花帆「今日は久しぶりの完全オフの休日だよ」
寮の窓の外から聞こえてくる
鳥のさえずりや風の音、ドアの外からの同級生たちの話声をBGMにしながら
花帆は読んでいた本のページをめくった。
かといって出かける用事もなかったので
久しぶりにゆっくりと部屋で過ごすことに決めていた。
穏やかな時間と共に流れるのは、
現在読んでいる本のページが捲れる音とその内容に感心したりする花帆自身の小さな声。
そして、パリパリという咀嚼音。
うつ伏せの姿勢でベッドの上に寝転がりながら本を読む花帆。
その枕元の、手を伸ばせばすぐ届くところには間食に用意したスナック菓子が封を開けた状態でおかれていた。
完璧なだらけた体勢であり、
一度こうなっては本を読み切るか、
この菓子がなくなるか、
どちらかが来るまでは起き上がるつもりはなかった。
花帆「んー?」
そんな時、菓子をもう一口咥えたところで
トントン、と小さなノックと共に声がかけられた。
声の主がさやかだとわかったので
別にベッドから起き上がることもせず、言葉にもなっていない返事で答える。
それにさやかの方もさして気にした風もなく扉を開けてきた。
そうして部屋の中を見て花帆の姿を捉えたところで
さやかの口から驚きと呆れが入り混じったような声が漏れた。
まるで何か信じられないものでも見たようなその反応に
花帆は変わらず寝た姿勢のまま本に向けていた顔だけを上げる。
さやか「いえ、どうかしたじゃなく……はぁ」
きょとん、とした顔で尋ねてくる花帆に
さやかは何やらもどかしそうに言葉を詰まらせ、
最後には小さくため息をついた。
というわけではなく、むしろ言いたいことがありすぎてやめてしまったという方が正しいように花帆には思えた。
しかし花帆としては
やはり何故さやかが部屋にやってきて
いきなりそんな風になってしまったのかが
わからないので頭の中の疑問符は消えないままだった。
さやか「……はぁ、もうっ! そんなだらしない格好してないでください!」
何か思い悩むことがあるのだろうか。
ならばここは仲間として力になってあげようと
ベッドから起きることはせずとも優しく声をかけた花帆だったが
そんな思いやりの心は呆れ果てたさやかの怒声に掻き消された。
さやか「別に本を読んでるのはいいんですよ。ですが、寝っ転がってお菓子を食べているのはどうかと思います!」
畳みかけるようにさやかの声が飛んできた。
きゅっ、と眉を上げて
腰に手を当てているさやかに、
なるほど、と花帆は納得する。
花帆がこんな格好でお菓子を食べているということが許せないらしい。
というところまではしっかりと理解した上で花帆はふるふると首を横に振った。
さやか「言いますよ。って、言ってるそばから食べないでください!」
花帆「もう、さやかちゃん細かいことはいいじゃない。
こぼさないようにしてるし、こぼしたってちゃんと掃除するんだから大丈夫大丈夫」
またパリパリと一枚食べ出したので
さやかはたまらずに声を上げた。
それはまるで母のようでつい花帆は顔をしかめてしまう。
しかしだからといって改めるつもりもなかった。
ここは自分の部屋なのだ。
人前というわけでもなく、誰かに迷惑をかけているわけでもない。
ならば多少見た目はアレだとしてもいいではないか、というのが花帆の主張だった。
口にすることはなかったが
きっと花帆はそんなことを考えているのだろうと察して
さやかはわざとらしく大きなため息をついた。
だがそれはかえって花帆を少し意固地にさせてまるで見せつけるように
更にもう一枚をパクリ、と口に放り込んだ。
それは何に対しての笑みだったのかは
花帆自身よくわからなかったが
勝ち誇ったような笑みを向ける。
きっとさやかはまた呆れた顔をするだろうが
そんなことには負けないぞ、と花帆の中には正体不明の覚悟が固まっていた。
さやかの背後から梢が顔を覗かせるまでは。
花帆「こ、梢先輩?」
梢「ごめんなさいね。
さやかさんが遅かったから来てしまったの」
いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。
その笑みに花帆はひやりと
背中に冷たいものが走るのを感じた。
さやか「さっき梢先輩が1年生の階に来られているのを見かけて案内したんですよ」
花帆「っ……!」
これは一体、と言葉にはせず驚きと困惑の目を向けると
さやかはさらりとそんな事情を話した。
何故それをもっと早くに言ってくれないんだ、
という文句を言いたいところだったが
それは後でいいと花帆は慌ててベッドから飛び起きる。
花帆「あっ、いえ! いいんですそれは! はい……」
にこり、と微笑む梢はその声色だって穏やかなもので
普通なら何ら気になるようなものではない。
それでも、いやそれだからこそ花帆の背中はヒリヒリと痺れるように冷えたままだった。
梢「まぁ自分のお部屋なのだからいいのよ。
横になってお菓子を食べるのは、あまりお行儀が良くないと思うのだけれど」
花帆「は、はい……」
梢は少し眉を下げて困ったように笑いながら優しくいさめた。
言われたことはさやかと全く同じだというのに
どうしてかその一言一言は重く圧し掛かり、
立ち上がった花帆はその頭を低くしてうな垂れてしまった。
梢「ええ それでは廊下で待ってるいるわね」
それでも何とか絞り出すように口にした
その言葉に梢は満足そうに頷いて
廊下へと消えていった。
さやか「あの……何かごめんなさい花帆さん」
花帆「……ううん。いいの」
謝るさやかに花帆は自分が悪いと首を振る。
花帆と同じくらいの期間、
梢と付き合いがあるさやかにも
あの笑顔にどんな意味が込められていたかは十分にわかり、
だからこそ少し花帆がかわいそうになってしまった。
先ほどまでの幸せそうな様子から一転、
深く深くため息をつく花帆にさやかはかける言葉を見つけられない。
ああいった行儀の悪い振る舞いを好まない梢先輩が
これから花帆にどんな話をするのか。
それを想像すると、さやかは自分が悪い訳ではないのだが、少し胸が痛くなってしまったのだった。
おしまい
お休みネタです
伸びてくれ
遅い時間に良ssが来たな
その後の展開が気になるぜ
タイムリーなネタで面白かったよ
この後の花帆さんもみたいのだけれど?
「梢の部屋」
梢「今飲み物を持ってくるわね」
そう言いながらキッチンの方へと消えていく梢の背中に花帆はありがとうございます、と声をかける。
別に気をつかってもらう必要もないのだが遠慮する方が失礼な場合もある。
花帆「……」
今作っている衣装について意見が欲しいということで
梢の部屋に招かれたのだが、先ほど醜態を晒した手前
花帆は気まずい気持ちで座っていた
花帆はここが結構好きだった。
部屋は綺麗に整理され、それでいて梢の趣味や生活感もしっかりと感じられる
良い部屋だと思う。
人様の部屋をじろじろと見るというのは
行儀が悪いとはわかっているが、
待っている間は特にすることもなかったので目は自然と部屋の中を眺めてしまう。
目を惹く天体望遠鏡や紅茶のセットやお茶菓子と思われる缶、
どれも自分の部屋にはないものばかりで
ここに来る度ついついあれこれと見てしまうのだった。
花帆「あれ?」
その中でふとあるものに目が留まった。
紙製のそれは以前来た時にはなかったように思える。
表には何やら文字が書かれているようだったが
少し離れたここからではしっかりと見ることはできなかった。
花帆「……」
人の部屋をじろじろ見ることは良いことではない。
それは重々わかってはいるものの気になってしまったものは仕方がない。
それに梢ならきっと許してくれるのではないだろうか、
そう決めつけるような期待をしながら少しだけ上体を伸ばす。
そのまま覗き込むようにしてその箱の正体を確かめようとしたところで――
花帆「ひゃ!」
突然声をかけられ、驚きのあまり体勢を崩しかけてしまった。
梢「だ、大丈夫!?」
花帆「あ。い、いえ。すみません、大丈夫です」
手にしていたティーセットをテーブルの上に置き、心配そうに近付いてきた梢に無事を伝える。
変なところを見られてしまったことの気恥ずかしさと、
人様の部屋で覗きのようなことをしていた
申し訳なさに顔が熱くなるのを感じる。
梢「花帆さん? どうしたの?」
不思議そうに眺めていた梢だったが
すぐにその視線がどこに向いていたのかを察した。
そして、梢は花帆が気にしていたその箱を手に取るとテーブルの上に置いた。
花帆「これは……?」
梢「ジグソーパズルよ」
梢の動作が自分の行為がバレていたことの証でもあるような気がして、気恥ずかしさを加速させる。
しかしそんな感情は開けられた箱の中身を見て一瞬でどこかへと消えてしまった。
花帆「真っ白ですね」
箱の中身は確かにジグソーパズルらしきものだった。
それは花帆が知っている物とは異なる、
全て真っ白なピースで出来ているものだった。
ジグソーパズルといえば
風景や動物などのイラストや写真が描かれていて
完成すると一枚の絵になるというものという認識だったが
あえてこういう真っ白なものもあると、花帆は聞いたことはあった。
花帆「これ難しそうですね」
梢「そうなのよ。
金沢の街に出かけた時にたまたま見かけて
気になって試しに買ってみたのだけれど
苦労しているわ……」
梢がこれまでパズルを作っているという話は聞いたことがなかったので
これは趣味というよりも今の言葉通り、試しに買ってみただけなのだろう。
しかし、手先を動かすことが得意な梢と
パズルというものは取り合わせが良く、
こういうものは案外好きなのではないかとも思えた。
梢「花帆さんも少しやってみる?」
花帆「え?」
少しずつ作り上げているのであろう梢を想像して
微笑ましい気持ちになっていた花帆は
その思わぬ言葉を一瞬飲み込むことができなかった。
梢「よければこれを作るのを手伝ってほしいのだけれど」
花帆「えっと……」
花帆は突然の提案に続く言葉にも反応が遅れてしまう。
それは梢の言っていることの意味が理解できなかった訳ではなく、
それに何と答えればいいのか迷ってしまったから。
花帆「いいんですか?」
パズルというものはあまり作った記憶のない花帆だが
その魅力は作るという過程にあるのではないかと思っている。
なのでそれを手伝うというのは
その面白味そのものがなくなってしまうような気がしたのだ。
梢「ええ、是非一緒に作りましょう。
パズルを作るのも楽しいのだけれど、早くこれに絵が描きたいのよ」
花帆「絵、ですか?」
梢は嬉しそうに頷いてそう言った。
またしても予想していなかった言葉が出てきて花帆の戸惑いは大きくなる。
梢「真っ白なパズルなのだから、作った後に好きに絵が描けるのよ」
花帆「ああ、なるほど」
パズルを組み立てることも楽しんではいるのだろうが梢の最終目標は出来上がった
その真白いキャンバスに絵を描くことの方らしい。
それなら、その途中のパズル作りにはそこまでこだわりがないのかもしれない。
梢「それに、一人で作るより誰かと一緒に作る方が楽しいもの」
花帆「……ふふっ、そうですね」
そういう楽しみ方もあるのだな、と微笑みながらそういう梢に花帆も笑みで返した。
梢「これは……ここではないかしら?」
テーブルの上に広げられた
作りかけのパズルを覗き込むようにしながら
二人は眉間に小さく皺を寄せる。
ピースの数はさほど多くはないが
それでも柄という手掛かりのない
真っ白なそれは中々に難しかった。
梢「ふふ……でも花帆さんのお陰で思ったよりも早く出来上がりそうだわ」
花帆「えへへっ、それは良かったです」
頭を悩ませながらも楽し気にピースを摘まんでは正しい場所を探して当てはめている。
そんな梢の姿を見て花帆も笑顔になる。
二人で作り上げたこの真白なキャンバスに
梢が一体どんな絵を描くのか。
梢の絵がちょっとあれなのを知っている花帆だったが、梢が楽しそうに描く絵を楽しみにしているのは花帆も同じなのだ。
いい雰囲気だった
こずかほ尊い
本当の芸術家は存命の内に評価されないのは歴史が証明してるんだよなぁ
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