【SS】すみれ「ねぇ、恋──あなた本当は……学校アイドル部の部室、一度も入ってないんじゃないの」 恋「……!」【ラブライブ!スーパースター!!】

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【SS】すみれ「ねぇ、恋──あなた本当は……学校アイドル部の部室、一度も入ってないんじゃないの」 恋「……!」【ラブライブ!スーパースター!!】

2:代行ありがとうございます。(たこやき) 2023/09/08(金) 00:28:41.55 ID:ojWCTcVe

──結ヶ丘女子高等学校 スクールアイドル部室

可可「見てくだサイ! 今週の日曜日、お台場でスクールアイドルフェスがあるのデスヨ!!」

千砂都「あ、それ私もお知らせ見たよ! 可可ちゃん、気になってるんじゃないかなって」

かのん「どれどれ?」

恋「……」ジーッ

すみれ「……可可、それってこの前言ってたやつ? 気になるスクールアイドルがたくさん出るとか」

可可「そうデス! 見てくだサイ、この参加リスト! 東京二十三区の有名どころのスクールアイドルがたくさん参加デス!」

かのん「私たちもこのフェスに参加できるようなグループになりたいね──ねぇ、恋ちゃんは今週の日曜日……恋ちゃん?」

恋「……」ジーッ

 

3:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:29:44.39 ID:ojWCTcVe

すみれ「恋?」トントン

恋「え、あ。すみません。少しぼんやりしていました……。えっと、平安名さん、何のお話でしょうか?」

すみれ「可可が今週の日曜日、スクールアイドルのフェスに行きたいって言ってるんだけど……恋はどう?」

恋「あ、えっと、その。すみません、その日は先約が」

すみれ「そうなの。だって、可可」

可可「そうですか……残念デス。レンレンにもスクールアイドルの良さをたくさん知ってほしかったのデスガ……」

かのん「仕方ないよ、可可ちゃん。恋ちゃん忙しいだろうし。今度また一緒に行こうよ」

恋「すみません皆さん、今回は私抜きの四人で──」

可可「すみれも来れませんし、三人デスネ」

千砂都「え? すみれちゃんも来れないの?」

 

4:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:32:03.01 ID:ojWCTcVe

すみれ「悪いわね、私もその日先約があるの」

可可「可可、すみれは暇人だからヒマだと思ってマシタ」

すみれ「あのねぇ」

かのん「じゃあ今週の日曜日、三人でいこっか!」

千砂都「はーい!」
可可「わーい」

恋「……」ジーッ

すみれ「……?」

すみれ(恋、ずっとスマホ見つめて……何かあったのかしら)

 

5:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:33:03.04 ID:ojWCTcVe

──日曜日 都内某所

すみれ(巫女が他所の神社に出張ってアルバイトって、実際神様的にどうなのかしら。違う神社の巫女が、境内の掃除やらなんやら……)

すみれ(神様も落ち着き悪いでしょうね。まあ私としてはこんなに楽なバイトもないし……まあ、渋谷から遠いのだけがネックだけど)

すみれ(さて、やることやったし帰りましょ──)

恋「──」スッ

すみれ(……恋? 制服姿で、どうしてこんなところで……渋谷から結構あるわよって、用事か)

恋「……」スタスタ

すみれ(まあ、声くらい──掛けてもいいか)

 

6:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:33:50.91 ID:ojWCTcVe

すみれ「恋」

恋「っ!」ビクッ

すみれ(振り向いた恋は驚いたように、まるで悪戯がばれた子供のように、身体を強張らせた)

すみれ「あ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」

恋「あ、平安名さん……こんにちは、どうされたのですか、こんなところで」

すみれ(恋はいつも通りどこかぎこちない感じで微笑んだ)

すみれ「ちょっとそこの神社でアルバイト。恋は?」

恋「私は……」

すみれ(いつも通り歯切れの悪い恋。あの日──スクールアイドル部に入部して以来、恋はずっと歯切れが悪く、ぎこちない。あの日以来)

 

7:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:34:30.21 ID:ojWCTcVe

すみれ「スクールアイドルのプライベートに突っ込むのは野暮だった?」

恋「い、いえっ。そうではないのです、そうでは……ないのですが」

すみれ(私たちと対立していた前の恋。和解して、スクールアイドル部に入部した今の恋。私には、どちらも同じ恋とは思えなかった)

恋「……」

すみれ(いい機会だ、と思った。少しでもわだかまりを取り払えたら、と思って、提案してみる)

すみれ「私も一緒に行っていい?」

恋「えっ」

すみれ(驚いた恋の表情に、私は苦笑する。恋にとっては気まずい提案だったかもしれない。それも織り込み済みだった私は、畳みかける)

 

8:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:35:02.16 ID:ojWCTcVe

すみれ「あ、もしかしてドレスコードとかある感じ? 制服とかそういうのじゃないと参加できないような、格式のある」

すみれ(最近の、私たちに対して遠慮の一手な恋が逃げやすい口実を打ってみる)

すみれ「だとしたら遠慮したほうがいいわね。恋にも迷惑が──」

恋「……良いですか。一緒に、来てもらっても」

すみれ(……恋の表情に、もう驚きの表情は見えなかった。どことなくその表情から見えたのは、何かを決意した、そんな意志の光だった)

すみれ「もちろん。こっちからお願いさせてもらうわ」

恋「ありがとうございます、平安名さん。こちらです」

すみれ「ん、わかった。一緒に行きましょう」

すみれ(やっぱりぎこちなく微笑んだ恋は、踵を返して歩いていく。黒い髪を揺らしてあるく恋の後ろを、私はついて行った)

 

9:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:35:38.27 ID:ojWCTcVe

すみれ「恋、最近どう? 楽しい?」

恋「……えっ?」

すみれ(娘との会話が苦手な父親のような切り出し方になってしまった)

すみれ「スクールアイドル。恋のお母さんがやってたこと、実際にやってみて、どう?」

恋「……不思議な気持ちです」

すみれ(……不思議、かぁ)

恋「今までずっと、私はお母さまはスクールアイドルをしていたことを、後悔していると思っていました」

すみれ(私の前を歩く恋のその表情は、窺えない。ただ、揺れる黒い髪をじっと見つめるだけだった)

恋「ですが、平安名さん達がお母さまの思い出を見つけてくれたことで──私は、お母さまの思いを知ることができました」

 

10:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:36:12.95 ID:ojWCTcVe

すみれ(……恋の部屋にあった、学校アイドル部の部室の鍵とお母さんの思い出が詰まった箱の鍵。恋が見つけられなかった箱)

恋「皆さんには、本当に感謝しています」

すみれ「逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランをかっ飛ばして、ギャラクシー級の活躍をしたのはかのんよ」

すみれ(……一連の騒動に対して、かのんも可可も千砂都も、理事長も他の生徒も、解決したものと思っているけれど──)

すみれ(まだ何か、引っかかっている。何か根本的に解決できていない、何かが)

恋「いいえ、スクールアイドル部の皆さんが、私を救ってくださったのです」

すみれ「あの時の恋をね、見ていられないって。かのんも可可も千砂都もお人好しだったのよ」

すみれ(……同じ場所で想いがつながっていてほしい。それを覚えている恋が、あの部室を隅から隅へと探さなかったわけがない)

 

11:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:36:46.68 ID:ojWCTcVe

──

────

──────数週間前 スクールアイドル部部室 物置

すみれ「ここの物置散らかってるわね。けほっ。かのんが初めて入った時もずっとそうだったの?」

かのん「そうだよ。部室はまだ綺麗だったけど、物置の方は埃だらけで……ちょっとずつ掃除していってるけど」

可可「ほら、すみれも掃除するデス!」

すみれ「可可、掃除するときは上からしなさいよ。先に床を磨いてどうするつもり」

千砂都「掃除するときは上から下、掃除の鉄則だね!」

 

13:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:37:40.03 ID:ojWCTcVe

──────

────

──

すみれ(あの物置には、かのんと可可が来るまで誰も入ったことがない──そう言っていた)

すみれ(つまり恋はあの鍵を持ちながら、けれど学校アイドル部の部室──少なくとも物置の方には入っていないことになる)

恋「そうですよね──あんな態度をとっていた私を、あそこまでして助けてくれたのは……お人好し、以外何ものでも無いですよね……」

すみれ(一人寂しそうに呟く恋。もしかのんがお人好しじゃなかったら、恋は今頃どうなっていただろうか)

すみれ「恋」

 

14:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:38:11.94 ID:ojWCTcVe

恋「……はい?」

すみれ(私の呼びかけに、くるりと振り向いて応える恋)

すみれ「私は、良かったなって思ってるわよ。一緒にスクールアイドル、できて」

恋「……平安名さんも、澁谷さんが驚くくらいに、お人好しですね」

すみれ(微笑んだ恋。やっぱりその微笑み方は、ぎこちなくて、どこか胸が痛くなる笑みだった)

 

15:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:38:52.92 ID:ojWCTcVe

──────

────

──

すみれ(私は両腕で白い菊の花束を抱え、前を歩く恋は水がなみなみ入った手桶に柄杓を持っていた)

すみれ(……花屋に寄った時に、ああ、もしかして──と思った。けれど、いざ実際に目の前のそれを見ると──何とも言えない、重い現実感がそこにあった)

恋「命日でも、なんでもないのですが。スクールアイドル部に入らせてもらってから、いつか必ずここに来ようと、思っていたのです」

すみれ「……そうね。そのほうが、きっと喜ぶわ」

恋「──お母さま、私です。恋です。なかなか会いに来れなくて──ごめんなさい」

すみれ「……」

すみれ(……葉月家之墓。恋はその墓石の前で、静かに膝をつき、呟いた。私の両腕の中で、白い菊が、かさりと揺れた)

 

16:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:39:37.32 ID:ojWCTcVe

すみれ(恋は丁寧に、時間をかけて墓石を掃除していた。元々綺麗だったけれど、きっと恋にだけが見える、何かがあるんだと思った)

すみれ(だから私も何回か手桶を水場まで持って行って、水を並々注いでは墓石の前まで戻ったりしていた)

恋「すみません、平安名さん。こんな事につき合わせてしまって」

すみれ「いいのよ。かのんがひっくり返るくらいにはお人好しだから、私」

すみれ(恋は静かに頷いて、白い菊の花を墓前に供える。ひゅう、と風が吹いて花が揺れた。乾いた風だった)

恋「お母さま、お久しぶりです。なかなか会いに来れなくて、すみません。最後に来たのは──入学式の前日でしたね」

すみれ(……来れなかったんだろう。入学式から可可がスクールアイドルをやりたいと暴れていたのだから、恋にとっては悩ましい問題だったはず)

恋「入学式初日から、色んなことがあったのです……色んなことが──」

 

17:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:40:35.76 ID:ojWCTcVe

すみれ(スクールアイドル、翌年の入学希望者、音楽科と普通科の対立、文化祭問題──。どれも恋に非がある問題とは言え……表立って恋を糾弾することはできなかった)

すみれ(両親は居ない、経済的にも危機的状況。恋にはもう後がない。もし来年学校に生徒が入ってこなかったら、恋は十五歳にしてすべてを失いかねない状況だったのだから)

すみれ(……今目の前で静かに母親と会話する恋を見つめる。もし、学校が運営できなくなり、すべてを失っていたら、恋はどうなるのだろうか)

恋「……でも、今はお母さまと同じように、スクールアイドルをしています。学園祭も成功して、来年も学校は運営できます。安心してください、お母さま」

すみれ(砂利を食べた時の感覚に、急に襲われた)

恋「それでは。また近いうちに来ますね、お母さま」

すみれ「もういいの、恋」

 

18:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:41:13.58 ID:ojWCTcVe

恋「はい。お待たせしました平安名さん」

すみれ「……ここ、恋のお母さんが眠っているところなのね。悪かったわね、無理やり来ちゃって」

恋「いいえ。一緒にスクールアイドルをやっている平安名さんを、お母さまに紹介できてよかったです」

すみれ「そう。ならよかったわ」

すみれ(……遺されたもの。母親の遺志。恋はそれを継ぎ、今ここに立っている。美しい親子愛なんじゃないかと、ぼんやり考えた)

恋「……私の用事はこれでおしまいです。平安名さんは──どうされますか?」

すみれ「……」

すみれ(……今日を逃せば明日はない、と思った)

すみれ「ちょっとお茶でも飲んでかない?」

すみれ(恋は少し目を見開いた後、こくりと頷いた)

 

19:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:45:55.04 ID:ojWCTcVe

──喫茶店

恋「平安名さんは、お洒落なお店を知っているのですね」

すみれ「まあね。行ってみようとは思ってたところだったから」

すみれ(嘘っぱちだ。バイトが終わったら即帰るつもりだったのだから、こんなところに喫茶店があるなんて知らなかった)

すみれ「恋はなに飲む?」

恋「私は、えっと」

すみれ「ごめん、急かす気はなかったの。ゆっくりでいいわよ」

恋「すみません、ありがとうございます。えっと……」

すみれ(……頭の中で考えてみる。ずっと感じていた、違和感。神宮音楽学校。学校アイドル部。葉月花。結ヶ丘女子高等学校。スクールアイドル部。葉月恋。同じ場所で想いが繋がる)

すみれ(何か、どうもつながらない。たまたまかのんが逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランを打ったから、この幕引きになった。それを、私はずっと違和感に感じている)

すみれ(今しかない。その違和感を解決するのは、今しかない)

すみれ「決めたわ」

恋「私も決まりました」

 

21:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:55:44.93 ID:ojWCTcVe

すみれ(マスターにコーヒーとウインアーココアを注文すると、BGMひとつない店内は静かになった)

恋「あの、平安名さんはこういう喫茶店によく来るのですか?」

すみれ「こういう、っていうのは?」

恋「いえ、その。私が『今時』を語るのはおこがましいのですが……なんだか、そういう感じではなくて、ちゃんとした喫茶店だなぁ、と……」

すみれ(まあ、映えを求める客は誰一人ここには来ないだろう。私も普段なら視界に入っても視線は向かない場所だろうし)

すみれ「こういう喫茶店の方が、落ち着いて話ができるでしょ」

恋「お話、ですか」

すみれ(首を傾げた拍子に、恋の髪がぶらんと揺れる。制服の恋と私服の私が向かい合って喫茶店にいるなんて、なんだか不思議な感じだった)

すみれ「恋、私ね。ちょっと気になってることがあるの」

恋「?」

 

22:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:56:04.82 ID:ojWCTcVe

すみれ「恋にとって結女って、なに?」

恋「お母さまが遺してくれた、大切なものです」

すみれ(間髪入れず答えが返ってきた。まるでそう答えるのが決まっているかのような速さで。もちろん、その答えは嘘じゃない、と思う)

すみれ(……次に私が繰り出す言葉は、果たしてどういう受け取り方を、するだろうか)

すみれ「そうよね。じゃあ──恋は、恋のお母さんと、結女、どっちが大切?」

恋「は──っ」

すみれ(一瞬、恋の表情が凍り付いた。何かをすぐに答えようとして、そのまま時間が止まってしまったかのように、恋は凍り付いてしまった)

「失礼します。こちら、ホットコーヒーと、ウインナーコーヒーです」

すみれ(凍ってしまった恋をよそに、マスターはココアに山のように盛られた生クリームを恋の前に置いた。そのあと、私の前にコーヒーを置いた)

 

24:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:56:32.01 ID:ojWCTcVe

すみれ(おずおずと、スプーンでクリームを崩していく恋を見つつ、私はコーヒーで唇を湿らせた。……恋を追い詰めることは、私の身勝手に他ならないけど……それでも)

すみれ「恋。私はね──」

恋「……私にはもう、何もないんです」

すみれ「え」

すみれ(恋はこちらを見ることはなく、ただクリームをじっと見つめていた)

恋「お母さまとお父さまは離婚しました。結女を創り上げることに必死だったお母さまと、その為に必死に働くお父さまと──」

恋「お母さまの身体を病気が蝕んでいることが分かっても、お母さまは結女を創り上げることを辞めませんでした」

すみれ「……」

恋「その時から、両親は言い争うことが増えました。お母さまの体を一番に考えるお父さまと、何としてでも結女を創立したいお母さまとの間で……」

すみれ「お母さんは、その──命に代えてでも、結女を創立したかったのね」

 

25:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:57:11.50 ID:ojWCTcVe

恋「……神宮音楽高校の廃校を阻止するために、スクールアイドルをしていたことは。前に話しましたよね」

すみれ(頷く。しかしそれが失敗したことも)

恋「廃校を阻止できなかった原因は、学校アイドル部が、途中で瓦解したからです。瓦解の理由は──」

すみれ「……お母さん?」

すみれ(私の問いに、静かに頷く恋)

恋「お母さまはもともとあまり丈夫なほうではなかったのです。病気が原因で学校アイドル部の活動は活発さを失い、知名度は上がらないまま、廃校になりました」

恋「部室にあった写真を見るに、学校アイドル部自体の思い出はよいものだったのでしょう。ですが、自分の所為で、病気に負けた自分の所為で──」

恋「スクールアイドルを続けられず、廃校を阻止できなかったこと……。それは、お母さまにとって苦い記憶になっていたのかもしれません」

すみれ「だから、結女創立の時には、病身でも無理を押し通したのね」

恋「私の憶測ではありますが……きっとそうだと思います。そして、そんな姿にお父さまは何度も訴えました。病気を治すほうが先決だ、と──」

恋「そんな矢先にお父さまの海外への長期出張が決まり──結女創立を反対するお父さまと、何としてでも結女を創り上げたいお母さまとの間で……溝が深まり……」

すみれ「離婚……したのね」

 

26:(たこやき) 2023/09/08(金) 00:57:54.02 ID:ojWCTcVe

恋「お父さまは私と一緒に来るように言いましたが、私は──お母さまと一緒にいることを決めました。病身だったお母さまを放っておけなかった、というのが真実です」

すみれ(……何が恋の幸せだったのかわからない。私にはわかるわけもない。何が正しいのかも、間違っているのかも、わからない)

恋「そして二年前、お母さまは亡くなりました。病気とも過労とも……ただ、ある日朝になっても目覚めなかったお母さまが、ただ居ました。きっと、眠っているうちに──」

すみれ「……」

すみれ(何も言えない。何も言えず、ただコーヒーを口にする。苦かった)

恋「私に遺されたのは、あの家と、結ヶ丘女子高等学校だけでした。それだけです。それ以外に、なにもありませんでした」

恋「私は必死でした。お母さまが遺してくれたものを、私は守り継がなくてはなりませんでした。父も母もいない私が頼れるものは、まだ経営の不安定な学校だけなのですから」

すみれ(……恋にとって、スクールアイドルとはなんだったのだろう。あれだけスクールアイドルを忌避するのも、なんとなくわかる気がした)

すみれ(色んな思いが私の頭の中を駆け巡って、次に何を問うべきか考えて──)

すみれ「ねぇ、恋──あなた本当は……学校アイドル部の部室、一度も入ってないんじゃないの」

恋「……!」

すみれ(一歩、踏み込んだ)

 

41:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:03:36.40 ID:ojWCTcVe

恋「……すごいですね、平安名さん。もうずっと誰にも、言い当てられることはないと思っていたのですが」

すみれ「……!」

すみれ(嫌な憶測だけが当たるのは、私の嫌いなところだった)

恋「お母さまの活動について、私は色々と探し回りました。ですが、心の奥底では、見つけたくない……知りたくないと、思っていたのです」

恋「同じ場所で、想いはつながる。お母さまがよく口にしていた言葉です。故に、学校アイドル部の部室に記録があるということは、早い段階で察せていたのです」

恋「だから私は──あえてそこ以外を探して、探した気になって、見つからなかったと、結論付けたのです」

すみれ(自分への言い訳の為……何もならないけれど、目的のために何かをした、ということだけでも、やっておきたかったんだろう)

恋「平安名さん。私、自分がわからないんです。お母さまのこと、学校アイドル部での活動をどう思っていたか、知りたかったはずなのに、私は──」

恋「心の奥底で、知りたくない、と思っていたんです。知りたいという気持ちと、知りたくないという気持ちが、私の心の中で、同居していたんです」

すみれ(……相反する二つの気持ち。まるで心の中に、恋が二人いるような──そんな状況)

 

42:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:04:44.39 ID:ojWCTcVe

すみれ(……重くて、苦い感情が私の頭の中を埋め尽くす。恋のお母さんが、スクールアイドルではなく、別の手段であれば。廃校は阻止できなくても──)

すみれ(活動をやり遂げることで満足感を得られたかもしれない。やれることを完遂して、でも夢が叶わなかったのなら、それは青春の輝かしい記憶として刻まれる)

すみれ(けれど──やれることすら完遂できなかったのならば、それは後悔の昏い記憶として刻まれる。そして後悔というものは、人を容易に手放さない)

恋「平安名さんの最初の質問に答えますね。私は……お母さまが帰ってくるなら──結女なんて、要りません……それが、答えです」

すみれ「……そう」

すみれ(……同じ場所で想いをつなげることに、恋のお母さんは取りつかれたのかもしれない。……たった一人の娘に、自分の後悔を背負わせるほどに)

 

43:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:05:40.67 ID:ojWCTcVe

すみれ(少しだけ沈黙が訪れて、やがてまた恋が口を開いた)

恋「お母さまは廃校を阻止できなかったことに後悔していました。自身の体の所為で、阻止できなかった、と。ですから、創立の時はあんなに必死だったのです。離婚して、病身を放置してしまうほどに」

すみれ「……」

恋「もしそんな、今のようにネットもSNSも発達していない時代に、スクールアイドルで廃校を阻止するだなんて、そんな雲をつかむような考えを持っていなければ……」

恋「きっと、今私は、ここで平安名さんとこんな話をしていなかったはずです」

すみれ(きっと結女なんて学校、存在しなかっただろうな。でも、それは恋にとって──)

すみれ「恋にとって、それって、きっと幸せなことだったでしょうね」

恋「私の……私の本当の願いは──スクールアイドルをすることでも、結女を一番の学校にすることでも、ありません。二年前から、いいえ、両親が離婚した時からずっと、変わりません」

恋「私と、お母さまと、お父さまと、サヤさんと、チビと、一緒に暮らすことでした」

すみれ(私は何も言えなかったし、恋の顔を見ることもできなかった。私は空のカップの底を、ただ見つめ続けた)

 

44:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:07:25.32 ID:ojWCTcVe

すみれ(結局、本当の恋はスクールアイドルにも結女にも、そこまで思い入れはない。むしろ正対したくない存在ではないだろうか、とさえ思う)

すみれ(けれど、自身を愛した母が命を賭けて創立させようとした学校だけが恋には遺された。あの学校は、最早恋にとっては呪いに近い気がした)

恋「……おかあ、さま……」

すみれ(……十三歳の時に母親を亡くし、それ以前に離婚を経験して──母親が遺したものは呪いのようなもの)

すみれ(私たちが最初に出会った恋は、頑なで意固地で不愛想だった。けれど、今こうやって話をまとめてみれば──)

すみれ「つらかったわね。恋。何も知らなくて、何一つ恋のことわかってなくて、ごめんね」

恋「……つ、らい……?」

すみれ(誰よりも辛かったのは、恋だ。きっと母親の呪いを一身に背負って、心身ともに疲れ切って、やっと開校したと思えば、スクールアイドルがまた恋を悩ませる──)

すみれ(可可に悪気はもちろんないけど──あまりにも恋の巡り合わせは、運がなかった)

 

45:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:09:39.22 ID:ojWCTcVe

恋「私は……辛かったのでしょうか。自分のことなのですが……わかりません。ただ、この二年間は必死でした。本当に、必死だったんです」

すみれ(淡々と、恋は話し始めた)

恋「二年後の開校に向けて、結ヶ丘女子高等学校のオーナーとして、サヤさんと理事長の助けを借りながら、必死に色んな人に頭を下げたことだけは、覚えています」

すみれ(寒気がするほど、恋の言葉には感情というものがなかった)

恋「十四歳の小娘がオーナーの学校だなんて、認められない。花さんが死んだのなら、創立も止めたほうがいい。君には無理だ。そういう言葉を、あの二年間聴き続けました」

恋「そういうことだけをよく覚えている分、中学校の時の思い出は、あまり覚えていないんです。修学旅行に行った記憶も無いですし、友達がいた記憶もありません」

恋「でもそんなのは、今はもうどうでもよかったんです。ただ、お母さまが成し遂げたかった創立を、結ヶ丘女子高等学校を一番の学校にする──それだけを考えて、生きていたんです」

恋「だから、今の私は、救われています。幸せです。文化祭は成功して、来年の入学希望者の数も増加傾向にあって、だから──」

すみれ「恋」

 

46:(たこやき) 2023/09/08(金) 22:10:05.26 ID:ojWCTcVe

恋「──え?」

すみれ(しゃぼん玉が弾けるように、恋は身体をびくりと震わせた。居眠りしていた人が、急に起こされて驚いたみたいに)

すみれ「……私、ちょっと用事を思い出したんだけど……まだ時間ある?」

すみれ(時間ある? と質問しているけど、実際はついて来いと言わんばかりに、私の語調は強かったと思う)

恋「は、はい」

すみれ(実際に、恋は少し怯えたような気がする──けど、仕方ない。恋から感じていた違和感を、今ようやく言葉にできそうで、そして同時に──)

すみれ(言葉にできそうなほど、その違和感が噛み砕けてしまったことで、どうしようもない、苛立ちを感じていた)

すみれ「行きましょうか。バイト代あるし、奢るわ。マスター、ご馳走様」

恋「あっ、すみれさ、ん──待ってください、どこへ──」

すみれ(私は伝票を引っ掴むと、そのままレジへと向かった)

 

48:(たこやき) 2023/09/08(金) 23:18:44.61 ID:ojWCTcVe

すみれ(喫茶店を出て、来た道を戻る。今ようやく繋がった。そんな気がした。ずーっと抱えいていた違和感が、噛み砕かれて、するすると解けていく)

すみれ(私はが恋に抱いて違和感っていうのは、ただシンプルに、私たちにも、きっとお母さんにも、本当の自分をさらけ出せていないからだ)

すみれ(お母さんが死んだその二年前からもう、葉月恋の人生は止まってしまっている。だから今日、止まってしまった恋の人生を、動かさなくてはならない)

すみれ「恋。私すっかり忘れてたことがあるの」

恋「忘れていたこと……?」

すみれ(恋の前を歩く私に、恋の表情を覗うことはできなかった)

すみれ「私、恋のお母さんに挨拶してないの。ちゃんと自己紹介して、伝えるべきことを伝えないとって、思って」

恋「え……あ、そういえば確かに──でも平安名さん、お母さまにいったい何を伝えるのですか?」

すみれ(……伝えなくてはいけないこと。本当の意味で、恋の友達になるために、恋のお母さんに伝えないといけないこと。私は深呼吸して、言った)

すみれ「今の恋が、どんな風に生きているかってこと」

 

59:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:00:08.67 ID:BkhNtlR1

──────

────

──霊園 墓前

恋「……」

恋(さっき供えた白い菊の花が、私と平安名さんを見つめています。お母さまの眠る墓前で、平安名さんは金色の髪を揺らしながら、じっと一点を見つめていました)

恋(平安名さんの言った『今の私がどんな風に生きているか』という言葉の意味を、ここに来るまでずっと考えていました)

恋(いったいどういう意味で、彼女はこの言葉を口にしたのか。私にはやはり、分かりかねました。平安名さんもそれきり黙り込んでしまったので、聞くに聞けませんでした──)

すみれ「──ご挨拶が遅れてすみません。私、恋さんと一緒にスクールアイドルをやっている、平安名すみれと言います。初めまして」

恋(同じところをくるくる回り続けていた思考は、平安名さんの言葉で消えていきます)

 

60:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:00:53.00 ID:BkhNtlR1

恋(平安名さんはすっと屈んだかと思うと、膝をついて静かに手を合わせて──合掌します。そのまま私は平安名さんの言葉を待ちます。お母さまに言いたいこと、とは……?)

すみれ「……正直なところ、私は恋さんと仲良くなれるとは、出会った頃はほんの少しも考えたこと、なかったんです。恋さんはスクールアイドルを嫌っていましたし、私たちの活動にも、否定的でした」

恋「へ、平安名さん……!?」

すみれ「でも、彼女の──彼女が背負っていたものを知っていく中で、どうしてあんな態度をとっていたのか──そういう理由を、知ることができました」

すみれ「だから。今こうやって私は恋さんと一緒にスクールアイドルができて良かった、と心の底から思っているのです──」

恋(かああ、と身体の、お腹の奥から熱が這い上がってきて、頬のあたりで爆発しました)

すみれ「──が。私は恋さんがスクールアイドル部に入部してからずっと、違和感を感じていました」

恋「……え?」

恋(平安名さんが続ける言葉に、私は思わず間の抜けた声が漏れ出ました)

 

61:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:01:24.13 ID:BkhNtlR1

すみれ「入部してからというものの、私たちに対してどことなく遠慮気味というか、卑屈というか──ある種の、贖罪のような感情を、私は彼女から感じていました」

すみれ「最初は私たちの活動に否定的だった態度から──そう思っていましたが、どうやらそうでもないな、というのを、直感的に、私は感じていました」

恋(……なにを──平安名さんは、言っているのでしょうか……?)

すみれ「今日、恋さんと色々お話して、分かったことがあって。これは今日ここで乗り越えないと、私たちはずっと前に進めないなって、思ったので……ここで、その話をしようと思います」

すみれ「……恋はまだ、貴女が廃校を阻止するべく励んでいたスクールアイドルと──どう向かっていいか、分からないんだと思います」

恋「平安名さん!? 違います、私は──!」

恋(平安名さんの発言に、私は驚いて声を上げますが……平安名さんは振り向きませんでした)

すみれ「遠慮気味だったその態度の理由──スクールアイドルそのものに対するものだと思えば、全部繋がるんです」

 

62:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:01:56.33 ID:BkhNtlR1

恋「っ!」

恋(平安名さんの言葉に、私は胃をぎゅうと締め付けられたような感覚に襲われました。今まで必死に隠して、自分にさえ見えないように、見ないようにしてきた、その感情──)

すみれ「その根本は──貴女がスクールアイドルをやっていたから……。私は、そこに原因があると、考えました」

恋(お母さまがスクールアイドルをやっていたことが、原因──? なにを、そんな──平安名さんは、何を──)

恋(混乱した私の頭では、平安名さんに何を言えばいいのか、何と言って声をかければいいのか、全く分かりませんでした)

すみれ「色々とおかしな点があるんです。恋は、学校アイドル部のことを知りたかったのに、なぜか、元学校アイドル部の部室、現スクールアイドル部の部室を、探さなかった。近づきもしなかった」

恋(静かに、膝をついたまま、振り向きもせず呟くように続ける平安名さんの声は、驚くほどに静かでした)

すみれ「貴女が言っていた、同じ場所で想いがつながる。それを覚えていたのに、恋は探さなかった……そして、見つからなかったから、恋は『お母さんはスクールアイドルをしたことを後悔していた』と、勝手に決めつけたんです」

恋「……やめて、ください」

 

63:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:03:40.36 ID:BkhNtlR1

恋(からからに、喉が渇く。唾が呑み込めなくて、なんとか絞りだした声は、か細くて弱く、風が吹けば消えてしまいそうな、そんなひ弱な声でした)

すみれ「……たぶん、きっと、真実は、違います。本当は──『自分が苦しむ理由になったスクールアイドルを、貴女が楽しんでやっていたこと』を知りたくなかったんです」

恋(世界が、ひっくり返ったような。必死に築き上げてきた、何かが、音を立てて崩れ去っていく)

すみれ「貴女は廃校を阻止するためにスクールアイドルを始めた。けれど、貴女は身体が弱く、その結果として学校アイドル部の活動は最後まで完遂できず、志半ばに終わります」

恋(心の奥底、十五年間隠し続けてきた思い。二年間、抑え込んできた気持ち)

すみれ「そして、貴女は数年後に、神宮音楽高校を利用して、結ヶ丘女子高等学校を創立に漕ぎつけました。ですが、開校される二年前に貴女は居なくなってしまいました」

恋(それが今、お母さまの前で、解き放たれていく。私も知らない、知りたくない、心の中で、ただ在り続けた、その気持ちが)

すみれ「そして──貴女の夢は、恋に引き継がれました。いえ、引き継ぐしかなかったんです。まだ十三歳の恋が、父を失い、母を失い、生きていくために、貴女の遺した夢を──」

恋「あ、ああ──っ」

すみれ「自分が生きていくために、大勢の大人に冷たい言葉を浴びせられながら。恋は、そうやって、生きてきて、私たちと出会ったんです」

 

64:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:04:34.58 ID:BkhNtlR1

恋「やめてくださいっ!! 私は、っは、わた、くしはっ!」

恋(さっき飲んだクリームが、口の中から飛び出しそうでした。ひどい吐き気は、平安名さんの言葉の所為なのか、それとも、このお腹の奥から迸る嫌悪感の所為なのか──)

恋「私は、絶対に、そんな──っ、そんなことを、思ってなんか──」

すみれ「貴女がいなくなってから、恋がどんな風に生きてきたのか、恋がどんな思いで生きてきたのか、もうそれは恋にしか分かりません。でも──」

すみれ「貴女が居なくなってから、致命的に、おかしくなってるんです。十三歳が背負うような運命じゃない。十五歳が歩むような人生じゃない……」

恋「やめて──……ください……」

すみれ「私は、恋が、貴女の遺した夢を背負って、呪いに縋って生きることになった原因──その大本は──『貴女がスクールアイドルをやったこと』だと、考えました」

恋「……おねがい──だから……」

恋(足に力が入らなくなって、その場にへたり込んでしまいます。言い逃れできない、平安名さんの言葉。そう、私はずっと、その気持ちに蓋をして、見ないようにして、生きてきました──)

 

65:(たこやき) 2023/09/11(月) 23:05:11.88 ID:BkhNtlR1

すみれ「……貴女がスクールアイドルではなく、もっとほかのやり方だったら、もっと違う結末があったかもしれません。ですが──貴女はこれを選びました」

すみれ「貴女が選択したこと、貴女が成し遂げられなかったこと、貴女が遺したもの。そのすべてが、恋の人生を、狂わせた──そして、私たちと、出会った……」

すみれ「恋」

恋(へたりこんで、呆然と地面を見つめていた私に、平安名さんの声が降り注ぎます。けれど、私は顔を上げることもできません。まったくといっていいほど、全身のどこにも、力が入らないのです)

すみれ「恋──……。私は、こう、思うの。恋が今、こんなに苦しんでいるのは。お母さんの所為だったんだって」

恋「……」

恋(心の中の、見たくなかった、認めたくなかった、私の本当の自分が、今、ようやく、光を浴びて──)

 

75:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:08:24.04 ID:tAX3UJba

恋「では私はどうすればよかったのですか!!!!」

すみれ(両目に溢れて、こぼれていく大粒の雫の色を、私は一生忘れられないと思う。耳をふさいで聴くことを止めたくなるほどの悲痛な声で、恋は叫んだ)

恋「病気なのに自分の体に鞭打つお母さまを! 見捨ててお父さまについていくべきだったのですか!? それが愛を受けて育った娘がやるべきことなのですかっ!!?」

すみれ(地面にへたり込んだまま、両目を潤ませて、絶望と憤怒の混じったその表情で、私を見上げて睨んでいた)

恋「お母さまが死んで、もう葉月家には今までの賃金でサヤさんを雇っていくお金すらなかったのです!! チビすら手放そうかと考えたのです!!」

すみれ(激昂する恋を見て、初めて葉月恋に出会った、そんな気がしていた。怒らせたかったわけでもないし、悲しませたかったわけでもない。でも、やらなくちゃいけなかった、そんな気持ちだった)

恋「平安名さんには分かりませんよね!? 家にあるものを売り払って生きていく惨めさを!! 小さいころから自分のやりたいことをやらせてもらっていた、平安名さんには!!!」

すみれ(私に恋の何がわかるというのだろう。私と彼女では、あまりに違い過ぎた。もちろん下を見れば恋より不幸な出自の人間はたくさんいるだろう)

恋「お母さまを、お母さまを──創立に文字通り命を削って漕ぎつけたお母さまを──貴女は知らないくせに! 知らないくせにッ!!」

すみれ(それでも、恋の悲しみを、苦しみを、誰も否定できない。ましてや、両親に愛され、幼少期から恵まれてきた私が、理解できるはずもない)

 

76:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:09:41.05 ID:tAX3UJba

すみれ(私がやってよかったことなのかどうなのか、わからない。でも、恋が今の自分の気持ちを認めないと、恋も、私たちも、一歩も前に進めない──そんな気がしていた)

恋「っは、ぁ──ぅう……っく──……」

すみれ(何も答えられない私と、息も絶え絶えに悲痛な泣き声をあげる恋に、また乾いた風が吹いた。なんとなく、不思議な風だ、と思った)

恋「おかあさま……」

すみれ(虚ろな瞳で、恋はふらふらと立ち上がった。黒い髪が風に揺れて、ゆらゆら揺れている。あんなに姿勢が良かった恋は、前のめりに、ふらふらとお母さんの元へと歩き出した)

恋「わたくしは──どうすればよかったのでしょうか……おかあさま……どうして生きていてくれなかったのですか……おかあさま……おしえてください……」

すみれ(私の前を通り過ぎ、墓石を前に、またずるずるとへたり込んでいく恋を前に、私は何もできなかった。何を言えばいい? 何をすればいい? 何ができる? 何を言える? 私は……)

恋「おかあさまが、あんな学校の創立なんて──目指さなければ……わたくしは、おかあさまと一緒に……おかあさまがスクールアイドルなんて、やってなければ……」

 

77:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:10:22.45 ID:tAX3UJba

恋「どうして──どうして……わたくしをおいて……いってしまったの……」

すみれ(風が吹いて、白い菊がゆらりと揺れた。今度は、乾いた風じゃなかった。何か、体を包むような、緩やかな風だった)

恋「……っ」

すみれ(恋の黒い髪が私の眼前で揺れる。肩を震わせる恋のすすり泣く声だけが、霊園に響いていた)

 

78:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:11:27.62 ID:tAX3UJba

すみれ(馬鹿みたいに突っ立って、恋を見下ろし続けて──恋に声をかけようとして、止めてを繰り返し続けて──)

恋「すみれさん──……私、泣けなかったんです」

すみれ(急に呼ばれて、戸惑って返事もできなかった……っていうか、今──?)

恋「お母さまのお葬式の日、涙が出なかったんです。お母さまがいなくなって、それからずっと、私は開校と生きていくこと、この二つで必死で、自分の気持ちを整理する時間なんてなかったんです」

すみれ(風が吹き続けていた。白い菊が揺れて、黒い髪が揺れ続けている。恋の表情は見えないし、声は涙に濡れていた)

恋「私がつらいのはお母さまの所為だってすみれさんに言われて、苦しくて、辛くて、気持ちが悪くて、吐きそうになって、でも、そう言ってほしかったんだって、そう思う私が、確かにいたんです」

すみれ「恋、私は恋のお母さんを──」

恋「大丈夫ですよ。すみれさんがお母さまを乏しめる意図がなかったことはわかっています。ただ、心の中の、ずっと見ないようにしてきた気持ちが、急にむき出しになって──」

恋「あんな風にすみれさんに感情をぶつけたこと、自分でも、驚いています……すみませんでした」

すみれ(何か返事をしようとして……黙った。なんて答えたらいいかもわからなかったし、恋の言うことを全部きち と聞くべきだと思った)

恋「私はお母さまが好きです。今もずっと好きです。これから、私がお母さまのそばに行くまでずっと。でも同時に、スクールアイドルをしてほしくなかった、と思う私も、居ると思います」

すみれ(風が少し強く吹いた──そんな気がした)

 

79:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:12:52.60 ID:tAX3UJba

恋「それでいいですよね。すみれさん。嫌なところもある。それで、良いんですよね。大好きだけど、ちょっと嫌なところもあった、私の大切なお母さま」

すみれ(風が弱くなっていく。いつか吹いた、あの日の風みたいだった)

恋「すみれさん。お母さまが、身体が弱いことを認めながらも、でも、廃校を阻止するために励み楽しんだスクールアイドルを、私もやってみようと思います」

すみれ「恋っ」

恋「お母さまを、私の人生を、その二つを狂わせた、スクールアイドルというもの。お母さまがどんな思いで励んでいたのか、どんな気持ちを感じていたのか、私も知りたいのです。もし、それで、お母さまの気持ちがわかったら──」

恋「お母さまの嫌だったところも、好きになれるかもしれません。だから──私も、すみれさんたちと、スクールアイドルをやってみます」

すみれ(ぶわっと。心の奥底から、なにかが駆け上がってきた。熱く熱く、燃えるような何か)

恋「同じ場所で想いがつながる──。お母さま。もしこの三年間で、お母さまと同じ想いが持てたのなら、きっと私とお母さまは──」

すみれ(恋が最後に何を言ったか、私には聞こえなかった。ものすごい風が吹いて、何も聞こえなかったから。でも、それでいいような気がした)

すみれ「恋」

 

80:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:13:26.68 ID:tAX3UJba

恋「すみれさん。帰りましょうか」

すみれ(恋が立ち上がって、振り向いた。真っ赤になった眼は、まっすぐ私を見つめていて。背筋をピンと伸ばして、涙の跡が残るその顔で、柔らかく微笑んでいた。初めて見た恋の笑顔だった)

すみれ「そうね、帰りましょ」

すみれ(それきり、もう風はぴたりと止んで、菊の花も黒い髪も揺れなかった)

 

81:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:13:58.35 ID:tAX3UJba

──────

────

──帰路

すみれ「恋、その……ごめん」

恋「え?」

すみれ(恋と私は肩を並べて歩いていた。だから、表情がすぐに分かった。恋はきょとんとしていた)

すみれ「私、とんでもなく失礼で、その……土足で、踏み込んでいいような、ことじゃなかったわ」

恋「……そうですね。すみれさんが土足で踏み込んでくれなければ、ずっと私はすみれさんたちと距離をとったままで、たぶん、そのうち、スクールアイドル部を退部していたと思います」

すみれ「……」

すみれ(言葉に詰まってしまう。一歩間違えれば……というか。恋がもし自分で立ち直ってくれなかったら、私は恋になんの責任も負えなかった)

すみれ「恋。さんざん貴女を追い込んでいう言葉ではないけど……その貴女が大人で良かったわ……」

恋「ふふっ。伊達に二年間大人に頭を下げてませんから。なんなら今も時々下げますよ」

すみれ(くすりと笑って言う恋に、私は思わず何を言っていいかわからなくなって、くちをぱくぱくと開いたり閉じたりした)

 

82:(たこやき) 2023/09/15(金) 00:15:46.17 ID:tAX3UJba

恋「すみれさん!」

すみれ(あ、とか、え、とか声にならない声を出しているうちに、恋はぱっと駆け出して、私の前に出た)

すみれ「れ、恋?」

すみれ(あっけにとられて、思わず手を伸ばした。なんで手を伸ばしたのかは、わからないけど)

恋「──ありがとう、すみれさん」

すみれ(くるりと振り向いて、微笑んだ恋は、私の手を取った。……これから恋の家に帰るまで、この手を離さないでおこう。そう思った)

すみれ(そのままぎゅうと手をつないで、私たちは走り出した。恋のことを、もっとちゃんと知って、少しでも、これからの恋の学校生活が、人生が、楽しいものになるよう、私にできることを、全部やろう、そう思った)

すみれ「えっと、あー、その! これからよろしくね、恋!」

恋「はいっ! よろしくお願いします、すみれさん!」

すみれ(照れくさくなって笑った。恋も笑っていた。そのままふたり笑ったまま、並んで走り続けた。なんだか無性に走りたかったし、きっと恋も一緒の気持ちだと、私はなぜかそう信じて疑わなかったから──)

すみれ「ねぇ、恋──あなた本当は……学校アイドル部の部室、一度も入ってないんじゃないの」 恋「……!」 了

 

83:(もんじゃ) 2023/09/15(金) 00:45:45.25 ID:TP0THLgz

良かった

 

86:(茸) 2023/09/15(金) 05:56:19.70 ID:fuQZ3ed3

おつおつ
良い雰囲気じゃった

 

87:(たこやき) 2023/09/15(金) 06:28:05.09 ID:eepIDqFT

面白かった。ここ数日の楽しみだったよ

 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1694100356/

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