「令安かすみん物語」cι˘σ ᴗ σ˘* 8~9
これは引きこもり時代、ネットの海を西へ東へ泳ぎまわっていた折に、偶然見つけた現代の――正しくは前時代の――都市伝説です。
『別世界に迷い込んでしまった人の前に現れ、元の世界に帰るよう促す』……そんな体験談が、ネット上では散見されていました。
その振る舞いはどこか管理者のようで、不気味な空気を伴いつつも、体験者に明確な危機が迫るわけでもありません。
かすみんとしては、その時同じように知った猿夢や八尺様あたりのほうが恐ろしくて、なかなか寝付けなかった覚えがあります。
というかそちらが怖すぎるのですけども……。
まあそんなわけで、他の強烈な怪異を隠れ蓑に、ほとんど記憶にも残っていなかったのですが。
今回のお話で遭遇する『彼女』は、思い返してみれば、そういう存在だったのかもしれません。
かすみ「――というわけでぇ、かすみんなんと! 運転中なんですよぉ」
かすみ「ふっふっふー。歌って踊れて運転もできるアイドル! そんなのかすみんだけですよね」
かすみ「ほら、見てくださいこのドライビングテクニック……ぶんぶ~ん♪」
かすみ「えへへ~みんな見て『ガリガリガリガリッッッ!!!
あばばばばばばば。
ストップです。ブレーキです。録画も停止です。
やってしまいました。思いっきり車の側面を擦った感触がしました。
事故ってしまいました。
人間、事故ってしまうと慌てるよりも呆然としてしまうようで。
かすみんはハンドルを握った姿勢のまま、しばし沈黙しておりました。
かすみ「……ぷはぁ」
ようやくしぼり出せたのはそんな芝居がかったため息で、それでようやく、ハンドルから手を離せるようになりました。
手汗べっとり、冷や汗もびっしょりです。
なにごとも経験とは言いますけれど、さすがに心臓に悪いです。
寿命が縮んだかと思いました。
ただ、心なしか、シートベルトが果林先輩の豊穣(!)により食い込んでいるようにも見えますが……。
かすみ「………むむ」
児童の教育上よろしくありませんから、運転席から身を乗り出してシートベルトを調整します。やや乱れた髪も整えて……これでよし、と。
車から降りて側面をみてみると、がっつりキズがついていました。メタリックなシルバーが白く削り取られております。
ごめんねお父さん。
スマホを固定してハンドルはちゃんと握っていたとはいえ、録画しながら運転するのはやっぱり失敗だったみたいです。
あとで同好会のみんなにかすみんの新境地を自慢できるのではと期待しちゃったのですが……。
ながら運転、だめ、絶対。
法律というのは、人を守るためにあるのですねぇ。
摩訶不思議な菌によって法曹界どころか世界ごとひっくり返ったこの時代にあっても、ルールが人を守るという事実はやや興味深く思えます。
ながら運転どころか無免許運転なのですけども。
かすみの言い訳を許してください。
そもそも、直線道路でガリガリと側面を削られる何があるというのか。普通の整備された道であれば、まっすぐ走るだけでぶつかるような障害物は存在しないはずです。
実際、家の前の細い道程度ならば問題はなかったのですが……。
ふいと、走り抜けた道を振り返ります。往時はこのあたりの主要な交通網として多用されていた、大きめの国道。自動車がとめどなく行き来していたことは、かすみでも知っています。
例の異変発生その瞬間にも、普段と同じような交通量だったのでしょう。
意識もしくは命を瞬時に奪われた人々は、ハンドルを明後日の方向に回したのか、アクセルを体重のままに踏み込んだのか、今ではわからないですけれど。
結果として道路上には、ぶつかりあった車の塊やら、横転したトラックやら、ひしゃげたバンパーに割れたサイドミラーもあちらこちらに転がっています。
原型もとどめていない歪んだあれは、車の燃えた跡でしょうか。
とにかく、ただまっすぐ走るだけでも何かにぶつかっておかしくないような、そんな惨状でありました。
いや、まあ、そんな惨状ならなおさらながら運転をするべきじゃないというのはごもっともなのですけれども。
かすみんの初ドライブを記録に残さなきゃ! という使命感といいますか、ええ。
少し歩いて、ぶつかったと思われる乗用車をみてみます。それはかすみがぶつけてしまった跡がどれなのかもわからないほど、ボロボロな有様でした。
中には……誰もいません。少なくとも人のようなものは。
ハンドルから座席にかけて、緑のツルが網のように絡まっているので、それが持ち主なのかもしれません。
ごめんなさいと謝って、車に戻ります。
まあ、生き方は人それぞれですからねぇ。冗談でもなく、案外、そういうことかもしれません。
かすみ「ふぅ」
きりがいいので、路上でちょっぴり休憩です。家を出発してから、まだ30分も経っていませんが。
初めてというのもあるでしょうけど、運転って意外と、疲れるんですねぇ。かすみんびっくりです。
最初の目的地である、せつ菜先輩までの距離を改めて確認します。
出発したばかりではありますが、もとからそう離れているわけではありません。都内ですからね。
なので、先の見えない道程とはいっても、さして時間がかかるとは思えないのですが。
かすみ「う~ん、でも、りな子のこのマップって……」
……そうして、スマホをいじって確認していたからか。
背後から近づく気配に、かすみは気づきませんでした。
「おい」
「おい、あんた」
泡の弾けるような、それでいてしわがれた老人のような声でした。
かすみに向けられた声でした、間違えようもなく。
「そう、あんた。そこで何してる」
じりりと半身下がって、声の主を視界にとらえます。視線は、やや下向きに。
目を伏せたわけではありません。声の主が、そこにいるのです。
そう、四本脚で。
「そこをどいてくれ。甲羅がつっかえて、通れないだろう」
そこにいたのは、一匹の大きなカメ。
人語を話す、ゾウガメみたいなカメが、首を伸ばしてもさもさを口を動かしていました。
かすみ「あ、はい」
あ、はい。……退廃したこの時代に、カメに生存を尋ねられ、出てきた言葉がそれ。
いやあの、なにかしらの人外と遭遇するとは思っていましたけれど、とっさの言葉って、緊張感でないものですね。
かすみん女優には向いてないみたいです。
しかしカメて。しゃべるカメて。
ニンジャ・ター○ルズだって人型ですよ?
カメはかすみが生きていることを確認すると、ふん、と鼻を鳴らしました。人のような所作です。
カメ「だったら、どいてくれ。車をどかしてくれ」
かすみ「あ、すみません」
なぜかそれほど恐怖は感じませんでした。カメという外見がわかりやすいからかも知れません。
グルテンさんは意味不明でしたからねぇ。
待ってたよおかえり
楽しみにしてます
カメさんなりの気配りのようです。
かすみ「これで大丈夫ですか?」
カメ「うむ、うむ。これでベンゼン祭に間に合うだろう」
かすみ「はぁ」
なにやらお祭りがあるようです。
カメの集まる祭り……ちょっぴり気になるところですが、深追いはやめておきます。竜宮城だかベネッセ祭だか知りませんが、変な関係を持つ前に別れるのが吉であることは、おとぎ話が証明しています。
かすみん浦島にはなりたくありません。
カメさんは短く別れを告げると、その場で身体を甲羅に収納し、くるくると回り始めます。
かすみ「………」
いや、形容しておいてあれですけれど、なに当たり前のように回転してるんですか。
呆気にとられたかすみを置き去りにして、そのまま、カメさんはしゅるる~っとマリオカ○トの甲羅アイテムよろしく道路を滑走していきました。
ニンジャ・ター○ルズというよりは、ガ○ラだったようです。
それかドラ○エル。
そこそこのスピードで小さく遠ざかっていくカメさんを眺めながら、かすみは小さくつぶやきます。
かすみ「そういうこともあるかぁ……」
結局、そういうことなのでしょう。
このようにして、外に出て初めての人外遭遇は、ともすれば肩透かしにも思えるほど安全に終わりました。
かすみ「あれ?」
運転を再開してからものの数分でしょうか。ほどなく、カメさんに追いついてしまいました。
なんという逆ウサギとカメ……というわけではなく、カメさんは足止めを食っていたのです。
そこにいたのはカメさんだけでなく、もう『一人』。
『彼女』は、行く手を遮るように、道路の真ん中に立っていました。
「そうしたら逃げるでしょ?」
カメ「いや、逃げん。先に進むことを逃げとは言わん」
「だから通っちゃだめなんだって」
カメ「ぐえーっ! 動物虐待!」
行く手を遮るように、というか、彼女はがっつり実力行使でカメさんをその場にとどめていました。
踏みつけで。
かすみ「えぇ……」
絵面にちょっぴり引きます。
かすみ「はぁ」
車から降りて話を聞きます。近くで見ると、彼女はやや年配の女性のようでした。作業着のような服装で、目深に帽子をかぶっているせいか、表情はよくわかりません。
人間なのでしょうか? ちょっと、いやかなり怪しいです。この時代、人の姿をしていることは、人であることの証明たりえません。例の「再編」もあったことですし。
まあ、人かそうでないか自体は些末なことですけれど。
かすみ「この先になにかあったんですか?」
おばさん「んー、うん。ある」
聞いてみるも、答えは歯切れ悪いです。けれども、会話ができそうだという点には安心しました。
カメ「大切な祭りなんだ。ケクレのベンゼン構造論発表から25年を記念したベンゼン祭を模して、有志がほそぼそ続けている裏ベンゼン祭。最近なんだか調子がいいので、今回こそ参加できると意気込んでいたのだ」
カメ「ベンゼンとはそれすなわち亀の甲である。一介のカメとして長いこと参加を待ち望んでいたのだ。だというのに……」
カメ「このババァ! 意固地に通せんぼと来た!」
おばさん「誰がババァか」
カメ「ぐえーっ!」
カメさんの熱心な主張は、けれど一つの暴言で台無しになってしまいました。通行止めされて、思うところもあったのでしょうが……。
場の様相はますます混沌としているような気もしますが、ただの小競り合いのようにも見えなくもありません。
かすみ「あの、見た感じ、先になにか危険なところがあるようには思えないんですけど……」
そう、ひとしきり、女性が通行止めだと主張する道の向こうを眺めてみても、これといった障害は見当たりません。
地割れが起きているわけでも、突発した集落があるわけでもないようで、何事もなく通行できそうな雰囲気です。
どういうことでしょう?
おばさん「時空がつながっているんだよ」
かすみ「……へ??」
聞き間違いでなければ、今そんなステキワードが飛び出したような。
おばさん「別のブレーンワールドとの接点が出来てるから、管理しなくちゃいけないの」
最近、そういうのが多くてさぁ――と、ため息混じりにグチっぽく彼女はつぶやきます。
おばさん「ほんとは男共の仕事なのに、私まで駆り出されちゃった」
ふふ、と自嘲気味に笑う彼女は、どこかヒロインチックな空気をまとっていましたが。
いや、まったくわかりません。
これまた、かすみんの理解の外にあるお話のようでした。
おばさん「あ」
かすみ「あ」
かすみと話していて注意がそれてしまったのか、彼女の拘束からカメさんはすばやく抜け出しました。
そして、回転。こうなってしまえばもう手がつけられません。
カメ「わしは先を急ぐ! 御免!」
風切り音のなかにそんな捨て台詞を飛ばして、カメさんは通行止めという道路を先へと進んでしまいました。
またたく間にすべてが終わっていて、その機敏さはなんというか、カメという概念について考えさせられます。
かすみ「……あの、すみません」
もしかしなくても、かすみが質問したことがきっかけになった気がします。
カメさんはすでに遠く離れていました。女性も追いかけるまではしないようです。
おばさん「まあ、いいか。カメだし」
かすみ「大丈夫なんですか?」
おばさん「日頃の行いが良ければ、あるいは」
それは管理不行き届きどうこうの話ではなく、カメさんの身の安全についての話のようでした。
悪ければ一体どうなるというのか、そこはかとなく恐ろしさが漂っていて、とても聞ける雰囲気ではありません。
カメさんお大事に。
女性はまた話し始めます。
おばさん「ブレーンワールドがつながって混じり合うと、法則が混じり合っちゃう。あり得ることとあり得ないことの境界が曖昧になって、実際、何が起こるかわかったものじゃないんだ」
おばさん「あの日もずいぶん広く混じり合って、その場が溶媒みたいに、命とか心とかを溶かし出してしまった――あなたも、あなたも、あの子もね」
言って、彼女は車に視線を向けます。正確には、車の中の――静謐たる果林先輩を。
おばさん「溶けた後、元に戻ったか、別のものと混じり合ったか、どこかへいってしまったかは、それぞれだけれど」
小難しい話かと思って右耳から左耳へと聞き流していましたけれど、果林先輩を示唆されて呆けてはいられません。
かすみ「今の話はもしかして、この世の中の現状の原因というか、世界の秘密と関係ある話ですか!?」
おばさん「ええ?? ぷふっ、世界の秘密って、そんな大層なもんじゃないよ」
ぱっと熱くなったかすみと対照的に、ケラケラと、彼女は笑います。ぷふって、噴き出されちゃいました。
世界の秘密。自分で口にしておいてあれですけれど、たしかにクサいワードではあります。
恥ずかしいですけど……でも時空だって似たようなものじゃないですか!
おばさん「管理区分が異なれば見え方も異なるというか」
かすみ「はぁ」
いや、やっぱりだめです。ややこしいです。
おばさん「例えばあのカメが固執していたベンゼン構造論の発案者・ケクレは、恩師リービッヒを敬愛しているのだけど、そのリービッヒのこんな言葉を大切にしている――――『細菌と同じように、思想の種子もつねに大気中に充満している』」
おばさん「いわば現実としてそんな状態になったんだ」
かすみ「?? よくわかりませんが、でもそれは、気持ちの話じゃないですか?」
おばさん「その通り」
彼女は続けます。それが真理であるように。
おばさん「それが全てだよ。あらゆる現象、結果は、まず気持ちから生じる」
おばさん「ん? このマップ、現在地ってわけじゃないね」
りな子のマップへの指摘でした。そうなのです。かすみが家を出発しても、かすみと果林先輩のピンは動いていませんでした。
マップが示すのはあくまでも作成時の座標で、みんなが今現在どこにいるのかは定かではない、というわけです。
まあ、この時代に遠出するなんて、勇者かすみん以外にないと思いますけれど。
と思うしかないのですけれど。
おばさん「中にはそれを利用して怪しげな拠点をつくってる輩までいるから、近づかないのが賢明だ」
かすみ「……あの、思い上がりじゃなければ、これ以上ないほど親切にしてもらってるような気がするのですが」
見返りの見通しのない親切というのは、時として不安さえ抱かせます。ただより高いものはない、という言葉は、小学生でさえ教えられているのですから。
そんなかすみの胸中を知ってか知らずか、彼女はなんでもないことのように答えます。
おばさん「理由はかんたん。あなた達が可愛いから」
これもまた、一つの気持ちから生まれた結果というわけだよと、彼女は微笑みました。
言われて、それでもかすみはしばし混乱していたのですが……――その言葉に一切の他意がないことに遅れて気づいて、はっとします。
誰かの優しさに触れたのは、それくらい久しぶりのことなのでした。
女性から聞いた話をちゃんと飲み込めたかどうかは微妙なところですが、それでも不思議なことに、運転席から眺める景色はほんのちょっと違って見えました。
荒れた路上も。
変異した人類も。
……果林先輩にも。
それら不条理極まりないすべての現状に、理由が当てられるだけで、見え方が異なってくるのでした。
まあ、その理由というのが理解困難で、いまいちピンときてないのですが。
それが今後どう役に立つのかも……なので、まずはみんなで集まって相談するのがやはり一番に思えます。
ふと思い立って、果林先輩の手を片手で握りました。もちろん、反応はありません。
それど、そこには確かに熱がありました。
かすみ「大丈夫」
そのつぶやきに、大した意味はこもっていません。それでも、必要なことのように思われたのでした。
やっぱこの先も楽しみだ
気になるな
騒がしくって、オタク趣味で、なんだかんだ初心で。
暴走しがちで、トラブルメーカーで、根っからの正直者で。
いつだって、自分の大好きに一直線に向かっていて。
同好会のみんなのことが、一人のファンとして大好きなんて言っちゃう。
――――そんな、素敵な女性のお話を。
部室での出来事です。
せつ菜「歩夢さん! 次はこの通りにお願いしますっ」
歩夢「え、え~?」
エマ「わくわく~♪」
歩夢「えーとえーと、うん……おほん」
歩夢「『い、一回しか言わないんだから! ちゃんと聞いてよねっ……―――好き、だよ』」
せつ菜「ふわぁ~~~~!!」
エマ「きゃぁ~~~」
歩夢「も、もう恥ずかしいよ~」
かすみ「……なにをやっているんですか? あれは」
果林「せつ菜がエマに『萌え』を理解してほしいからって、いろいろ実践してるのよ。歩夢は巻き込まれちゃったってわけ」
かすみ「はぁ」
せつ菜「ん、うむむ、まだ手応えが弱いです……」
歩夢「わ、私そろそろ着替えるねー……」
せつ菜「あぁ……次、次のセリフは……」
せつ菜「あ! かすみさんお願いします!」
かすみ「え、急に来た!?」
せつ菜「お願いです! このセリフにはかすみさんの可愛さが必要なんです」
かすみ「か、かすみんの可愛さ……??」
かすみ「ふ、ふ~ん。それなら仕方ないですね~」
かすみ「ふっふっふー。いざ!」
かすみ「『ほぉら卑しい豚さん? 次はどこをぶってやろうかしら……』」
かすみ「ってなんですかこれは!」
せつ菜「い、いいっ! 良きですよ、かすみさん!」
かすみ「なにがですか!? こんなのかすみんのイメージじゃないですよ!」
エマ「あ、これがノリツッコミ! ってやつだね♪」
せつ菜「え、あの、そこではないのですが……」
かすみ「うぅ、二重に損した気分です……」
この後、果林先輩に慰めてもらいました。「予想通りだけどね」なんて言葉をもらっちゃいましたけど。
せつ菜先輩はみんなのいろんな姿を見れて、心から幸せそうにしていました。
せつ菜「…………」
せつ菜「……」
せつ菜「………………」
かすみ「あの、せつ菜先輩、どうかしたんですか?」
せつ菜「聞いてくれますかかすみさん!」
かすみ「いやぁ、さすがに部室でずーっと呆けられたら気になるというか……」
せつ菜「すみません、部活の時間中に。実は、昨日……」
昨日見たアニメが最終回だったという話でした。「難民になってしまいました……」とかなんとか。
盛り上がるのも全力、落ち込むのも全力。それがせつ菜先輩なのでした。
璃奈「カードゲーム?」
せつ菜「はい! 同好会メンバーを元にしたゲームなんです。自分でルールをつくってみたのですが、テストプレイに付き合ってもらってもいいでしょうか?」
璃奈「面白そう。やる。璃奈ちゃんボード『わくわく』」
璃奈「――『愛』さんに『衣装:めっちゃGoing!』を装備で歌唱力500UP、ビジュアル1000UP。プレイヤーにライブ」
せつ菜「『璃奈』さんでアライブします!」
璃奈「む、素の『私』だとポイント足りないはず」
せつ菜「その通りです。ただし、『璃奈』さんへ攻撃が通る場合にのみ手札から発動できるカードがあります―――『衣装:猫耳』を特殊発動! 『璃奈』さんに装備です」
璃奈「ねこみみ……」
せつ菜「『愛』さんから『猫耳』装備の『璃奈』さんへの攻撃は成立しないので、無効となりますね」
璃奈「そ、そんな……!」
愛「仕方ないよ、りなりー」←観戦組
彼方「うんうん、わかるなぁ」←観戦組
璃奈「複雑な気分……いや、負けない!」
せつ菜「次は私のターンですね。ドロー!!」
結局、このゲームは同好会メンバーの力関係がややこしい上、気恥ずかしいということで流行りませんでした。
最後は彼方先輩が家に持ち帰って、妹さんとローカルルールで楽しんだのだとか。
そんなゲームの結末を聞いて、せつ菜先輩は嬉しそうにしていました。
自分の創作が一つの形として受け入れられるというのは、常に大好きを放出しているせつ菜先輩にとって、これ以上ない幸福だったのかもしれません。
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——————–
運転席の横を電柱が一本また一本とすり抜けていく度に、ヴェールがめくられていくように、せつ菜先輩の記憶が少しずつ浮かび上がってきます。
そういえばこんなこともあったな、なんて、思い出してみれば忘れていたことがおかしなほど奇天烈な出来事だったり、やっぱり忘れていたかったくらい恥ずかしい出来事だったり。
思い出話にもならないような、なんてことないただの日常の記憶が、いまとなっては一つ一つ、握りしめずにはいられないほどまばゆく輝いていました。
もう忘れることのないように。
これ以上失うことのないように。
思い起こしては頭の中で反芻して、大事に、大事に刻んでいきます。
ちなみにかすみんが乗ってる車ってレガシィであってます?
どの年代のものか想定していらしたら教えて頂きたい🙇
応援してます!
(ちなみに1は>>287をやっちゃうくらいなので、その辺りはお察しです)
(みなさん保守ありがとうございます。週末には更新できると思います)
容易にイメージできるかつての喧騒と、しんと静まり返った今現在とのギャップがやや不気味に感ぜられますが、不思議と恐怖はありませんでした。
その中でもひときわ目立つ、のっぺりとした高層マンションを見上げます。
りな子のマップによれば、その一室にせつ菜先輩はいるようです。
かすみ「………」
マップを確認したついでに、通知バーも確認してみるものの、表示されているのは常駐のセキュリティアプリのみ。
再編以降、せつ菜先輩からの連絡は来ていないのでした。
独りごちずにはいられません。せつ菜先輩は新進気鋭のスクールアイドルでありながら、その正体は露として知られていませんでした。
同じ学校の生徒のみならず、同じ同好会のかすみ達ですら詳細は知らず、曖昧模糊とした噂すら流布していたほどなのです。
それがこうして、一つのマンションに住んでいることが示されるとなると、妙な感覚に囚われてしまいます。
さんざん伝説化したアナキン・スカイウ○ーカーを辺境の星で見つけた感じといいますか。
レ○ドさんをシロガネ山で見つけた感じといいますか。
手の届かなかったはずの存在が、不思議な巡り合わせで目の前に現れるという事態は、どこか現実味の喪失を伴います。
これが平時であれば、単純にわくわくしていたのかも知れないですけれど。
なにせ、状況が状況ですからねぇ。
かすみ「こんなところに住んでたんだ……」
独りごちずにはいられません。せつ菜先輩は新進気鋭のスクールアイドルでありながら、その正体は露として知られていませんでした。
同じ学校の生徒のみならず、同じ同好会のかすみ達ですら詳細は知らず、曖昧模糊とした噂すら流布していたほどなのです。
それがこうして、一つのマンションに住んでいることが示されるとなると、妙な感覚に囚われてしまいます。
さんざん伝説化したルーク・スカイウ○ーカーを辺境の星で見つけた感じといいますか。
レ○ドさんをシロガネ山で見つけた感じといいますか。
手の届かなかったはずの存在が、不思議な巡り合わせで目の前に現れるという事態は、どこか現実味の喪失を伴います。
これが平時であれば、単純にわくわくしていたのかも知れないですけれど。
なにせ、状況が状況ですからねぇ。
誰もしらないせつ菜先輩のプライベート。その本丸にこれから乗り込むから……というのも理由の一つではありますが。
なにより、久しぶりにせつ菜先輩に会えるという期待が、胸を高鳴らせます。
『最悪』の想像を、しないなんてことはないですけれど。
相手は、あのせつ菜先輩です。摩訶不思議な菌や自分の偽物なんて倒しちゃって、世界を救ってもおかしくありません。
かすみんはヒーローにはなれないですけれど(かすみんの可愛さはヒロイン側ですからね!)、せつ菜先輩ならあるいは……なんて、見ている人に思わせる王道さがあります。
だから、連絡のないことも、通話で姿を見せてくれなかったことも、きっと些細なことなんです。
胸元の結び目をきゅっときつくします。両手を空けるために、いつか浴衣に使っていた兵児帯で、果林先輩をおぶって固定しているのでした。
『赤ちゃん 紐 結び方』で方法を検索したという不名誉な事実は、果林先輩には内緒ですよ?
さて、マンションのインターホンを前にします。部屋番号を入力して、居住者に解錠してもらうスタンダードなタイプなようです。
夕方には早いこの時間、部屋にいるのは本物のせつ菜先輩だけのはず。
番号は、りな子のマップですでに把握していました。
かすみ「………」
いろんな『もしも』が脳裏をかすめます。……けれど、それらを文章化して、確かなものにしたくはありません。
不安の種が成長する前に、すばやく、番号を入力しました。
少しの後、ノイズ混じりの向こう側から届いたのは――――確かに憶えのある、懐かしい声音。
かすみ「!! せつ菜先輩!? せつ菜先輩ですか!?」
かすみ「か、かすみんですよ~! ほら、本物! 本物のかすみんです」
『あ、いや、あの』
かすみ「果林先輩も一緒なんです。えへへ」
『………あ』
かすみ「……せつ菜先輩? ですよね、せつ菜先輩の声、ですよね?」
『は、はい。かすみさん』
かすみ「~~っ!!」
せつ菜先輩! 間違いないです、せつ菜先輩。
久しぶりに名前を呼ばれて、ついつい嬉しくなっちゃいます!
かすみ「会いに来ました! ふふ、生かすみんですよ」
『あぁ…ええ、かすみさん……。まさかそんな』
かすみ「びっくりしました~? ふふ、せつ菜先輩!」
『びっくり、はい、びっくり……』
『いや……とりあえず、えっと、そうですね、上がってきてください』
かすみ「はい!」
かすみんの突然の訪問に驚いているせいか、声が小さめではありましたが、せつ菜先輩らしいはっきりした発音は健在で、それだけでどうしようもなく懐かしく思っちゃいます。
優れた歌詞の一語一語を慈しむように、せつ菜先輩の発声一つ一つが、かすみの心を震えるほど癒やしてくれるようでした。
いったい、かすみの家からマンションまでの道のりと、エントランスからせつ菜先輩の部屋の前までの道のりと、そのどちらが長かったのか。
気づけば息を切らしながら、玄関のインターホンを鳴らしていました。
かすみ「………っ」
応答があるまで、何秒でしょうか。これも、実際は二秒と経っていなかったかも知れません。それでも、感覚としてはカップラーメンの出来上がりを待つ以上ではありました。
『あぁ、本当に、かすみさん』
かすみ「せつ菜先輩! よかった、せつ菜先輩……」
この扉たった一枚向こう側に、せつ菜先輩がいる。その事実の心強さを、どう表現すればいいのやら。
かすみ「うぐ……あれ、あはは」
涙が勝手にこぼれていました。だめです、やっぱり、せつ菜先輩が近くにいると思うと、強かなかすみんは保てないみたいです。
かすみ「ずびっ……はい、はい! かすみんですっ! えへへ」
『いま、玄関を開けますね』
かすみ「は~い!」
『ただ……ひとつだけ、お願い……じゃないですね、その』
かすみ「ぐす……せつ菜先輩?」
『もしかしたら、びっくりするかも……いえ、すぐ、開けます』
かすみ「へ?」
ぷつりと、インターホンは切れました。ちょっぴり困惑します。どういうことでしょう。
けれど、その場でじっくり考える暇もなく、かちゃりと響く解錠の音。
扉が開かれます。
かすみ「せつ菜先ぱ……い?」
「……どうぞ、まずは中へ」
かすみ「え、あ、はい……」
すばやく促され、玄関は5秒と開かなかったでしょう、するりと中に入って、かすみと果林先輩はせつ菜先輩のお家に初訪問を果たしました。
せつ菜先輩のお家……そのはずです。
小綺麗に整頓された玄関に立ち、照明に照らされる彼女は、けれど……かすみの知る優木せつ菜の姿をしていませんでした。
「よく、こんなところまで来てくれました」
かすみ「せつ菜先輩……? あ、いや、たしか……」
せつ菜先輩の声を出す、その人物をかすみは知っていました。
黒髪の三編みで眼鏡をかけている、時代錯誤といってもいいほど生真面目な風貌。まさしく彼女は、虹ヶ咲学園の……
かすみ「――生徒会長?」
菜々「はい。優木せつ菜は、中川菜々の芸名なんです」
……例えば、ルフ○にはじめて攻撃したエ○ルのような顔を、かすみはしていたと思います。
かすみ「は、はい……え?」
生徒会長……もといせつ菜先輩が背中を向けて、かすみはようやく気づきました。
それから、思い出します。通話していた頃、姿を見せてくれるよう頼むたびに、頑なに断っていたせつ菜先輩の、申し訳なさそうなあの声を。
菜々「あ。……あはは、もう、見られちゃいましたね」
樹の根っこ、でした。玄関から入った先、廊下の壁や天井にまで、歪な血管のように、暗く硬質な根っこが張り巡らされていました。
そして、その根っこが太く絡まり、集まったものが、ずるりと、せつ菜先輩の背中に伸びています。
恥ずかしそうに苦笑するせつ菜先輩の、その頬にも、よく見ればガサガサと細い根が覗いていました。
菜々「あまり、見られたくはなかったのですが……でも、かすみさんに会えたことのほうが、よっぽど大事です」
かすみ「こ、これって……?」
菜々「私の、両親です」
こんなに寂しく微笑むせつ菜先輩を、かすみはこれまでも、これからも見ることはないでしょう。
変異によって、ずるずると蠢き、強張りながらも生存するご両親。
それはせつ菜先輩に寄生しているようでした――――それはせつ菜先輩を規制しているようでした。
きせいされてるのが気になるけど次回どうなるやら
これからどうなるんだろう
わくわく
手短に説明すると、そういうことになるようです。優木せつ菜はスクールアイドル活動限定の、中川菜々の理想の姿。どうりで、学校で見つけることが難しいわけでした。
菜々「今もこうして菜々でいることを強制されていて、家に縛り付けられて……でも、そんなこと、いまはどうでもいいんです」
かすみを自室へ招いて、せつ菜先輩はこちらに振り向きます。
かすみ「せつ菜先輩……わっ」
気づけば、ぎゅっと、せつ菜先輩に抱きしめられていました。
菜々「うっ…うぅ…よかった、かすみさんっほんとにっっ……」
かすみ「あ……」
かすみさん、かすみさん、と精一杯につぶやくせつ菜先輩のひっくり返った声が、どうしようもなく涙腺に響くみたいで。
かすみも必死にせつ菜先輩の名前を呼んで。
涙でなにも見えなくても、お互いなにを言っているのかわからなくなっても。
腕の中の暖かさだけは、ずっと確かな現実で。
せつ菜先輩と一緒にいるなんて、そんな当たり前の事実が尊くて。
泣いて、泣いて、泣いて、それでも涙は止まらなくて。
自分でも、忘れていました。いつの間にこれだけの涙を我慢していたのやら。
ああ、どうか。
今だけは、残酷なこの時代から切り離して。
———–
—-
菜々「えぇっ! 車でここまで来たんですか!?」
かすみ「ふっふっふー。大人なかすみんを尊敬してもいいんですよ~?」
しばらく経って落ち着いて、そんな話になりました。
積もる話はいろいろとありますが……にひひ、やはり一番の自慢ポイントですからね。
頭文字K! こんなにキャッチーなアイドルはかすみん以外にいないでしょう。
菜々「まさかオトナ帝国の覚醒したマ○オくん並のドライビングを!?」
かすみ「へっ?」
またなにをいっているのでしょう、この人は。
菜々「ああ、すみません。オトナ帝国というのはクレ○ンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲のことで、その中の……」
かすみ「あわわ」
説明がはじまってしまいました。
まったく興味の湧かない弾丸トーク……もう、変わりませんねぇ、せつ菜先輩は。
せつ菜先輩が部屋の奥に視線を向けます。果林先輩はそこで背中をベッドに預けているのでした。
いつもと同じく、深海のような沈黙を保って。
菜々「果林さん……今日も素敵ですね」
それは果林先輩に投げかけた言葉だったかも知れません。もちろん、反応はありませんでしたが。
せつ菜先輩の表情には、なにかしら満たされた感情があるように思えました。
菜々「ふふ、こうして三人集まれたのは、かすみさんのおかげですね。ありがとうございます、ほんとうに」
かすみ「ふ、ふ~ん。もーっと褒めてくれてもいいんですけどね~」
思い返してみれば、誰かに褒められるのなんて、いつぶりでしょう。
菜々「ええ、ほんとうに。かすみさんはすごいです」
かすみ「……っ!」
せつ菜先輩はさらに、頭をなでなでしてくれました。
やばいです、褒められたい欲が暴走しちゃいます。
菜々「ふふ、ふにふに」
かすみ「あれ?」
これは違いますよ。
かすみ「あの、せつ菜先輩、それは……」
菜々「ああ、すみません。一度触ってみたくて、つい。こんな感触なんですねぇ……ふふ、ふふふ」
かすみ「せ、せつ菜先輩……?」
菜々「ああ、あぁ、くんくん……生かすみん! 最高です! かわいい~!!」
かすみ「ぎゃー! もうっ耳元で大きな声出さないでください!」
菜々「はわー! プンスカかすみん激萌えです!」
かすみ「えぇ……」
ドン引きです。
そういえば、引きこもり仲間になってからというもの、せつ菜先輩の大好きは加速しているのでしたね……。
まあ、悪い気はしないのですけども。
かすみ「なに言ってるんですか、まったく。人が苗床になっているというのに」
菜々「苗床……うーんもっとこうイメージは」
かすみ「??」
せつ菜先輩はまだ空中をふにふにと揉む動作をしています。
その動作を見ると思い出す……果林先輩の唐突な胸揉みよりは、まあ、マシですか。
それから、話は『例のゲーム』へと移りました。
菜々「ど、どうでしたか!?」
かすみ「ど、どうって……」
シナリオライターせつ菜先輩の『百合ゲー』。しかも登場人物は同好会のメンバー。その上せつ菜先輩が主人公。
控えめにいって気持ち悪い一品なのですけども、なんだかんだやり込んじゃったんですよねぇ。
かすみ「ま、まぁ、よかったと思いますよ……?」
菜々「!! ……よかった。じゃ、じゃあエ〇スケでいうと中央値どれくらいになるでしょうか!」
かすみ「えええ、えろすけっ!?」
菜々「あぁ、エ〇スケというのはer○gamescapeというエ〇ゲ評価サイトのことで、でも全年齢対象も扱っていて……」
かすみ「す、ストップですせつ菜先輩!」
このままじゃスクールアイドルがいっちゃいけない言葉もいっちゃいそうですよ!
菜々「いえ、同性であるという葛藤を描いていないので、厳密には百合ではないと考えます。弱い百合かもしれませんが」
なんですか弱い百合って。
かすみ「よくわかんないですけど……その、き、キスだってしてましたしっ!」
菜々「あ、あれは……っ」
もじもじと、せつ菜先輩は頬を染めています。
あなたが書いたのでしょうに。
かすみ「りな子まで巻き込んで……あ、そういえば」
菜々「あ、そのことで」
ふと、二人同時に次の話題へと移ろうとしたところでした。
ざわざわと、わずかな喧騒が届いたのは。
かすみ「外、ですか?」
菜々「はい。『新しい人たち』の帰宅時間です」
『新しい人たち』。再編された彼らに、せつ菜先輩はそんな言葉を使いました。
菜々「今日でもう、5日目ですね。たぶん、金曜日です」
かすみ「金曜日?」
菜々「はい。いまのところ、異変発生前の一週間を再現しているようですから」
なんと。再現や模倣らしいとは思っていましたけれど、そこまで正確な追従だったとは。
それからはっと気づきます。異変発生前最後の金曜日……つまり、今日かすみの家にはかすみだけでなく、果林先輩もやってくる、ということです。
かすみ「………」
ぞっとします。あと一日でも出発が遅れていたら……。
自分自身ならまだしも、果林先輩の偽物を、かすみは対処できていたでしょうか。
ガラス戸から外を眺めて、かすみはつぶやきました。これだけ高い場所から見ると、たしかに、再編された人々の動きがよくわかります。
菜々「想像しかできませんが……一つは、また月曜日から繰り返すパターン。『新しい人たち』に知性が無いならそうなります」
菜々「もう一つは、私達も知らない明日に進むパターン。これまでの五日間はいわば助走で、これから本格的に彼らの世の中になる場合です」
かすみ「………」
難しい話でした。できるだけ、考えたくない話です。
だからかすみは、話の方向を変えることにしました。
かすみ「再編があってから連絡くれなくなったのはどういうワケなんですか? まったく、心配したんですから!」
菜々「そ、そうなんです! 急にかすみさんに繋がらなくなって……でも、こうしてかすみさんが無事だということは、璃奈さんが……」
かすみ「りな子……?」
菜々「かすみさんへの通信は特別に固いセキュリティで、璃奈さんが仲介してたみたいで――」
その言葉の意味を考える前に、話は中断されました。
「がちゃり」と、玄関の開く音が響いて。
菜々「そうですね。たしか金曜日はこのくらいの帰宅時間でした」
うろたえるかすみとは対照的に、なぜかせつ菜先輩は落ち着いています。
かすみ「せつ菜先輩……?」
そういえば。
単純な疑問――――せつ菜先輩は自分の偽物を、どう『対処』しているのでしょうか?
菜々「………」
かすみ「………あ」
せつ菜先輩は動きません。けれど、代わりに動く存在が、この家には残っていたのでした。
――――せつ菜先輩のご両親。
その声は、たしかにせつ菜先輩と同じもので。
あとはずるずる、ずるずると根のこすれあう音が響いていました。
事は、それでお終いのようです。
菜々「両親は中川菜々を求めているんです」
せつ菜先輩は語ります。
菜々「優木せつ菜ではなく、中川菜々を。新しく生まれた中川菜々も、私と同じように取り込もうとしているみたいなのですが」
菜々「私と違って、どうやら消滅しちゃうみたいですね」
感情を抑えているような、感情が空っぽのような、そんなせつ菜先輩を見たくなくて。
かすみはあえてはっきり、言いました。
かすみ「まあかすみんは燃やしましたけどね!」
菜々「ふふ、ふふふ……」
かすみ「せつ菜先輩気持ち悪いです」
菜々「ふふ、ふふふ……」
かすみ「聞いてない!?」
いろいろあったこの一日。最後は、せつ菜先輩と一緒のベッドで眠ることになりました。
にやにやしてるせつ菜先輩が気持ち悪いような可愛いような複雑な感じですが、こんなに暖かい寝床は久しぶりです。
菜々「ふふ、すみません。あまりに幸せで幸せで、ふふふ」
かすみ「はぁ~かすみんの可愛さは罪ですね~」
もちろん、幸せすぎて、にやけたくなるのはかすみも同じだということは秘密です。
負けたような気分になりますからね、我慢しないと。
菜々「……果林さんの光、綺麗ですね」
かすみ「……はい」
夜になれば果林先輩の青い燐光が目立ちます。
静謐な青色に、部屋は満たされていました。
かすみ「……いいですよ」
布団の中で、お互い向き合って、かすみ達は夜を分け合います。
菜々「すみません、年上だというのに、こんな有様で」
かすみ「……いいんです」
こうしていると、気づいたことがあります。気づいた、というより、思い出したというほうが正しいでしょうか。
せつ菜先輩の身体はかすみと同じか、それより小さいのでした。
本棚には参考書の類がところ狭しと詰め込まれ、なにかの表彰状やトロフィーも几帳面に飾られています。
はたから見れば優等生そのものの部屋のようですが……けれどそれらは中川菜々のものであり、優木せつ菜のものは何一つとして見受けられません。
あれほど自分の大好きを全面に押し出しているせつ菜先輩だというのに、ラノベも、DVDも、見えるところには置いてありませんでした。
かすみ「…………」
腕の中のせつ菜先輩の、その背中に手を伸ばせば、ごつごつと硬い樹皮がご両親の存在を嫌でも伝えます。
それは地面に縛る根というよりも、ほとんど鎖のようでした。
まずはせつ菜先輩のもとへと、そう決意して出発したあのとき。
せつ菜先輩ならヒーローみたいに、世界を救っちゃうんじゃないかなんて冗談でも考えたあのとき。
心のどこかで、せつ菜先輩と一緒にいればあとは任せていいと思っていたこと。
かすみは間違っていました。一介の女子高生にヒーロー像を期待すること自体、おかしなことだったのでした。
優木せつ菜は正体不明のヒーローなんかではなく。
みんなのよく知る中川菜々という一人の生徒で。
こうして抱き合うほどよくわかる……かすみより小さな身体をしている、普通の女の子なのでした。
せつ菜先輩の暖かさと柔らかさ、それから、ごつごつした硬い根の感触。
果林先輩の淡い光。
それら全てが大切な現実で、ひとつひとつが幸せを形作っています。
腕の中のせつ菜先輩は落ち着いたのか、すーすーと、優しい寝息が首元にくすぐったいです。
とても良い夜でした。これ以上ない夜でした。
だからかすみは、もうすっかり安心して……一つの決意と共に明日を迎えることにしたのでした。
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菜々「ど、どうしてですか……」
翌朝。かすみはせつ菜先輩に出発することを伝えました。
出発といっても、また都内ではありますけれど。
菜々「危険です。なにがあるかわかりません、特に今日からは! ここにいれば、多分安全ですし……」
かすみ「はい。だから、果林先輩のことはお願いします。ほかの連絡の取れなくなったみんなのことは、かすみんに任せてください!」
菜々「でもっ……かすみさんが危険で……!」
かすみ「ふふん。心配ご無用です。かすみん――『無敵』ですから」
せつ菜先輩は困りきっていました。理由はわかります。
ご両親に縛られているせつ菜先輩は、外に出ることができないから。
みんなのことが心配でも、自分からなにかできることはないのでした。
だって、すぐにでも出発しないと、もう出れなくなっちゃいそうなくらい心地よかったのですから。
菜々「――これを」
かすみ「お守り?」
問答の末、怒っているのか、泣いているのかわからない表情のせつ菜先輩は、一つのお守りをかすみに手渡しました。
なんともせつ菜先輩らしい、二次元的古風な餞別かと、最初はそう思ったのですが。
菜々「ある朝起きると握っていたんです」
かすみ「へ?」
それはどこかで聞いたことのあるような話でした。
それから、せつ菜先輩は続けます。
菜々「歌詞を、いまでも書いています。みんなで歌う、新しい歌の歌詞を。だからきっと――――」
せつ菜先輩の部屋はどれだったでしょうか。下からではちょっと、見つけるのは難しいです。
かすみ「………」
正直な話。自分でもこの選択が正しかったのか、ただの思いつきに意固地になってしまったのか、よくわからないのですが。
脳裏に浮かぶ、みんなと一緒に笑い合う未来を目指そうとすると、自然と、この選択になるみたいです。
結末に保証はできないけれど。
胸を張って歩める選択には、違いありません。
さて。
今度は一人になってしまいましたし、景気づけに一つ、やっておきましょう。
かすみ「えっへへ~みんな元気~? かすみんは元気だからね~!!」
かすみ「実はぁ……大切な友だちに会えてすっごくハッピーなんだ~!」
車の中で、かすみの声が反響します。
果林先輩がいなくなった分、響き方が異なるような気もしますが、気の持ちようかも知れません。
行き着く先はまだ不明瞭ですけれど。
この車にはもう少し、頑張ってもらうことになりそうです。
というわけで……次は、愛先輩とエマ先輩の元へ。
次も楽しみ
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