさか……?」
さやか「乙宗先輩~!先生方からはまだ……って、花帆さん!?」
綴理「かほ?……ほんとだ」
花帆「あっ、さやかちゃん、綴理センパイ!」
花帆「そ、それは……」
さやか「学校中大騒ぎですよ!花帆さんが山で遭難したって!わたしも、心配で……うぅ…」
花帆「な、泣かないで!ごめん、ごめんね!」
さやか「泣いてません……」
花帆「えっと、流石にそれは…」
綴理「かほがいなくて…寂しかった。こずもさやも……ボクも、不安だったんだ」
花帆「綴理センパイ……はい。ごめんなさい。さやかちゃんも、ごめんね?」
さやか「許しません……」
花帆「さやかちゃ~ん!」
花帆(梢センパイたちだけじゃなく、友達にもたくさんの心配をかけたみたいで……みんなあたしを叱ってくれたけど、同時に喜んでいた)
花帆「ふー……梢センパイの紅茶、おいしいです」
梢「ずっと歩きっぱなしだったみたいね。温かいものは緊張も解れるし、ゆっくり飲んでね」
花帆「……梢センパイ。その、聞いてもいいですか?」
梢「…………なにかしら」
梢「……」
花帆「あの話……先生に言っても、絶対変な言い訳だって言われると思ってたんですけど……何人かの先生はすごく真面目に聞いてくれました。それも、逆に納得してたみたいで」
花帆「あたしに、何があったんですか?梢センパイは…何かわかるんじゃないですか?」
梢「……そうね。今日のことは、伝えておかないと花帆さんもすっきりしないでしょう」
花帆「カワウソ?カワウソってあのカワウソですよね?蓮ノ空でも飼ってる…」
梢「ええ。花帆さんが怪物と間違えた、あのカワウソよ」
花帆「そ、それは忘れてください~!」
梢「ふふっ。でも…花帆さんが間違えたのも、ある意味で当然なの」
花帆「え?どういうことですか?」
梢「そうねえ……まず、川獺は何故川獺と言うか知ってる?」
花帆「ええっと……カワの、ウソ?」
梢「正解よ」
花帆「なんて、あはは……ええっ!?」
花帆「じゃあ、川の恐ろしいもの…?」
梢「そう。川獺はね、昔は妖怪として扱われていたのよ」
花帆「よ、妖怪ですか?」
梢「“ヲソ”は得体の知れない…不気味な怖さを与える存在を意味してるから、名前がそのまま妖怪になった典型的な例ね」
梢「他にも…“襲”とか“嘘(嘯く)”にも通じるわ。いずれにせよ、人を恐れさせるものの象徴ね」
花帆「へぇ……」
梢「言うなれば……狐とか狸とか、鼬にも近いかしら。三重の方の『狐七化け、狸八化け、貂(テン・むじな)の九化け、やれ恐ろしや』というのは有名ね。日本書紀でも狢が人に化けるなんて記述もあったし……同じように、川獺も人を化かす妖怪として、石川県や広島県に伝わっているわ」
梢「確かに、『お化け』なんて言うもの。妖怪は基本的に変身するものばかりよね。そうねえ……一番説得力のあるのは、日本人の宗教思想かしら」
花帆「し、宗教の話!?」
梢「神道とか、日本は自然信仰が根強いでしょう?神秘的な、普通じゃありえない……科学じゃなければ理解できないようなものに、日本人は“神性”や“畏れ”を見出すの。特に、妖怪は不可解な自然現象に見出されることが多いわ」
梢「代表的なのは、蜃気楼や鎌鼬ね」
花帆「それ、聞いたことあります。確か理科の教科書に載ってたっけ…」
梢「有名だものね。どちらも自然現象ではあるけれど、動物の妖怪としても定着しているわ」
梢「昔の人はわからない現象をなんとか説明しようとして……それを起こした原因がいるはず、と考えたの」
花帆「それが妖怪、なんですね!」
花帆「そうだったんだ……」
花帆「あっ。でも、なんでカワウソも妖怪扱いなんですか?あんなに可愛いのに……そりゃあイタチとかにも似てますけど、それだけで?」
梢「一番はカワウソの生態のせいね。カワウソって、採った魚を岸辺に並べることがあるのよ。」
花帆「そうなんですか?なんだか人みたい…」
梢「そうね。『人みたい』なのよ」
花帆「へ?」
梢「人が神様への供物として祀っているみたいに、川獺も魚を並べている……動物がそんなことをしてるのを見たら、花帆さんならどう思うかしら?」
花帆「えーっと……可愛いけど、ちょっと不気味ですね……食べないのかな、って」
花帆「あっ…だからカワウソも化かしてくるかも!ってことなんですね」
梢「良くできました。獺祭魚、とか獺魚を祭る、なんて言われるこの習性のせいもあって、川獺は妖怪として畏怖されるようになったみたいね」
花帆「なるほど~。……あれ?でもその話とあたしが遭難したことって、なんの繋がりがあるんですか?」
梢「あら、まだわからないかしら?花帆さんも、川獺に化かされてたのよ」
花帆「えぇ~!?」
花帆「でもそんな、まさか……えぇ?嘘ですよね、梢センパイ!?」
梢「川獺よ?」
花帆「そういうことじゃなくて~!」
梢「ふふ、ごめんなさいね」
花帆「はい……あたし、今でもあんまり実感湧いてないですよ。ついさっきが昨日だったなんて」
梢「人が唐突にいなくなる……そして、気づいたら帰ってきている。更に、本人と周りの意識が違う。これは、典型的な神隠しの例と言えるわ」
花帆「神隠し……でもそれって神様がやるんじゃないんですか?なのに川獺って…」
梢「神隠しが神様の仕業とは限らないのよ。天狗の仕業だったり、狐が連れ去ったとするところもあるの。例えば天狗は元々妖怪だけど、山岳信仰と習合して山の神性として崇められることが多いわ」
花帆「あ、長野にも飯縄権現っていう天狗の神様がいました!……でも、そういうのって山自体も有名ですよね。愛宕山とか?」
梢「そうね。山への信仰がそのまま天狗に繋がってると言えるかしら」
梢「厳密に言うと狐は遣いであって、神様ではないの。伏見稲荷神社みたいな大きなところだと、明確に否定されてるわね」
花帆「えっ、神様じゃないんですか!?」
梢「ええ。稲荷神は狐を従えてるだけで、本当は穀物の神様なの。更に言えば、『お稲荷さん』は他にも……宇迦之御魂神や荼吉尼天のような、色々な神様が合わさって一種の神様だと認識されているのよ。どれも基本的に女性神で、農耕神の側面があるのが特徴ね」
梢「ごめんなさい、少し話が逸れちゃったわね。今大切なのは、天狗も狐も……日本人のある意味柔軟な信仰心によって変化が起こったということ」
花帆「狐も、信仰としては神様の一部ってことですね」
梢「そうね。だから神隠しも、狐の仕業と考えられている地域が多いというのは事実よ」
梢「そこで更に考えてみましょう。狐が神隠しをするとしたら、どうやってやるかしら?」
花帆「えっと……人に化けて連れて行っちゃう、とか?……あっ!それってあたし!?」
梢「お見事。信仰の中で、神隠しと化ける存在……獣の妖怪は自然な繋がりがあるの。だから、狐の亜種……川獺が神隠し擬きを行うことに不自然はそこまで無いわ」
花帆「でもそれじゃあ、あたしが会った女の人は狐なんじゃ?」
梢「その可能性もあるわね。でも、今回はちゃんと川獺だと断定できるはずよ」
花帆「は、はい。蓮ノ空の制服を着た、年上っぽい方で……」
梢「相手がどんな言葉を発したか、もう一度聞かせてくれる?」
花帆「それは……ほとんど吐息みたいな声で、あんまり聴き取れなかったんですけど……蓮ノ空のセンパイですかって聴いたら『カワイ』って言って……その後に喋った言葉は『ヒナ、シャ、カァハ』だったと思います」
花帆「カワイ…あたしが聞いたのとおんなじだ…」
梢「『カワイ』が“川”に関連しているのか、はたまた別の意味なのかはわからないけれど……概ね伝承通りと言えるわね」
花帆「じゃあ、『ヒナシャカァハ』は?」
梢「川獺との受け答えは『カワイ』の他にも、“誰か”を尋ねると『アラヤ』っていうまた違った回答を得られるの。著書には本来人間なら『オラヤ』と答えると書かれているけれど……こじつけるなら、一人称の“オラ”という説かしら」
梢「これを紐解く鍵は、川獺は何故、意味の分からない言葉を喋る……というよりも、『人の言葉を話せない』か。そして一番単純な推測として……私は、動物だから話せなかったと考えているわ」
梢「落ち着いて。一度お茶を飲みましょう?」
花帆「はい。……うん、おいしいです。全然意識してなかったけど、お話聞いてたら喉乾いちゃってました」
梢「ふふ、お茶は喉を滑らかにするわね。……さて、実はその喉が問題なのよ」
花帆「喉?」
梢「一般的に…獣の喉は構造上、人のような発音はできないとされているわ。例外として、霊長類は脳構造が対応できていないだけで発音自体は可能という研究もあるみたいだけれど」
梢「それに人と猿の袂を分かった最大の要因は喉の変化だ、なんて言う論もあるわね。言語の習得こそが知的生命体への第一歩だと」
花帆「『オラヤ』が喋れなくて、『オラヤ』に……『オ』が言えないのかなぁ」
梢「とても良いところに目をつけたわね。それをもとに、もうひとつの言葉も考えてみて?」
花帆「えっと、『ヒナシャカァハ』のアをオに戻すから……ヒノ、ショ、カォホ……え?もしかして……ヒノシタカホ!?」
梢「それが一番妥当だと、私も思うわ」
花帆「そっかあたしの名前が、上手く言えなかっただけなんだ……」
梢「ええ。……でも、それはとても幸運だったかもしれないわ。花帆さんの無事を分けるくらいに」
花帆「え?」
梢「それは異形のモノ相手でも同じ。だから、相手に名前を教えるということは、自分の存在そのものを相手に委ねることになるの。一種の契約ね」
梢「だから妖怪や神様に対して本名を教えてしまえば、大抵はあちら側の世界に同調してしまう」
花帆「そ、それって……じゃああたしが川獺に、正しい発音で名前を呼ばれていたら……」
梢「…………貴女は、ここに戻ってこられなかったかもしれないわ」
花帆「そ、そんな…!」
梢「そもそも神隠しは事故を人外の仕業にすることで生まれたものだし……川獺の類似とされる河童は、川で溺れてしまう事故の象徴。川獺も、人を『連れ去る』ことは十分考えられるわね」
花帆「あたし、そんな危なかったんだ……」
梢「貴女の天真爛漫なところは本当に美点だけれど……知らない人に対しては、少し疑う心を持った方が良いわね。『疑心、暗鬼を生ず』と言うけれど、適切な疑いは逆に怪異を無力化させることができるから。もちろん、人に対してもね」
花帆「はい……ごめんなさい」
梢「落ち込まないで。そこがわかれば、きっともう大丈夫だから。……さて、私の推測はここまで。少しはスッキリしてもらえたかしら」
花帆「はい。なんとなくは……でも、妖怪と会ってただなんて。他の人に言っても信じてもらえないだろうなぁ…」
梢「なにかしら?」
花帆「あたし……どうして帰ってこれたんでしょうか」
梢「……一般的に迷わせてくる妖怪は、その存在を意識する程……つまりそれについて行ったり、あてにしてりする程迷うと言われているわ」
梢「だから迷わないためにはその逆……自分の意思や、他の人を頼りにすることが大事なの」
花帆「そうだったんだ……あたし、川獺を追いかけて迷って、すごく不安になって……どうしようって思った時、あたしたちの曲を聴いたんです」
梢「曲?スリーズブーケの…?」
花帆「あれは多分……梢センパイが助けてくれたんだと思います。センパイが、あたしを導いてくれた。だから……ありがとうございます」
梢「花帆さん……もしそうなら……私は先輩として役目を、果たせたのかしら」
花帆「はい!絶対!」
梢「花帆さん……私も改めて言うわね。帰ってきてくれて、本当に……ありがとう」
花帆「はい。……あのっ、梢センパイ。これ……」
梢「あら…その帽子……」
花帆「これ、一度お返しします。梢センパイとおそろいの衣装を貰って浮ついて……こんなことになっちゃいましたから」
梢「花帆さん。反省してるかしら?」
花帆「も、もちろんです。もう大事な衣装を粗末に扱ったりしません」
梢「……違うのよ。花帆さん」
花帆「え?」
梢「私は……花帆さんが、自分を大事にしなかったことに怒っているの」
花帆「あたしを…?」
梢「いい?衣装は破れても失くしても、また縫えば済む話よ。けれど貴女が……花帆さんが怪我をしてしまったり、万一のことがあれば……それは取り返しのつかないことなの。この一日で、私や綴理や村野さんがどれだけ心配したか……」
花帆「ごめんなさい……」
梢「本当に、反省してるかしら?」
花帆「は、はいっ」
花帆「わかりました…本当に、すみませんでした」
梢「そしたら……この帽子は私が預かっておくわね。どのみち微調整はしなければいけないし。……でも、花帆さん。これは没収した訳ではないと覚えておいてね」
花帆「どういう、ことですか?」
梢「この帽子は……花帆さんに着けて貰いたくて作ったの。貴女が昨日あんなに喜んでくれて……本当に嬉しかったわ。だから、貴女がまたこれを被りたくなったら、いつでも言って頂戴ね」
花帆「…!はいっ!あたしも……その帽子が似合うスクールアイドルになれるよう、もっと頑張りますから!」