【SS】梢「或る雨の日のこと」【ラブライブ!蓮ノ空】

ラブライブ

【SS】梢「或る雨の日のこと」【ラブライブ!蓮ノ空】

1:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:03:15.45 ID:AzrAowEQ

『待ち人来ず』
数年前に引いた、凶のおみくじに記されていた文言をふと思い出した。
ここにある“待ち人”とは、その人にとって運命的な人やものを指すらしい。

私はそれを果たしたのだから、もう関係が無いと思い記憶の片隅に追いやっていたのだけれど――。

――――
――

花帆「お疲れ様でした!」

梢「ええ、お疲れ様」

花帆「なんだか朝練のメニュー、また増えてませんか?」

梢「適度な負荷を維持するために、内容は調整しているつもりよ」

梢「つまりはそれだけ花帆さんが順調に成長している、ということね」

花帆「うーん……じゃあいっか!」

梢「ふふっ」

花帆「どうしたんですか?」

梢「いいえ、気にしないで」

 

2:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:06:11.87 ID:AzrAowEQ

梢「……ところで、今日は昼過ぎから雲行きが怪しくなるそうね」

花帆「えーっ!?こんなにいい天気なのに……」

梢「確率は低いみたいだから、そこまで心配することも無いとは思うのだけれどね」

花帆「寮に傘置いてきちゃったから、降らないようにお祈りしとかなくっちゃ……!」

――そんな今朝の何気ない会話を思い返しながら、校舎の昇降口から見る外の世界は一面が雨粒に覆われていた。
金沢の気候を侮っていた訳ではないけれど、ここまで酷いといっそ清々しい。

私は折り畳み傘を常備しているから、そのまま帰っても良かったものの……。
ずぶ濡れで帰路に就くであろう花帆さんを想像すると、どうにも立ち去る気にはなれなかった。

 

4:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:08:51.47 ID:AzrAowEQ

「梢さん、またね」

「梢様、ごきげんよう」

梢「ええ、ごきげんよう」

見知った顔の同級生達が、次々とこちらに挨拶を投げかけては傘を開いていく。
その背中を見送りながら、無意識に消え入りそうな声が漏れてしまう。

梢「花帆さん……」

届かない呼び声は雨音に融けて無くなってしまった。
ふと薄暗い雨雲を見上げてみると、その勢いは次第に増しているように感じられる。

 

6:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:11:42.61 ID:AzrAowEQ

「梢さま~、ごきげんよー」

「ごきげんよーぅ!」

不意に死角から声を掛けられ、反射的に身体が跳ねるのを抑えられない。
よく知る声色のする方へ訝しみつつ振り返ると、予想通りの二人がこちらを見て楽しそうにしていた。

梢「慈に瑠璃乃さん……」

慈「今、身体ビクッってしたでしょー?」

梢「生理現象なのだから、仕方が無いでしょう」

瑠璃乃「たしかに!めぐちゃんも昨日ルリが――」

慈「あー!そうね!うん!そうだわ!仕方ない仕方ない!」

何か都合の悪いことでも隠すように、大げさな身振り手振りを付けて話を遮られてしまった。
自分に返ってくるような話題なら、始めから振らなければ良いものを……と、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込む。

 

8:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:14:50.52 ID:AzrAowEQ

慈「そんで?花帆ちゃん待ってんの?」

梢「……どうしてそうなるのかしら?」

慈「いやだって、『花帆さん……』って切なそうに呼んでたじゃん」

梢「なっ……あれは、違っ……!」

瑠璃乃「ま、まぁまぁ!梢先輩が花帆ちゃんにメロメロなのはみんな分かってるし、そんな隠さなくても――」

慈「おっ、良い追い打ちだね!るりちゃん!」

梢「…………」

瑠璃乃「えっ!?いや、そういうつもりじゃ……!」

慈とは付き合いも長いし、悟られたとしてもまだ理解できる。
しかし共に活動するようになって、まだ日の浅い瑠璃乃さんに勘付かれるということは、相当鋭い洞察力をしているに違いない。

 

9:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:17:54.58 ID:AzrAowEQ

慈「いやー、それにしてもこんな甘々でやさしー先輩に恵まれて、花帆ちゃんも幸せ者だねぇー」

梢「それは……」

慈「どったのさ?黙り込んじゃって」

慈の放った何気ない一言に言葉を詰まらせてしまう。
少しずつ募らせてきた濁った感情が、僅かに器から溢れ出るのを感じた。

梢「先輩に恵まれて……と言えば、あなたと花帆さんが親しげに話している様子を最近よく見かける、と思っただけよ」

慈「ん?……ああー、梢が気にしてるようなことは無いから安心しなよ」

梢「私は別に、何も気になどしていないのだけれど……」

慈「はいはい、そうですねー」

梢「…………」

慈「まぁ実際、あんまり“センパイ”って感じがしないんだろうね」

慈「良い意味でも悪い意味でもさ」

 

12:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:21:00.81 ID:AzrAowEQ

梢「そんなことは……」

慈「良いの良いの、第一印象がアレだったしねー」

慈「めぐちゃんとしてはもっとリスペクトしてほしいんだけど、まぁ隣の芝生は……白い?だっけ?」

瑠璃乃「……ピンクじゃね?」

梢「隣の芝生は青く見える、ね」

慈・瑠璃乃「「そっちかー!」」

これは気を遣わせてしまったかしら。
次に課題の手伝いをせがまれた時には、一度くらい大人しく言うことを聞いてあげても良いかもしれない。

 

13:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:24:29.69 ID:AzrAowEQ

梢「それにしても花帆さん、遅いわね……」

梢「もしかして先に帰ってしまったのかしら?」

瑠璃乃「花帆ちゃんなら補習があるからまだ……あっ」

梢「……詳しく聞かせてもらっても良いかしら?」

瑠璃乃「あ゙っ……いやそのっ、小テストの点が悪かったからとかじゃなくって……!」

瑠璃乃「課題丸々やり忘れてたらしくって、それをやってる……みたいな」

慈「……それ余計にヤバくない?」

梢「慈、あなたは他人事ではないでしょう?」

慈「ふーんだ!めぐちゃんの補習は昨日終わりましたー!」

梢「……本当に補習はあったのね」

梢「まぁ入れ違いにならなかっただけ良しとしましょうか」

 

14:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:27:10.69 ID:AzrAowEQ

慈「今の聞いて『補習やってるなら先に帰っとこー』みたいにならない辺り、梢ってやっぱ重めだよね」

梢「……別に普通でしょう?どうせここまで待っていたのだし」

慈「ふーん、そんなもんかね……それじゃ私たちは帰ろっか!」

瑠璃乃「えっ?一緒に花帆ちゃん待たないの?」

慈「ちっちっちっ……梢のこの恋する乙女の表情を見てごらんよ」

梢「そんな顔、誰もしていないのだけれど」

慈「期待に胸を膨らませて今か今かと花帆ちゃんを待つ、この乙女の邪魔をするのは野暮ってもんでしょーよ!」

瑠璃乃「おぉーぅ!さっすがめぐちゃん!よくわかんないけど、好き放題言っててかっけー!」

梢「人の話を聞きなさい」

 

15:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:30:29.43 ID:AzrAowEQ

慈「そんじゃ梢、頑張ってねー!」

梢「はぁ……まったく」

瑠璃乃「梢先輩!また明日!」

梢「ええ、ごきげんよう」

突然やって来て、嵐のように去ってしまった二人の背中をしばらく呆然と眺めていた。
暫く話し込んでしまっていたみたいで、あんなに人通りの多かった昇降口は閑散としていて物音一つしない。
それにしてもやけに静かだと思い、ふと外に目を凝らすと、激しかった雨の勢いも大分弱まり小雨になっていた。

“恋する乙女の表情”とは何なのだろう……。
慈の冗談として聞き流すのは容易いけれど、そんなに情けない顔をしていたのだろうか。
顔の輪郭をペタペタと触れてみても、答えに辿り着くことは出来ないらしい。

 

16:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:33:13.01 ID:AzrAowEQ

この空模様なら、わざわざ傘をささずとも問題無く帰れるのではないか。
そもそも補習を受けているのが花帆さん一人とは限らない。
同級生のお友達と一緒に居るのなら、部活動の用事なら兎も角、放課後にまで上級生の私が割って入るのは邪魔になるのではないか。

薄暗い昇降口に独り立ち尽くしていると、余計なことばかり考え込んでしまう。

「お腹空いたぁああ~!!」

山積したネガティブな思考を蹴散らすように、愛しい声が階段の方から聞こえてきた。
とうとう待ち人が来たらしい。
自然と口角が上がってしまうのを自覚して、慈が言っていたのはこういうことなのかも知れない、と妙に納得してしまう自分が可笑しかった。

 

17:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:36:28.06 ID:AzrAowEQ

階段を降りきった花帆さんとバッチリと目が合う。
どうやら一人だったようで、ほっと胸をなでおろした。

梢「ふふっ、随分と大きな独り言ね?」

花帆「あれっ?梢センパイ!どうしたんですかっ?」

私の存在に気付くや否や、花帆さんがパタパタと駆け寄って来る。
サイドで結ばれた髪がぴょこぴょこと揺れて可愛らしい。

梢「朝練の時に傘が無いと言っていたでしょう?少し前までは土砂降りだったから……」

花帆「それでわざわざ待っててくれたんですか!?」

梢「偶々思い出したものだから……そう、偶々ね」

花帆「えへへっ!梢センパイだーいすきっ!」

精一杯張った予防線を軽々と突破して、勢いよく抱きついてくる花帆さんを受け止めた。
この手の小細工が通用する相手では無いのは重々承知していても、無意識に出てきてしまう辺り、最早どうしようもない性なのだろう。

 

18:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:39:31.48 ID:AzrAowEQ

梢「そろそろ帰りましょうか」

花帆「はーい!びしょ濡れで帰るの覚悟してたんで助かりました!」

梢「ふふっ、もう大分勢いも弱まっているけれど、喜んでもらえたなら良かったわ」

そんなやり取りをしながら鞄の中を覗くものの、有る筈の物が無い。
日頃から整理整頓は心がけているつもりで、それは鞄の中も例外ではない。
全ての物は定位置が決まっていて、こんな風にわざわざ探さなくとも――。

梢「あっ、そう言えば……!」

花帆「梢センパイ?」

連日の雨続きにより、傘を乾かしたまま寮を出たことを今の今まで失念していたようだ。
『弁当忘れても傘忘れるな』という格言がここに来て身に沁みる。

梢「その……ごめんなさい、実は私も傘を忘れてきてしまったみたいなの……」

こんな情けない姿を見せる為にわざわざ待っていたようで、少し前までの得意気な自分の姿が酷く滑稽に思えてきた。
恐る恐る目線を鞄から花帆さんへと移すと、そこには嫌味も嘲りも無い眩しい笑顔がこちらを向いていた。

 

20:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:42:35.14 ID:AzrAowEQ

花帆「あははっ!梢センパイでもそういう“うっかり”ってあるんですね!」

花帆「あっ!バカにしてるとかじゃないですからねっ?何ていうかこう……可愛いなって、えへへっ」

失態を演じて賛辞が返ってくるとは思わず、目が点になるものの『あぁ、この子はこういう子だった』と今までの経験が、思い出が、説得力を持たせる。

花帆「ちょーっと待ってて下さいね?」

そう言って自分の鞄を探り始めた花帆さんが『よいしょっ!』と声を上げて取り出したのは、学校指定のジャージの上着だった。

花帆「今くらいの雨だったら、これを傘代わりにすれば何とかなりますよ!」

梢「ふふっ……花帆さんを助けるつもりが、逆に私が助けられてしまいそうね」

花帆「ふふん!あたしだって梢センパイに手を引いてもらってばかりじゃないんですからね!」

冗談交じりにそう言って、花帆さんは胸を張って見せる。
これまでも私の方が、大事な場面で何度も手を引かれてきたように思う。

その度に一つの想いが大きくなっていて、こうしている今もどんどん膨れ上がっている。

 

21:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:45:37.87 ID:AzrAowEQ

花帆「さっ!帰りましょう!」

梢「ええ、そうね」

そして私たちは一枚のジャージを傘にして、小雨の中を歩き出した。

花帆「えへへっ、梢センパイが居てくれて良かったです」

梢「あら、そう?」

花帆「だって暗いし雨降ってるしお腹減ったし疲れたしで、気分サイアクでしたけど」

花帆「梢センパイの顔を見たら、全部吹っ飛んじゃいましたもん!」

梢「っ……!」

不意を突かれて、徐々に顔が熱くなるのが自覚できた。
寧ろこの小雨が熱を冷ますのに丁度いいとさえ思える。

花帆「……あれ?」

梢「花帆さん?どうかしたの?」

花帆「なんだか――」

 

22:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:48:34.48 ID:AzrAowEQ

花帆さんが最後まで言い終える前のことだった。
大きな雨粒が凄まじい勢いで降り注ぎ、一瞬で視界を白く染め上げた。

花帆「わーっ!急に降ってきましたよ!」

梢「ほらっ、走りましょう、花帆さんっ!」

花帆「はいっ!」

急な出来事というのもあって、咄嗟に花帆さんと腕を組んで走り出した。
これが一人の時だったなら、回れ右して大人しく雨宿りをしていたように思う。
しかし今は――。

花帆「あははっ!梢センパイ!こんな土砂降り久しぶりじゃないですかっ!?」

梢「ふふっ、ええ、そうね!」

こんな不測の事態でも、隣で走る花帆さんのキラキラと輝く笑顔を見ていると、つい釣られて笑顔が溢れてしまう。
雨脚は強まるばかりなのに足取りは軽く、校舎に背を向け直走る。

頬を打ち付ける雨粒も気にしないまま、篠突く雨の中聞こえるのは二人の笑い声だけだった。

 

23:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:51:07.72 ID:AzrAowEQ

傍にいるだけで楽しくて、心地よくて、更に好きになる。
現在進行系で増大するこの気持ちに、強いて名前を付けるのならこれを恋と呼ぶのだろう。

少しでも近くに居たくて、絡めた腕にほんの少し力を込める。
流石にこれだと走りづらいし迷惑かしら、と我に返ったその時だった。

花帆「えへへっ!ぎゅーっ!」

満面の笑みをこちらに向けて、返事代わりと言わんばかりに力を込め返してきた。
こんな些細なことで浮かれている自分を鑑みるに、この想いを伝える日はまだ遠いらしい。

でもいつか、いつかその時が来たら私は――。

静かに決心を固め、また一歩大きく踏み出した。

――そんな或る雨の日のことだった。

おわり

 

26:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:56:06.89 ID:ExKMwm2s

おつ
素晴らしい物語をありがとう

 

27:(八つ橋) 2023/10/06(金) 22:06:27.95 ID:VstowqcC


%title%【SS】梢「或る雨の日のこと」【ラブライブ!蓮ノ空】

このシーンを上手く描いた、素晴らしいssでした

 

28:(茸) 2023/10/06(金) 22:14:46.64 ID:T9nh0yi0

>>27
フォーチュンムービーのカードイラストか
これのエピソードがモチーフか

 

29:(もんじゃ) 2023/10/06(金) 22:48:11.02 ID:osOB2ObX

良かった
あのカードの笑顔良いよね…

 

37:(茸) 2023/10/07(土) 14:35:03.58 ID:fRIURnvh


今後ガチャでFM梢がすり抜けても穏やかな気分になれそうだ

 

35:(国際宇宙ステーション) 2023/10/07(土) 02:31:12.34 ID:MsDOgIk4

このイラスト1番好きだから嬉しい

 

25:(国際宇宙ステーション) 2023/10/06(金) 21:53:16.74 ID:pGrtMG2a

良かった。ありがとう。

 

引用元: https://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1696593795/

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