【SS】さやか「時が止まればいいのに」【ラブライブ!蓮ノ空】
さやか(……わたしは、気づかないようにしていた)
さやか(綴理先輩が、あと一年で蓮ノ空を去ってしまうことに)
さやか(一度意識してしまえば、きっとわたしは……無力な思考の渦に飲み込まれてしまうのが分かっていたから)
さやか(……だけど)
さやか(沙知先輩を送る先輩方の背中を見て……どうしようもなく自覚してしまった)
さやか(次、先輩方を送り出すのは……わたし達なのだと)
さやか(ずっと今が続けばいい、時間なんて止まってしまえばいいのに……なんて子供じみてるかもしれない)
さやか(でも、それが本心で……弱いわたしは、その願いをずっと胸に抱えていた)
さやか(だからなのでしょう。信じていれば夢は叶うと言うけれど……わたしの願いも、叶えられてしまった)
────
さやか「……ふぅ」
さやか「今日も、スクールアイドル活動頑張りました……けど」
さやか(今のわたしは、練習にひたすら打ち込むことでしか、寂しさを紛らわせることができない……)
さやか(いつか必ず訪れる、別れが怖くて仕方ありません)
さやか(綴理先輩が卒業してしまえば……その痕跡も、何もかも無かったことになりそうで……それを不安に感じてしまう)
さやか(こんな姿勢で取り組んでいたら、綴理先輩に見透かされてしまうかもしれないのに……わたしは、どうしたらいいのでしょう)ハァ
さやか「……」ブルッ
さやか「……とりあえず、自販機で温かいものでも買ってきますか」
────
さやか「あれ……あそこにいるのは……?」ジー
綴理「あ、さやだー」トコトコ
さやか「綴理先輩! お疲れ様です、綴理先輩も飲み物を買いにいらしたんですか?」
綴理「んー……というより、落ち着きたくて?」
さやか「落ち着く……? ああ、確かに辺りが暗いこの時間だと、自販機の明かりは安心できるかもしれませんね」クスッ
綴理「うん。それにこの子温かいから、抱きつくと気持ちいいんだー、さやもやる?」
さやか「いえ、流石に自販機に抱きつくのは……」
綴理「そっかぁ、残念」
綴理「そうだ、さや。この後少し時間ある?」
さやか「時間……もう遅い時間ですけど、少しくらいなら」
綴理「やったー。ボク、さやの作ったお夜食が食べたいんだ」
さやか「お夜食ですか……ふふ、それなら腕によりをかけてお作りしましょう!」
綴理「嬉しいな。さやのご飯、ボク大好きだから」ウキウキ
さやか「わたしも、綴理先輩に食べていただけるのは嬉しいです。さぁ、食堂に行きましょうか」クスッ
────
さやか「…………!?」
さやか(足を踏み入れた瞬間、違和感があった)
さやか(いつもと同じ食堂のはずなのに……何か、おかしい)
さやか(──静かすぎる)
綴理「あ、こずとめぐも食堂にいるー」トコトコ
さやか「綴理先輩! あの……様子が……って」
さやか「あ……」
梢「…………」
慈「…………」
さやか(梢先輩と慈先輩が、食事中の体制で、固まっている)
綴理「あれ? こずー、めぐー、ボクだよ」ヒラヒラ
さやか(……これって)
さやか(わたしが、いつの日か願ったみたいに)
綴理「二人ともジェスチャーゲーム中かな? それじゃあ、お題は石かな」
綴理「おー、こずもめぐも、カチカチだ」トントン
さやか「あのっ、綴理先輩……」
綴理「みんな、石のモノマネが上手だ。ボクもやるー」
さやか「ま、待ってください! 綴理先輩……!」
綴理「? どうしたの、さや」
さやか「その、信じられないかも知れませんが……」
さやか「時間が……止まっています。きっと、動けるのはわたし達二人だけです」
さやか(わたしが、綴理先輩と二人だけでいたいと願ったから)
綴理「…………えーっと……?」
さやか「わたしのせいです……わたしが、この先の未来を怖がったので、それで」
さやか「ごめんなさい、綴理先輩……わたしは、弱く未熟な人間です」
綴理「…………」
さやか(綴理先輩はどう思うだろう、こんなわたしを)
綴理「…………そっか、それじゃあ……一つ、さやにお願いしても良いかな」
さやか「……はい、なんなりと」
さやか(たとえ、何を言われようと、わたしはそれを受け入れなければならないはずだから)
さやか「…………」
綴理「ボク、やりたいことがあるんだ」
綴理「──夜の街を一緒に歩こう、さや」
さやか「…………え?」
綴理「行こ、さや」グイッ
さやか「え、え!? 綴理先輩!?」
さやか(寮母さんが管理している鍵置き場から、こっそりと玄関の鍵を拝借し)
さやか(わたしと綴理先輩は、寮の中から外に出た)
綴理「さや、こっちだよ」スタスタ
さやか「つ、綴理先輩! 待ってください!」
さやか(無断外出を咎めるような人もいない)
さやか(辺りには、わたしと綴理先輩の声だけがただ響いていて、少し薄ら寒く感じる)
綴理「この道を行けば、ボクたちは街に行ける」ビシッ
さやか「あの……本当に、外に?」
綴理「うん、さやと一緒に行かなきゃ、ダメなんだ」
さやか「そ、そうですか……」
さやか(断る理由なんて、初めから持ち合わせていないから……頷くほかない)
さやか「ですが、時間が止まっているので市街地に行くバスがないのでは……」
綴理「大丈夫だよ、さや。自転車を使えばいいんだ」
綴理「よっ、と」ガシャン
さやか「自転車……少し遠いですが、その手がありましたか」
綴理「うん。さぁ、乗って行こう」
綴理「よいしょ……うん、いい感じだ」
さやか「わたしも、大丈夫です」
綴理「それじゃ、さや、ついて来てね」ダッ
さやか「は、はい!」ガタッ
さやか(わたし達の乗る2台の自転車が、校庭から外に飛び出して)
さやか(──夜の道路を駆けていく)
綴理「……さや、さや、空を見てみて」
さやか「運転中に余所見をするのは危ないですよ」
綴理「う……じゃあ、少しでいいから」
さやか「…………まぁ少しでしたら……」チラッ
さやか「!」
綴理「……綺麗だよね」
さやか「そうですね……」
さやか(そこには数多の星がきらめいていて……目がくらむような美しい光景が広がっていた)
綴理「あの星は、ボク達の未来だと思うんだ」
さやか「…………? えっと……」
綴理「あ、さやには、また後で説明するよ」
さやか「そう、ですか……?」
綴理「うん。だから今は……ただ眺めるだけでいい」
さやか(綴理先輩を追いかけながら、自転車は、ただ真っ直ぐに走り抜けていく)
さやか(赤信号で止まる必要もない。車だって、全部止まってしまっているのだから)
綴理「~♪」
さやか(虫の鳴き声一つしないこの夜に、自転車の走行音に交じって、綴理先輩の歌声が聞こえる)
さやか「…………やっぱり、凄いなぁ」ボソッ
さやか(綴理先輩の歌声は唯一無二で、何度聞いてもわたしの心をかき乱してくれる、わたしの……憧れ)
さやか(……何で巻き込んでしまったのだろう。せめて、わたしだけが時間に閉じ込められていたら、そう願っていたら、よかったのに)
────
綴理「着いたよ、さや」
さやか「ここは……近江町市場ですね」
綴理「ん。さやと一緒に、ここでお散歩だ」
さやか「えっと……お散歩のために学校を出て、ここまで来たんですか?」
綴理「あー……あとお菓子も買おう、帰ったらパーティしようね、さや」
さやか「い、いえ、あの、わたし──」
綴理「いいんだ、さや。行こ」ギュッ
さやか「は、はい……」
さやか(……綴理先輩は、こうなった原因でもあるわたしを責めようとしない)
さやか(それどころか、わたしがそのお話をしようとすると、それとなく他の話題に逸らしている)
さやか(優しい人です……本当に)
綴理「ここは海鮮丼屋さん、ここは魚屋さん、ここはおでん屋さん……」テクテク
綴理「……近江町市場には、さやと何回も行ったよね。さやも、覚えてる?」
さやか「もちろんです、綴理先輩がわたしのために……あのときだって」
さやか(燻っていたわたしに、綴理先輩が道を示してくれて)
さやか(わたしがわたしのままであることを、肯定してくれた)
綴理「いつだってさやは、ボクを信じてくれたから」
綴理「だから、今も……ボクは、ボクができることをしようと思う」
さやか「綴理先輩……」
綴理「ボクに任せて、さや。行こう」テクテク
さやか「は、はい」
さやか(……わたし達は、近江町市場のおでん屋さんの辺りを越えて歩き続ける)
さやか(これほど遅い時間に、近江町市場に来たのは初めてだから……いつもの活気がある様相と真逆の光景に少し慄いてしまうけれど)
さやか「……静かですね」
綴理「……うん、静かな夜だ」
綴理「さや。手、つなご」ギュッ
さやか「はい、綴理先輩……」ギュ
さやか(綴理先輩が隣にいてくれるから……こんな月夜の中でも、安心してしまう)
さやか「近江町市場を出ましたけど……どこに向かっているんですか?」
綴理「コンビニー。お菓子が買いたくて」
さやか「あの……一つ思ったのですが……」
綴理「?」
さやか「時間が止まっていれば、店員さんも動けないでしょうし、コンビニで買い物はできないのでは……?」
綴理「…………あ」
綴理「確かにそうだ……どうしよう、お菓子が……」ションボリ
さやか「だ、大丈夫ですよ綴理先輩! わたし、お菓子の自販機がある場所を知っているので、そこに行きましょう?」アセアセ
さやか「──お菓子、たくさん買えましたね」
綴理「大漁だー」
さやか「そうですね」フフッ
綴理「帰ったら、屋上でお菓子パーティをしようか、さや」
さやか「ええ……って、お、屋上で、ですか!?」
綴理「うん、さやと空を見ながら話したいんだ……ダメ、かな?」
さやか「い、いえ……ダメではない、ですけど……」
綴理「やったー。それじゃ、さや、帰ろっか」
さやか「は、はい……」
さやか(……綴理先輩がわたしのことを、ずっと気にかけてくださっていて、わたしもそれが嬉しくて)
さやか(この夜が終わらないでほしいと、わたしは未だに願ってしまっている)
さやか(…………時が止まればいいなんて願い、どうして叶ってしまったのでしょう……失うのが、一層怖くなるのに)
────
綴理「屋上の鍵……これかな? ……あ、開いたー」ガチャ
綴理「さやー、こっちこっちー」
さやか「い、今行きます。うっ……少し寒いですね」ブルッ
綴理「それならー……えいっ」ギュッ
さやか「綴理先輩!? い、いきなり抱きつくなんて……」
綴理「こうすれば、あったかいよ?」ギュー
さやか「それは、そうですけど……!」
綴理「そしてそのままー」グイッ
さやか「えっ……? きゃっ!」コテン
綴理「一緒に寝転がろー、さや」
綴理「お菓子、お菓子ー」ガサガサ
さやか(綴理先輩がそのままの姿勢で、器用にお菓子を準備していく)
綴理「うん。これでよし」
さやか「えっと……量多くありませんか?」
綴理「パーティだから、大丈夫」グッ
さやか「……そういうもの、ですかね?」
さやか(屋上に、簡易のパーティ会場が出来上がった。私と綴理先輩、二人だけの)
さやか「……この姿勢だと、空がよく見えますね」
綴理「そうだね、いい眺めだ……あ、これおいしいよ、さや。さやも食べてー」モグモグ
さやか「えっと……い、いただきます」パクッ
さやか「……」モグモグ
さやか(夜にお菓子を食べながら、星空を眺めるなんて体験、思ってもみなかった)
さやか(……見える星の位置が、学校を抜け出すときに見たのと全く同じで……やっぱり時間が止まっているんだ、っていやでも分かってしまう)
さやか「……星が、綺麗ですね」
綴理「うん。……やっぱり、あの星はボク達の未来だ」
さやか「それって、自転車に乗っているときに話していた……」
綴理「そっか、その話、さやに伝えなきゃね」
綴理「ボクは……未来はこの星空みたいに、きらめくと思うんだ」
さやか(綴理先輩は、開けたお菓子を置いて、動かない星空をただ見つめて話し続ける)
綴理「あの星は、きらめくことを忘れない。どこにあっても、絶対に」
綴理「誰にも見られてなくても、一人でも、輝きは消えないんだ」
さやか「! ……で、でも……」
さやか(綴理先輩が言おうとしていることに、わたしは思い至ってしまった。けれど、それは……わたし達も離れ、一人になってしまうのを認めることになる)
綴理「……近江町市場に、改めてさやと行ってみて、はっきり分かった」
綴理「あそこには、ボクとさやの、あるものがある」
さやか「……あるもの、ですか?」
綴理「うん。ボクが去年の4月、さやを初めて近江町市場に連れて行ったときには無かったもの」
綴理「ボクも、さやも、どっちも持ってるものだ」
さやか「…………思い出、ですね」
綴理「当たり、やっぱりさやは分かってる」クスッ
綴理「それは、無くなったりしないんだ。だから、さや、ボクが離れても──」
さやか「そんなの……そんなの嫌です!!」バッ
綴理「さや……?」
さやか「思い出が、わたし達の中に残っている。だから、星が一人でもきらめけるように、わたし達は離れても大丈夫だと、綴理先輩が言いたいのは、理解、できます」
さやか「でも……不定形な思い出だけでは不安で、どうしようもなく寂しいから、わたしは未来を拒んだんです……!」
さやか「だって、あと一年もしないうちに、綴理先輩が……」
さやか「……っ!」ポロッ
綴理「さや……」
さやか「つ、綴理、先輩が、卒業して、わたしの隣から、本当にいなくなってしまう、から…………っ……」ポロポロ
さやか(気づけば涙が溢れ、もう自分では止められなかった)
綴理「泣かないで、さや。顔を上げて」
さやか「……ぅ…………」ポロポロ
綴理「…………そっか。さやは、手に届く、形のあるものが近くから無くなるのが、怖いのか」
綴理「そしてそれは、ボクも含まれてるんだね…………さや」サッ
さやか「ぁ……」
さやか(綴理先輩がわたしの方へ手を伸ばして……頭を撫でてくれる)
綴理「大丈夫、大丈夫だよ。さや」ナデナデ
綴理「大丈夫、大丈夫……」ナデナデ
さやか(何回も、何回も、綴理先輩はわたしの頭を撫でてくれて)
さやか(……不思議と、綴理先輩に撫でられていると気持ちが落ち着いてくる)
綴理「……あのね、さや」
綴理「確かにさやの言うとおり、一年後、さちが卒業したみたいに、ボクもどこか遠くに行ってしまう」
さやか「っ…………」
綴理「でもね、ボクの隣は、いつだってさやのものだ。ボクがさやの隣にいる未来は、たとえ何があっても変わらない」
さやか「…………でも、綴理先輩は……」
綴理「うん。絶対に離れなきゃいけないとき……例えば、卒業とか」
綴理「それはボクの意思に関係なく、必ず訪れるんだ。さやも、分かるよね?」
さやか「…………はい」コクリ
さやか(その時が来たら……わたしが腕を伸ばし続けた憧れが、遠くなって見えなくなってしまう)
さやか(そして、ただ、隣に綴理先輩がいない孤独を味わうことになる)
さやか「……わたしは、思い出だけでは不安なんです。綴理先輩自身が、綴理先輩がくれた全てが、無くなってしまいそうで」
綴理「そっか……さや、大丈夫だよ。さやのやってきたこと、ボクがしたこと、全部無駄になることはないんだ」
さやか「そうは言っても、わたしは……!」
綴理「えっと……ボクも、もっと先まで伝えるべきだったね」
綴理「……実は、星の話には続きがあるんだ」
さやか「……えっ?」
綴理「星のきらめきが絶対に消えないのも言いたかったんだけど、他にもあって……えっとね」
綴理「昔、こずに聞いたんだ。ボク達が見てる空の星は、昔の姿なんだって。そうだよね?」
さやか「…………そう、ですね……太陽光が反射して届くぶん時差が生まれるので」
綴理「その……ボクは思うんだ」
綴理「ボクの光は、ボクが隣にいなくても、さやに届くんじゃないかな」
さやか「…………え?」
さやか(綴理先輩の光が……隣にいなくても、届く……?)
さやか「それは、どういう……?」
綴理「んー……上手く伝えられるか分からないけど」
綴理「……今のさやの“水色のきらめき”はボクの赤を反射……吸収? してると思う」
さやか「綴理先輩の赤を……」
綴理「さやも分かると思うんだ。ボクが教えたダンスを、さやはもう何も見なくてもステップを踏める」
綴理「──ボクの光が映ってるはずなんだ。さやの歌に、踊りに、普段の行動にだって」
さやか「……!」
綴理「さやは、この一年間でさやが思ってるよりずっと、成長したんだ」
綴理「あの星みたいに、未来のさやは、今のボクの光を受けてきらめくってボクは信じてる」
綴理「この先、たとえその場にボクがいなくても、さやに光は届いて、そういう形で残ってるはずだよ」
綴理「だから、さや。不安に思わなくて大丈夫」ナデナデ
さやか(…………あぁ、そっか)
さやか(……綴理先輩が隣からいなくなって、全て消えてなくなってしまうんじゃないかと怯えていたけど)
さやか(答えはシンプルだったんだ。わたしが綴理先輩からもらったものが、消えることはない)
さやか(隣じゃなくても、わたしを構成するのは綴理先輩の光だから……!)
さやか「……それを伝えるために、わたしを夜の街に連れ出して、近江町市場や星空を見に行ったんですね」
綴理「うん……食堂での怯えたさやの様子を見て、ボクが感じていることを言葉にして、さやに言わなきゃダメだ、って思ったんだ」
綴理「もう、言葉が足りないことで失敗したくなかったから」
綴理「……どう、かな? さやの不安に、ボクは上手く応えられたかな……?」
さやか「…………ふふっ、ありがとうございます、綴理先輩」
さやか「──悩みが、軽くなった気がします」クスッ
綴理「! そっか、よかった」ニコッ
さやか(それから……わたし達はただ星を眺めながら、時が止まったままの夜を一緒に過ごした)
綴理「……」ブルブル
さやか「……流石に長時間外にいると冷えますね、そろそろ中に戻りますか?」
綴理「風邪をひいたらよくないもんね……あっ」
綴理「そうだ、さや。せっかくだから、パーティの二次会もしよう」
さやか「……え!? 二次会って……何をする気ですか?」
綴理「えっとね、ボクの部屋にさやが来て、一緒に寝るんだー」
さやか「つまり、お泊まり会……ですか」
綴理「そう、それ」
さやか「……」ウーン
さやか(悪いアイディアではないかもしれない……今現在、時間を動かす方法も分からないし)
さやか(時が止まったこの夜は、わたしには、あまりに長すぎて……一人になりたくなかった)
さやか「……分かりました、綴理先輩」
さやか「二人でお泊まり会、しましょう!」
綴理「! やったー、ありがとう」
綴理「ボクの部屋においで、さや。一緒に眠ろう」
────
綴理「さや、ボクのベッドの方、おいで」
さやか「は、はい……」ポスッ
綴理「さやー」ギュー
さやか「つ、綴理先輩……」
綴理「さや、温かいね」フフッ
綴理「さやを抱きしめると、ボクは安心するんだー」ギュー
さやか「それなら、よかったです」クスッ
綴理「……嬉しいなぁ、さやとこういう時間が過ごせて」
綴理「陽はまだ昇らないから、ここで、いくらでも、さやと話ができる……」
さやか「綴理先輩……?」
綴理「……ねぇ、さや。ボクの気持ちも伝えていいかな?」
さやか「……わたしは、綴理先輩が話したいなら何でもお聞きしますよ」
綴理「そっか、ありがとう、さや」
綴理「……実は、この時間が続けば良いって、ボクも思ってたんだ」
さやか「え……? 綴理先輩が、ですか?」
綴理「うん。ボクも、さやとおんなじだった」
綴理「さちの卒業を見て、ボクは……いろいろ考えたんだ」
綴理「一年後の卒業で、ボクは大好きな蓮ノ空にお別れを言わなくちゃいけなくなる」
綴理「……寂しいな、ってボクは感じちゃった」
さやか「それは……」
さやか(痛いくらい、気持ちが想像できてしまう)
綴理「──でもね、さやのおかげでボクは次に進めたんだ」
さやか「……? わたしは何も……」
綴理「ううん、さやのおかげ。……踏み出す勇気がなくて、今だけが大事だって思ってたけど、気づいたんだ」
綴理「これじゃ、ボクはさやに何も返せない、って」
さやか「そんな! わたしの方こそ、綴理先輩にもらってばかりなのに……」
綴理「じゃあ、それもボクとおんなじだね。ボクもさやにいっぱいもらってきたから」クスッ
綴理「ボクがスクールアイドルになれたのは、ボクをスクールアイドルにしてくれたのは、間違いなく、さやなんだ」
綴理「あの日、さやを見つけた日、声をかけてよかったなって思ってる」
綴理「だから……さやと一緒にすごいことがしたいんだ。止まってなんかいられない」
綴理「ボクはさやと一緒なら、それができるって信じてるから」
さやか「綴理先輩……」
さやか「……わたしも同じ気持ちでいます。わたしも、綴理先輩と一緒ならきっと……!」
綴理「さや……ありがとう」ギュー
さやか「それでしたらやはり、何が何でもこの時間を動かす方法を見つけなくては……」ウーン
綴理「あ、そうだ、さや。時間を動かす方法、ボク分かるよ」
さやか「……えっ!? そ、それ本当ですか、綴理先輩!?」
綴理「うん。……さやも、きっと気づいてる」
綴理「さやは、時計だから。ゼンマイの巻き方は、さや自身が知ってるはずだよ」
さやか「……ゼンマイの巻き方、ですか」
さやか(わたしが、綴理先輩のいない未来を怖がったから……この時が止まった世界に閉じ込められた)
さやか(わたしが、時が止まればいいのに、と願った結果が今のこの状況……)
さやか「そっか……!」
さやか(わたしが引き起こしたことなら、わたし自身で結末を変えられる……)
さやか(そうだ。願ってこうなったのなら、もう一度願い直せばいい……!)
綴理「さや、分かった?」
さやか「綴理先輩! 大丈夫です」コクリ
綴理「よかった。さやとなら、一緒に朝を迎えられるってボクは信じてるから」
綴理「だから……一緒に眠ろう、さや」
さやか「はい。一緒に……」
さやか(綴理先輩と一緒に未来へと進みたい、時計の針を進めたい……!)
さやか(そう願いながら、綴理先輩の腕の中でわたしは)
さやか(とても……安心して、眠りに落ちた)
────
チュンチュン
さやか「…………朝……? ……うっ……朝日が眩しい……」
綴理「…………zzz」
さやか「ああ、綴理先輩が横で眠っている……昨日は確か……」
さやか「…………あれ」
さやか「時間が……動いてる……」
さやか(陽は眩しいし、鳥の声もはっきりと響いていて……)
さやか「朝が来ている……本当に時間が動いたんですね」
綴理「んぅ……?」モゾモゾ
さやか「あ、綴理先輩! 今起きられたんですね」
綴理「?」キョロキョロ
綴理「…………あぁ、朝だ」
さやか「……綴理先輩。あの……」
綴理「──おはよう、さや」ニコッ
さやか「……! おはようございます、綴理先輩!」
────
さやか(その日の学校は、本当にいつも通りだった。まるで何事もなかったかのように日常が営まれていて)
さやか(あの夜は、わたしと綴理先輩、二人だけの秘密になった)
さやか「綴理先輩! 今日もスクールアイドル、頑張りましょうね」
綴理「うん。がんばろー」
さやか(綴理先輩と一緒の練習は、残りわずかだけど)
さやか(あの夜の、綴理先輩の言葉のおかげで少しだけ前向きに、今を楽しめる)
さやか「──未来が、楽しみです」クスッ
おしまい
おつおつ~
しっとり王道でよかった
青春の輪郭やツキマカセが脳内再生する内容だった
おつおつ
ドルケは夜の話がよく合って良い
おつおつ
SFチックでちょっと寂しさを感じる良いお話だった
必ず来る卒業という別れの寂しさを受け入れられないさやかちゃんに感情移入してこっちも読んでて寂しくなってしまった
チャリ乗ってるシーン好き
綴理が何を伝えたいのか分からないとこから読み進めて徐々に理解できていく感覚が公式とほぼ同じ、すげー
雰囲気好き
引用元: https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/anime/11177/1712059202/
コメント